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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第二部 第一章 異例と特例
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来訪者 ①

 明里新宮(あけさとしんぐう)一階の応接室を出て関係者控室らしき小部屋の隠し階段から二階へ上がり、西側から東側へと回り込んで三階へと向かう階段の手前で優里が足を止めた。


「……やっぱり心配やわ」

「リリー。今日は仕方ないよ」


 自衛隊との交戦の後、まだ真と口を利いていない事を気にした優里を宥めるために応接室へ降りたばかりだというのに、真は眠っていてやはり会話は叶わなかった。

 智明からすれば、眠っている相手と会話が出来なかったことはどうしょうもないことで、『また明日でいいじゃないか』と思ってしまう。

 しかし幅広の階段を照らすオレンジの常夜灯のせいか、足を止め俯き加減の優里はひどく落ち込んで見え、励ます意味でも歩みを促す意味でも智明は優里の左手を取った。


「でも……」

「寝てるものは仕方ないよ。怪我を直してるんだし、リリーも昼間の疲れが残ってるんじゃない? こんな時は早く寝てしまう方がいいよ」


 ドラマか映画で聞いたことのある台詞を口にして優里の手を引いてみるが、優里はまだ歩こうとはしてくれない。

 仕方なく階段にかけていた足を戻して優里に向き直り、抱き寄せるようにしてから付け足す。


「明日ちゃんと会える。話せるよ」

「……ん。分かった」


 智明の左肩の辺りを押し返すようにしてようやく優里が了承してくれ、抱擁を解き手を繋いだまま階段を上がる。

 先程よりもゆっくりとした足取りのためか、木製の階段にスリッパのパタッパタッという軽い音の間隔が長く、優里に合わせるように智明もゆっくりと階段を上がる。


「……お茶か水でも飲んでからベッドに入ろうか」


 三階住居スペースとの境になっているドア前で声をかけ、玄関ドアを開こうとした智明は違和感を感じる。


「モア?」

《静かに。なんかおかしい》


 動きを止めた智明に声をかけてきた優里を制し、とっさに伝心(テレパシー)で声を出さないように命じた。

 慌てて右手で口を覆う優里を手振りで壁際へと下がらせ、意識の目をドアの向こうへと潜り込ませる。


 ほんの少しの違和感。

 勘違いかもしれない小さな胸騒ぎ。

 案の定、玄関ドアの向こう側は電気の消えた真っ暗な玄関と右に折れる廊下しかない。

 そのまま玄関から右手側を向く。

 いつもと変わらぬ廊下が真っ直ぐに伸びてい、奥でまた右へと折れているのが暗がりでも見えた。


 ――なんか、居る――


 暗闇の中、廊下の奥から壁伝いにゆっくりと動いて向かってくるものを感じ、智明はそれが何であるかを考えた。


 ――幽霊? そんなはずはないか。今日まで見なかったしな。

 だとしたら泥棒か、刺客、だよな……――


 幽霊や物の怪の類ならば、これまでの二週間の生活の中で気配や存在に気付く機会はあったろう。

 智明と優里の二人だけで過ごしていた期間ならば、泥棒の侵入を真っ先に疑ったろう。しかし今は新宮中央区画に二百名を越す『ユズリハの会』のメンバーらがいる。泥棒をしようという雰囲気ではないはずだ。

 となると、貴美の当初の目的を思えば『刺客』という可能性しかなくなった。


 智明は意識の目を廊下を蠢く相手に向けたまま電灯のスイッチに触れさせ、玄関のドアノブを握ってタイミングを図る。


 ――……三! 二! 一……!――


 カウントがゼロになる寸前で玄関の電灯のスイッチを入れ、カウントゼロでドアを開けて玄関へ飛び込む。

 意識の目を消し、右手側に伸びる廊下に振り向いた智明の視界には、天井を見上げ目を眩ませた黒尽くめの侵入者が立っていた。


「誰だ!」

「……!」


 智明の誰何に玄関を向いた侵入者は、しかし顔を隠すように左手で顔を覆い、右手で壁の位置を確かめながら廊下の奥へと後退る。


 ――どうしようか?――


 追い払うか捕らえるかを迷い、捕らえてどうなるのか?・どうするのか?を考えてしまって智明の行動は遅れた。

 動きを止めた智明の視界の中で黒尽くめの侵入者が、右手を小さく振り回して掌を突き出すようにして広げた。


「あっ!」


 青白い光が瞬間的に弾けて優里が声を上げる。

 智明はとっさに左手で光の奔流を受け止めるようにし、受け止めた光を右手から打ち返す。

 また激しい光が廊下いっぱいに瞬いて、衝撃が壁を叩く音と辺り一面に高圧電流が(ほとばし)った耳障りな音が鳴り響いた。


「きゃっ」

「チッ!」


 あまりの眩さと放電の衝撃で優里が両耳を塞いで玄関にうずくまり、短い悲鳴を上げた。

 光は数瞬で消え去ったが、両手の痺れを感じて智明は舌打ちをするうちに、黒シャツ・黒ズボン・黒フードと黒マント姿の侵入者は廊下の奥へ転がり込むようにして智明の視界から隠れた。


「待て!」


 侵入者が角を曲がって姿を隠そうとする段になって智明は制止の声を発し、痺れる体をいとわず外履きのスリッパのまま侵入者を追って廊下を駆ける。

 左手側リビングダイニングの入口を過ぎ、右手側洗面所の入り口を過ぎ、左手側主寝室入り口を通り過ぎて突き当りの書斎入り口で廊下に従い右を向く。


「えっ!?」


 そこには廊下の突き当たりにある洋間二間へのドアが向かい合っているだけで、黒尽くめの侵入者の姿はなかった。

 廊下を駆けてくる間にドアの開く音も閉まる音も聞こえなかった。


「モア!」

「……消えた」


 後をついてきた優里に答えながら向かい合わせの洋間二間を開けて調べてみたが、人の気配も何者かが入った形跡もない。そもそも家具もなく使用していない部屋なのでそれ以上見るまでもない。


「何なん!?」

「分からん。けど、放っとけない」


 光や音の衝撃から立ち直り追いかけてきた優里に答え、すぐさま智明は意識の目を新宮本宮の上空へと飛ばす。


「トモアキッ!」


 玄関の開く音がしてすぐに貴美の声が聞こえ、駆け寄る足音がする。


「……居た!」


 貴美の足音につられて智明が振り向くのに合わせ、上空に飛ばしていた意識の目も視点が変わってしまったが、偶然にも本宮大屋根の端っこに立つ黒尽くめの姿が見えた。


「行くなっ!」


 優里のそばまで近寄った貴美が智明を制止する声を発したが、智明が瞬間移動(テレポート)で消えて大屋根の上へ飛ぶ方が早かった。

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