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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第二章 多忙な一日
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拘束 ②

   ※


「――今、戻った」

「ご苦労様であります!」


 高橋智明討伐作戦本部指揮所天幕に指揮官の声がし、天幕で任務にあたっていた自衛官全員から川口陸佐を労う声が飛んだ。

 無論、副官である野元春正(のもとはるただ)も起立し、敬礼とともに上官を迎えた。

 天幕内の隊員たちに軽く右手を上げて直るように示した上官へ、野元はさっそく歩み寄り、着席を待って声をかける。


「いかがでありましたか?」

「概ね良好、というところだな」


 ため息交じりながら口角の上がっている川口の表情から状況の推移を推し量り、川口の想定した範囲内で事態は破綻なく進行していることを悟る。


「それは何よりでありますな」


 川口の右斜後ろから直立不動で声をかけたが、野元に含むところは一切ない。

 明日の夕刻に高橋智明と御手洗(みたらい)総理大臣が内密な会談持ち、その席に川口が同席するとなれば自然とこの高橋智明討伐部隊は野元が預かることになる。

 その際の段取りと役割を考えておくだけである。


「……君の方はどうかね? 変わりはなかったか?」

「はっ。こちらも概ね異常はなく、避難区域への立ち入りを求める車両は幾つか報告がありましたが、政府権限ということで大事には至っておりません」


 チラと視線を向けてくる川口に平然と答えていた野元だが、次第に声のトーンを落としていき、言いにくそうに付け足す。


「ただ一点、イレギュラーがありまして――」

「なんだ」

「はい。特例として本日正午より高橋智明一派の避難区域からの流出を認める件で、仰られていた時間よりもかなり早くに通行を求めてきた輩がおりました」


 報告を続ける野元の方へ、川口が怪訝な顔でしっかりと視線を向けた。


「様子がおかしかったので、拘束して兵員輸送車の一つに軟禁しております」

「脱走者か?」

「――とも思いましたが、少し状況が違うようなので拘束しました」


 やや食い気味に報告する野元に、川口はより疑いを深めた顔になり、パイプ椅子の上で体を回してしっかりと野元の方へ向く。


「……どういうことだ? いまいち状況が飲み込めんが」

「はあ……」


 川口の詰問に野元は右手を頭にやって首のあたりをかくような仕草になったが、さすがに上官の前で緩んでしまったと感じ、すぐに直って声を潜めて答える。


「一佐は城ヶ崎真という少年に覚えがありましょうか?」

「城ヶ崎? ……いや、ないな」

「髪を茶髪に染めていて、本田鉄郎(ほんだてつお)の遊撃隊にも加わっていた少年です」

「ああ、あのエアジャイロとかエアバレットとやらの特殊な装備を付けた五人のうちの一人か」


 野元の具体的な説明でようやく思い至ったのか、川口もより明確な返事を返してきた。

 独自に入手した空気を使用した特殊な装備はWSSウエストサイドストーリーズの中でも五人だけが装着していて、長身の本田鉄郎・小柄でこずるい印象の瀬名隼人(せなはやと)・スキンヘッドで強面の田尻義男(たじりよしお)・金髪で遊び人風の西川紀夫(にしかわのりお)・そして最年少で茶髪の城ヶ崎真ととなる。


 そこまで伝われば野元の感じている危惧をまっすぐに伝えるだけで良いので、野元は姿勢を正して川口への進言を続ける。


「WSSと洲本走連は我ら自衛隊の尖兵となって前線に立ちましたが、淡路連合とやらの定めに則って高橋智明一派に加わるなどという不義理を犯しました。

 その上で、突出した攻撃力を持つ中心人物が無策と思える脱走を行ったというのは、自分には不自然であると思えます」

「……言いたいことは分からんではないが」


 背筋を伸ばしきちんと立って淀みなく言い切った野元に、川口は同意を示しながらも言葉尻を濁した。

 おそらく野元の意図が見えなかったからだろう。

 不自然な行動を取った城ヶ崎少年は拘束されて仕方ない状況にあっても、それを野元がどうしたいかまではまだ語っていないのだから当然だ。


「どうするつもりか」

「は。諸々の事情がありますので警察や医療機関への引き渡しも考えましたが、状況が状況ですので(はばか)られます。であれば、数少ない当事者とも言えますゆえ、独自の調査に協力させようと思います」

「生き証人にしたい、と?」

「そう思います」


 川口の言い様は際どいものであったが、他に妥当な表現が思い浮かばなかったし、ていよく飾り付けた言葉も相応とは思えず野元は安直に同意した。

 途端に厳しい顔になった川口を見て、野元は判断を誤っただろうかと不安になる。

 昨日の会議でHDに関してこれ以上の進展は困難であると、高橋智明も自衛隊も黒田刑事も高田記者も共通の認識を持ったはずだからだ。

 しかし、それでも、と野元は拘る。


「その先が見えていてやろうというのだな?」

「司令と同じく、覚悟の上であります」


 念押しする川口にこう言ってしまえばよいだろうという文言を叩きつける。

 未曾有の人体実験であるHDの出処を追求するという行為は、自衛隊の権限や範疇からはみ出す行為だ。

 しかしそれは川口にも当てはまってい、テロリスト同然の高橋智明一派と現職総理大臣の会談を取り仕切ろうというのだから、川口に野元の逸脱行為を断じることはできないだろう。


「……私は明日の会談と現行作戦の報告などで手が余っていない。君が覚悟を持って片付けるならやってみるといい」

「は。ありがとうございます」

「だが、助けたり守ってやれるものではないぞ」

「はっ!」


 良く言えば一任、起こったことをまっすぐに表現すれば独断専行となり、容認ではなく放逐と言える。

 そのため、全責任は野元が取らねばならず、人を使えば当然その顛末も野元が処理しなければならない。

 それらを念押しした川口に野元は感謝と言葉以上の約束をして堅い敬礼を向ける。

 川口はその敬礼を認めてからようやく体の向きを変えた。


 そんな司令官と副司令官のやり取りがあったからではないが、指揮所天幕の緊張はわずかに高まったように感じた。

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