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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第一章 三つの仔
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十五歳の日常 ④


 マンションの駐輪場から通りに出たところでモタモタしたくはないのだが、近所の住人の目よりも運転中に遭遇する警察の目を気にするのは、真が小ズルイ割りに慎重すぎる性格だからかもしれない。

 真のそういった部分が智明に良い影響を与えつつ、中学生の身の丈を越えた『おこぼれ』を回してくるあたり、智明に悪い影響も及ぼしていると言える。

 あれやこれやにおいて真に追従している格好の智明は、真とつるんでいるからこそ沢山の経験をさせてもらえている反面、真が居なければタバコや無免許運転などの違法行為を犯すことはなかっただろうと思っている。


 法定速度と車線を気にしながら、智明にハンドサインをしてからウインカーを点滅させる真を追いかけつつ、適正な車間距離できっちり真の走行ラインをトレースしていく智明。

 ビジネス街の端っこで分譲マンションや賃貸マンションが多い地区だからか、平日の午後十時頃にしては道路は空いている方で、運転経験の浅い智明にも走りやすい。

「あれ? あ、そっちか」

 交差点もスムーズに通過し、十分も走ったところで前を走る真がハンドサインをした後に減速しながら左折した。

 目的地である『かまちゃん』とは反対方向に曲がったので智明は訝しんだが、恐らく真の自宅近くにバイクを停めるためだろうと推測して、智明も減速しながら細めの路地へ入っていく。

 人が歩くより少し早い程度で路地をいくつか曲がり、庭付きの一戸建ての前にバイクを停めた。

 予想通り真の自宅だ。

「安定してきたな」

「そうか? 真が前走っててくれるのをついてってるだけだぞ」

「いや、そこじゃなくてな。交差点を曲がる時も加速も減速もモタモタしなくなったし、さっきみたいに低速で路地走っても足つかなくなったろ」

「ああ、まあな」

 智明を褒めながら門を開け、バイクを庭に押し入れる真に倣って、智明もスタンドを引き出してバイクを安置する。

 真がこんなに智明を手放しで褒めたり賛えることは珍しく、智明としては嬉しい反面答えにくくもある。

「よしっと。ここなら駐禁も切られないだろうし、盗まれたりしないだろ。メットは玄関に放り込むからこっちにもらうわ」

「お前んち、バイク乗ってるの公認なのか?」

「んなわけあるかよ。姉ちゃんに近所迷惑だけはやめてくれって言われてる」

 なるほど、だから路地に入ってからはゆっくり走ったのかと納得出来た。


 真の父親は公務員だが、若い頃はそれなりにヤンチャしたクチらしく、智明が泊まり込んでも迷惑がったり説教臭いことも言われたことがない。というより、智明の家庭と似て真のヤンチャを放置している感がある。

「ほれ、そっちだ」

 玄関に二人の被っていたヘルメットを放り込むと、真は智明を街灯もない暗い路地へと誘導する。


「おばちゃん、二人だけど空いてる?」

「やあ、マコちゃんやん! トモくんも一緒かいな! 奥のテーブルでよかったぁあいとんで」

「どもっす」

 久々に聞いた『かまちゃん』店主のおばちゃんの淡路弁と独特な声に、懐かしさとか思い出とかが湧いてきて、智明は少し他人行儀になる。

 そんな智明の情動の横で、席に座る前に真っ先におでんの鍋を覗きに行った真を叱る。

「鍋見過ぎ。先、座ってるぞ」

「ああ。……おばちゃん、ジャガイモないの?」

「ごめんやで。今日は客入り少ない思たよってん、ジャガイモほとばぁしか作らんかったんじょれ。ほやさかい売り切れなんよ」

「そっかぁ。んじゃ何個かおまかせで盛ってもらっていい?」

「はいはぁい」

 ちょっと小学生ノリの真は冷蔵ケースからコーラを二本持ち出してからテーブルにつく。

「俺、後でブタ玉ー」

「俺はスジコン」

 真がおでんを覗いている間に智明はメニューを決めていて、おばちゃんがおでんを持ってくるタイミングで告げた。そこにすぐさま自分の注文を付け加えるあたり、真は普段から一人でも食べに来ているようだ。

「はいはい。ブタ玉とスジコンね。マコちゃん、大根の葉っぱの漬けモンあんで」

「あ、もらう!」

 まるで親戚のおばちゃんの家に来たような会話で注文を済ませる。

「うい、カンパーイ」

「あいあい」

 ペットボトルのキャップを外して大人の真似事のように軽く打ち合わせ、喉を鳴らしてコーラを煽る。

「ぷは! ああ! 生き返る!」

「何気に今日は暑かったもんな」

「確かに確かに。最近変な雨の降り方だから、いっつも湿気(しっけ)てるというか、ムシムシするよな」

「うん。なんか去年も東の方で洪水とかなかったっけ?」

「ああ、あったな。……地方だったよな? どこだっけ……。新都から遠かったよな?」

 おでんをつつきながら中学生らしくない話題でコーラを煽る二人。

「去年あったんは三重の方やわ。東いうほど関東ちゃうし、おまはんら、ちゃんと学校で勉強しょるんけ? ニュース見よっけ?」

 大根の葉っぱの漬物をテーブルに置きながら、おばちゃんは智明と真の常識を疑う目で見てくる。

「ちゃんと行ってるってば」

「行ってるだけに近いけどね」

「なんじゃほりゃ。あれやど? アワジも新都や言うて、リニア走って、議事堂建って、もう来年にゃ天皇さん引っ越してくる言うんやさかい、ちゃんと勉強せんと落ちこぼれるで。あの子、なんちゅうたか、ユリちゃんはどないしょん? あの子、賢いさかい勉強見てもらいぃよ」

「優里は親がエリートだからな。うちみたいな一般公務員とは違うもん」

「右に同じ。うちも工場の中間管理職だからなー」

 おばちゃんは結構な温度で心配してくれていたようで、智明と真の返事に呆れてしまい、ため息を一つつく。

「まあ、学校行くだけ真面目なんかの。お好み焼き、今から焼くよってんほとばぁ待っちょってよ」

 智明は少し寂しそうに鉄板の方へ戻っていくおばちゃんに気の毒なことをしたかなと思ったが、真がニヤニヤと笑いかけてくるので気にしないことにした。


 二十一世紀も中頃、二〇五〇年に近づいた頃に天皇陛下のお年とそれに伴う体調悪化が懸念され、二代続いての退位が噂され始め、令和が三十年を待たずに終わるのかと日本は動揺した。

 これを受け、かねてよりあった次代天皇の即位問題が皇室及び宮内庁と関係機関で急ぎ検討されたのだが、この渦中に一石を投じたのが当時の内閣総理大臣山路耕介(やまじこうすけ)だ。

 天皇陛下の退位による次代天皇のご即位に合わせ遷都を提言。元より豪腕が売りの首相であったが、経済や流通・交通などを全て度外視した暴論に、国会も世論も荒れに荒れた。しかし次代天皇が即位された際、ご即位の礼にて遷都を容認するお言葉を示された。

 これを機に弾劾寸前まで追い込まれていた首相は勢いを盛り返し、遷都先の選定とそれにかかる予算の確保、更に交通の整備と法案の制定を行っていった。

 様々な噂や憶測が日本中で囁かれたが、決まってしまえば年月と共に事は進むもので、瀬戸内海に浮かぶ最大の島・淡路島が遷都先として決まった。

 これには交通網の開発における経済効果の見込みが大きく、かねてよりあった中央リニア線と四国新幹線を関西国際空港・和歌山・淡路島を経由して大分まで結ぼうとする案と、中央リニア線を神戸経由で中国地方を横断させ福岡まで延伸し、ゆくゆくは九州を環状に延伸する案とをこのタイミングで推し進めてしまおういうものだ。

 関西以西の各県は開発だ再生だと喜んだのだが、兵庫県に限っては淡路島が首都となって切り取られる形になり、両手を挙げて喜べない微妙な立ち位置となった。

 諸々が定まり、紀淡海峡を挟んで和歌山県側から島伝いに紀淡海峡大橋が架けられ、淡路島内でもリニアモーターカーのレール建設が始まり山間部ではトンネルの掘削・平野部には橋脚が立って高架橋が渡された。

 旧南あわじ市八木から旧洲本市中条にリニア駅の建設も進み、旧洲本市五色町上堺に新国会議事堂と関係省庁・議員会館も整備され始める。

 島内の交通網として、洲本平野から三原平野へ横断する地下鉄を通し、阿万(あま)から一宮まで縦断する鉄道にも着手した。

 肝心の今上天皇居所は、諭鶴羽山(ゆづるはさん)西端の中腹に建設されることが決まった。

 遷都が決定してから十年でようやく形が見え始めた新都に、企業や法人も移転計画を進め、旧洲本市五色地区は田園調布や芦屋もかくやという高級住宅街へと変化していき、洲本港周辺から三原平野はマンションや住宅の建設ラッシュを迎える。

 ただ、今上天皇居所が建設される関係上、八木(やぎ)賀集(かしゅう)由良(ゆら)(なだ)北阿万(きたあま)の諭鶴羽山地周辺に関しては保護区とされ、開発はおろか関係者以外の立ち入りが制限された。


 諸々整い始めた三年前、崩御された第一二七代天皇のご意思を継がれ即位した第一二八代幸仁(ゆきひと)天皇が新御所竣工に際して淡路島に誕生する新都を『淡路新都国生市あわじしんとこくしょうし』と呼称することをお決めになり、二一〇〇年四月に天皇陛下ご一家が新都に移られることを発表された。

 遷都が計画されてから三十五年を経てようやくの遷都がなろうとしている。

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