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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第二章 明里新宮
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国立遺伝子科学解析室 ②


 二十世紀半ばから二十一世紀にかけて、神戸港沖を埋め立てて造成されたのがポートアイランドである。

 神戸大橋とポートライナーと港島(みなとじま)トンネルで神戸市と結ばれた広大な人工島は、医療・物流のみならず計画的な都市化により商業も活発で住宅地としても人気が高い。

 二〇〇〇年代に入ってからは神戸空港も造成され、世界に誇れる計画都市として日本を代表する人工島となった。

 特に、高度な医療と先進の科学が集中する場所として常に注目され、年に一度や二度はニュース記事や専門誌で取り上げられるほどだ。

 そのニュースの一つが、十五年前に建設された国立遺伝子科学解析室についてのものだ。

 国立の研究機関というだけでも話題になるのだが、建設された場所が理化学研究所の近隣で最新のスーパーコンピューターを導入したということでも注目を集めた。

 ただ、建設費用や運営費が高額であった割に研究内容や解析結果に目立ったものがなく、近年では存在意義を疑われたり建設を後押しした国会議員への疑惑など、マイナスなニュースの筆頭になりつつある。


「黒田さん。そろそろ時間ですよ」

「ゔあ? ……ウ~ン……来たんか?」

 リクライニングさせた助手席に寝転んだまま、国生警察仮設署刑事・黒田は大きく伸びをして寝ぼけ眼をこする。

「まだですけど、間もなく約束の時間です」

「ふあ! 来てから起こしてぇや」

「黒田さんが低血圧だから早めに起こしてくれと言ったんじゃないですか」

「そうやったな。すまんのぅ」

 増井は真面目で実直な部下なので捜査や検分では不屈の精神を発揮するのだが、真面目すぎて実直すぎるためかこうした日常的な決めごとや約束にも手抜かりがなく、黒田が投げやりに謝るというやり取りは絶えない。


 昨夜は日付が変わってしまうまで書類整理や捜査資料の集約を行い、捜査の進捗などを話し合ってから淡路島を出発し、黒田と増井で交代しながら運転して神戸まで来たため短時間の仮眠しか取れていない。

 合流の予定時間は午前七時。場所は遺伝子科学解析室の近くの動物園あたり。

「今日も鬱陶しい一日になりそうやな」

 すっかり日が上っているはずの時間だが、昨日同様空には分厚い雲が広がってい、今にも雨が落ちてきそうな空模様だ。

 土曜の早朝ということもあって、路上駐車している黒田たちの乗用車以外は、コンテナを牽引したトレーラーがたまに通り過ぎる程度の交通量だ。

「……コーヒー飲みたいなぁ。行てこうかな……」

「……来ましたよ」

 黒田が助手席のドアを開いたタイミングで、対向車線を走っていた高級外車が減速し、ウインカーを点滅させてUターンし黒田たちの後方に停車した。

 コーヒーを飲み損なった黒田は小さく舌打ちしたが、彼らは黒田の独自捜査に於いて大事な参考人なので、なるべくしかめ面を平らにして車外へ出た。


 黒田が歩み寄るうちに外車の運転席側の窓が開き、助手席に座った鯨井が黒田に声をかける。

「すまんね。少し遅れた」

「構わんよ。諸々問題がなければこのまま目的地に向かおうと思うが、いけるんか?」

「結構ですよ」

 窓枠に手をかけ車内を覗き込みながら問う黒田に、すぐそばの玲美が即答し、助手席で鯨井も一つうなずいた。

 刑事の悪い癖で思わず車内の二人を観察してしまい、黒田はおや?と思う。

 助手席から運転席側の窓の方へ鯨井が乗り出している格好なのだが、鯨井の右手が玲美の太ももに乗せられていて、それを玲美も嫌がっている素振りがない。加えて二人の衣服に乱れがなく玲美の香水が強く香っている。


 ――確かオッサンには婚約者がいたはずやが? 一時のもんなんか? それとも……――


「……ほな、よろしゅうに」

 刑事でなくとも密な関係を想像させる二人の雰囲気についつい下世話な勘繰りをした自分を嫌悪しつつ、黒田は仕事に集中するために彼らの車から離れた。

「ほな行こか」

 元の車に乗り直し増井に声をかけて黒田はシートベルトを締めるが、気付かなくてもよいことに気付いてしまった影響は大きい。


 思えば刑事という仕事一筋に生きてきた黒田には浮いた話の一つもないし、女を抱いた思い出も少なく、日に日に記憶も曖昧になってきている。

 先程間近で見た播磨玲美は黒田と年齢が近いはずで、男好きする顔と円熟したスタイルで年上の鯨井を咥え込んだかと思うと、忘れかけた欲望に火が着きそうになった。

「増井、結婚ってどう思う?」

「なんですか急に……」

「いや、なんでもない」

 増井の困惑した顔から逃れるために車外に目をやるが、仕事中に女の色香に惑ったことや集中を切らしてしまったことへの自己嫌悪は止まらない。

 それでも、いや、だからこそ増井が車をスタートさせると進行方向を向き、先行する高級外車の後ろ姿をしっかりと見据える。

 ――この一件が落ち着いたらゆっくり考えよう。男に適齢期なんかないんやし――

 どうにかこうにか黒田が自分を慰める文言を思いついた頃、先行する高級外車が背の高い白壁に囲まれた施設へと侵入していった。

 増井は几帳面に同じ軌跡で高級外車を追走し、門扉からまっすぐ直進して突き当たりを右折し駐車場まで危なげなくたどり着く。

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