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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第二章 多忙な一日
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拘束 ④

 狭くて暑苦しい兵員輸送車の幌の中では、野元の怒声は鋭く厳しかったろう。

 少年は驚きと反発が混じった顔で、初めてあからさまに野元を睨んでよこした。


「なんで怒られなきゃいけないんスカ」

「分からないか? 明らかな証拠や事実があって、それを上辺だけで言い逃れようとするのは子供のやり方だと言ってるんだ。

 例え取って付けた言い訳でも、自分の気持ちや考えに理屈をつけて説明すべき時に説明しなければならないのが大人だ。

 年齢や立場で子供のふりをして逃げていることは叱られて当然だ」


 野元は途中から自身の言動こそ大人気ないと感じ始めたが、注意をやめることこそ彼のためにならないと言い聞かせ、胸に湧き出た言葉を最後まで言い切った。


 大部分は大人としての役割りだと割り切ったが、残りのいくらかは少年の反抗的な態度に激したからであり、更に残った感情は『娘のように素直ではないもどかしさ』だったがそれは野元の勝手だと反省もした。

 これが完全なプライベートであったり、職務中の隊員への対応であったならばこんな叱責をすることはなかったろう。


 言葉を吐き出した野元はジッと少年を見つめる。少年は怯えと苛立ちの混ざった目で睨み返すような瞬間のあと、座席の隅に逃れるように座り直し顔を俯けた。

 野元の叱責を噛み砕き飲み込もうとしている――とは言い切れなかったが、目を伏せた少年が口を開くまで野元は待とうと決めた。


「――俺は」


 少年が右腕で額の汗を拭い、頬を伝う汗を左肩で拭った拍子にかすれた声が聞こえた。

 むずがる子供の仕草だが野元はジッと待つ。


「俺は、アイツの――智明の奴隷や部下になんかなりたくなかった。

 俺と智明は幼馴染みで、俺はアイツの親友だと思ってたし、俺はアイツの唯一の友達だくらいに思ってたのに。

 変な能力を持ったからってアワジを独立させるとか言ってるの聞いて、コイツは何の話をしてるんだろう?って思った。

 そしたら今日の朝には自衛隊らしい人と話してて、総理大臣と会うとか言ってて、そんなおかしな話はないって腹が立ってきて……。

 だって、智明っすよ? 優しくて、大人しくて、キレたり拗ねたりしたら面倒くさいけど、優柔不断でいつも俺か優里(ゆり)の決めたことについてきてた智明が、総理大臣と話し合ってアワジを独立国家にしようなんて、有り得ない。

 なんか現実じゃない。

 そう思ったらやってられなくなってきて、アソコから出ようって。

 バイクもあったし、アレは兄貴から借りてるバイクだから持って帰りたかったし、こんな馬鹿らしい話はないって姉ちゃんに聞いてもらいたくて。それだけのことなんスヨ……」


 急ぐでもなく間をとるでもなく、少年は思いのたけを口から吐き出してまた顔を背けた。

 野元はその様を見て少年が心の内をさらけ出したのだなと感じたが、恥ずかしがるように野元の視界から逃れようとする姿に『まだ続きがあるのでは』と間を取ってしまった。

 ほんの数秒だったかもしれないが、これは少年への拷問だったろうと思い至り、野元は「なるほど」とだけ相槌を取って付けた。

 尋問や取り調べであれば無言の圧力というものは使い所もあろうが、少年から本音を聞き出すのならば視界に収め耳を傾け返事をしてやらねばならない。

 親身であることが伝わらなければ羞恥が邪魔をして本音を言ってくれないからだ。

 それは野元が難病に侵された娘との対話の中で学んだ唯一にして最大の『学び』だったろう。


「……今の話からすると君は『逃げ出したのではない』ということだな? つまり『親友の部下になりたくなかった』と」

「……そう、です」


 余分を切り捨てて要約した野元に城ヶ崎少年は途切れながらも追従の返事をよこした。


「家族のところへ戻ったとして、そこから先のことは考えていたのかい?」

「いや、そこまでは……。とにかく逃げ出したくて……」


 声を弱々しく潜めながら答えた城ヶ崎少年は、絞り出すように『逃げ出す』と口にしたが、野元はそこには触れないことにした。


「そうか」


 また一つ、短く相槌を打って野元は少年から視線を外し、この対話をどこに着地させるかを考えた。

 彼の状況や状態を考えると、このまま解放して自宅へと帰らせるわけにはいかない。ここですんなりと解放できる事情であるならば、そもそも拘束する必要はなかったことになる。

 それ以前に、川口が段取りした高橋智明一派の通行許可に反している以上、何らかの決着を付けねば川口に報告もできない。

 ならばこの少年を拘束し続けるにも解放するにもどんな理由がつけられるであろうか?


 ――いや、この子に聞かなければならないことはある――


 少年の顔から胸、胸から足元へと視線を落としていった野元は、見過ごせない関連性を思い付き少年の顔へと視線を戻す。


「話は変わるが、確か君はHD(ハーディー)で身体を強化しているんだったな?」


 野元が問うと、少年は驚いたように身じろぎして野元の方へ顔を向けた。

 すくんだ体は座席の奥に置いたまま。


「それが、なんスカ?」

「いや、責めてるんじゃない。もしも――仮りの話だぞ? もしも、どうやって手に入れたとか、どんな能力があるのかを調べたいと言ったら、協力する気はあるか?」


 右手を上げて慎重に言葉を並べた野元に、少年は怯えたの中に反発や疑いの色が入った視線を返してきた。

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