真の逃走 ②
辺りに人影はない。
しかし遠くから人の話し声や作業の音、微かにバイクのエンジン音も聞こえてくる。
まさかテツオらがここを離れようとしているとは思わなかったが、人の気配のある方へ向かうべきだというのは分かる。
整備された公園のように芝生とアスファルトが縁石で分けられた通路を駆けていきながら、真は周囲に目を配って知り合いと自分のバイクを探す。
昨日の戦闘前には新造皇居に至る車道に駐車したはずだが、一夜明けてしまえば移動させられていてもおかしくはない。
確かエンジンを始動させるためのキーは刺したままなのだ。
建物が立ち並んでいた区画を通過し、また門を潜ってだだっ広い広場に出たところで見知った顔を見付け駆け寄った。
「ポンタさん!」
「よお、真。もうええんか?」
小柄で角刈り、体の至るところにアクセサリーをチャラつかせた男の名前はポンタ。WSSと関わっているうちに何度か顔を合わせたことがあり、見た目のイカつさに反して優しい気遣いをしてくれる関西弁が特徴的なメンバーだ。
ポンタは広場の真ん中に立って、門から入ってくるバイクに駐車位置を指示しているふうだった。
「なんとか動けるようには。俺のバイクどうなりました? 田尻さんと紀夫さんは?」
「こらこら、いっぺんに色々言うなよ。見て分かるやろ。外に停めとったバイクを中に入れとるとこや」
勢い込む真を押し返すように宥め、ポンタは入ってきたバイクに「あっちに停めて」と指示を飛ばす。
後回しにされたことで少し焦りを感じたが、立派な門から侵入してきた田尻のバイクを目にすると、それらは吹き飛んでしまって田尻の元へ駆け寄った。
「あ! こら! 真!」
「田尻さん!」
後ろからポンタの制止の声が飛んできたが、それよりも自分のバイクの所在とこの場から早く逃げ出したい気持ちが勝ってしまい、真は田尻の進路を阻むように取り付く。
「うおお!? なんだよ、真か? 危ないじゃないか」
「田尻さん、俺のバイクは?」
「あん? まだ外にあるけど……?」
突然進路を塞ぐようにした真に田尻は慌てて怒鳴ったが、構わずにバイクの所在を問うた真の勢いに負けたのか、訝しみながらも答えてくれた。
それさえ聞いてしまえば体は勝手に走り出してい、真は田尻に礼を言うのを忘れた。
「真っ! どこ行くんだ!」
「田尻、はよどかせ!」
「真!? どうした!?」
ポンタが広場の真ん中で停滞している田尻を叱るそばで、新たに正門から入ってきた紀夫が真とすれ違って声を上げた。
が、真は紀夫に取り合わずに正門を駆け抜け、記憶を頼りにバイクの駐車位置だけを目指す。
「あった!」
正門からわずかに勾配を下った道路脇、何人かのWSSや洲本走連のメンバーがバイクで行き過ぎる中、真のCB400スーパーフォアーが停まっていた。
もうバイクの移動はほとんど終わりかけのようで、ポツンと一台だけ停まっているバイクは放置車両のように見えて淋しげだったが、駆け寄って跨がりキーを回すとメーター周りとニュートラルランプに光が灯り、バイクが目覚めたような錯覚を感じる。
「おい! 真!」
遠くから田尻か紀夫の呼び声が聞こえた気がしたが、スタンドを蹴ってエンジンを始動させた真には届かない。
急いでギアを一速に入れ一気にアクセルを開けてしまったので、フロントタイヤが真の頭より高く浮き上がるほど勢いよくバイクが飛び出してしまったが、下り坂も手伝ってなんとかバイクを押さえ込み、そのまま跨がり直して大日川ダムに向かって坂を下る。
「……こっちか!」
円形の更地を通り過ぎ、更に坂を下って形の変わってしまった大日川ダムのダム湖脇を走り抜け、大日ダムから自宅のある北西を向いて田畑の合い間を縫って走る。
この頃には真の頭の中は自宅に帰ることしかなく、田尻や紀夫やポンタに呼び止められたことは気にもかけておらず、あれほど尊敬していた本田鉄郎への詫びさえない。
太陽の位置や町並みで方角を確かめながら走り、新造皇居へと攻め入った道順を思い返しながらバイクを操作し、国道28号線に出たことでハンドルを西に切る。
住民避難で道路封鎖された国道は渋滞どころか車やバイクの姿はなく、気分を良くした真は道幅いっぱいの蛇行運転でぐんぐん速度を上げて八木から賀集まで一気に走り抜ける。
「……あ、そうか。くそっ!」
以前にも通ったことのある賀集八幡交差点から31号淡路サンセットラインを北上し始め、自衛隊の道路封鎖を思い出して悪態をつく。
確か智明と智明を訪ねてきた客の会話では、例外的に『智明の仲間は自衛隊の道路封鎖を通過してよし』とのやり取りがあり、このまま進行して道路封鎖に当たってそこを通してもらうとなれば、自分もその一員として通行するのが癪に障るからだ。
――でも帰るなら仕方ないか――
そう思い直した真の視界に濃緑色のトラックと戦闘服に見を包んだ人影が映り、観念してバイクのスピードを落とす。
「止まれ――!!」
自衛隊員らしき男の声がヘルメットをしていない真の耳に届いた。




