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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第二章 明里新宮
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フライデーナイト ⑤

「……お前、よくそんなのに巻き込まれて生きてたな」

 テツオは真を見やって、初めて声をかけた。

「は、はい。……多分ですけど、アイツの、智明の能力で生かされたんだと思います」

 テツオから水を向けられただけではなく、田尻や紀夫からも注目されて真は緊張しながらもそう答えた。

 言ってしまってから話す順序を間違えたと気付いたが、慌ててしまってどう訂正していいか混乱してしまった。

 その姿を見てテツオは困り顔で田尻を促す。

「いきなり能力とか言われてもな。ちょっと落ち着かせてやれ」

「うっす。……真、落ち着いて、ゆっくりでいいから順番に話していいんだぞ。信じられないことだけど、信じてもらうのは後からでいいんだから。まずはちゃんと話そう。な!」

 笑いかけながら田尻が話す間に、紀夫は真に近寄って背中に手を当て、ランタンの明かりが届く範囲に押しやった。

 まだ緊張の面持ちが解けない真に、今度は肩に手を置き、うなずきかけてやる。

 田尻と紀夫から勇気をもらった気になり、真は深呼吸してからテツオへ顔を向ける。


「えっと、分かりにくいところがあると思いますけど、順番にお話します。

 ……病院でのことは曖昧なので、昼過ぎからの話になるんですけど。……病院から居なくなった智明が心配だったので、警察から帰っていいってなってから田尻さんたちと智明の家へ行ってみたんです。……結局、警察が見張ってて家には近寄れなかったし、近寄って警察に変に疑われるのも嫌だったので、電話をかけることにしました。

 ……その時は繋がらなかったんですが、少し間が開いてから折り返しがあって、智明と話すことができました。でも、なんか前までのアイツと雰囲気が違う感じで、『家で待ってろ』って命令されたみたいな感じで一方的に切られました」

「俺は、昨夜一回見ただけだからよく分かんないんだが、トモアキってそういう話し方の奴じゃないんだな?」

「はい。今までなら、『家で待ってて』とか『待っててくれたら行くよ』とか、そういう喋り方してました」

 真の話を止めたテツオの質問に、真はなるべく正確に答え、納得したテツオは真にうなずきかけて話の続きを促した。


「……そんな感じでちょっと違和感があったし、朝の病院の事があるんで、田尻さんと紀夫さんに相談して近くで見張ってもらうことを打ち合わせて、自分の家で待ってました」

 実際は全員がバラバラに行動したし見張っていたのは田尻だけだったのだが、中島病院看護師の赤坂恭子の存在を説明すると長くなるし、何より紀夫が嫌がった。そうなると紀夫と赤坂恭子の密会は端折らざるを得なくなり、紀夫のアリバイを田尻と同じにして辻褄を合わせようと、この会合の前に三人で打ち合わせ済みだ。

 田尻と紀夫はテツオに対して面目を立てたかったし、真も余計な説明や回り道を避けたかったので波風なく同意した。


「まだかまだかと待ってたんですが、待ってる間にボソッと言った独り言に智明の声で返事が返ってきたんです。ドアを開けた音や人が入ってくる気配もなかったのに、突然声が聞こえたんです。なんか、わけが分からなくなって部屋を見回したら、いつの間にかすぐそばに智明が座ってたんです」

 しっかりと記憶を呼び起こせないためか、少し真の視線は宙をさまよい、ハッキリと伝えられない不安が自信のなさとなって真を動揺させた。

「突然だったのか? 音を聞き逃したとか、人の気配も分からないくらい考え込んでたとか、そういうんじゃなく、か?」 

 真の様子の変化に思わずテツオが口を挟んでいた。

 言葉は理解できても、やはり人が突然現れるというのは抽象的すぎてすんなりとは飲み込めない。

「考え込んでたと思います。けど、どう考えてもドアを開けて入ってきた感じはしなかったし、何より本人がドアから入ってこなかったことを証明してましたから」

 真の返答にテツオの背筋が伸びた。

「本人が証明した? 何をだ?」

「瞬間移動してきたことをです」

「瞬間移動?」

「瞬間移動です。テレポーテーションの方が分かりやすいですか?」

「いやいや、そういうことを聞いたんじゃなくてな。意味は分かってるよ」

 レベルの低いやり取りになってしまったことを苦笑しながら、テツオは続けて問う。

「マンガやアニメみたいにポンッポンッポンッて、消えたり現れたりしたってことか?」

「そうです。信じてもらえないと思いますけど、実際に俺の部屋から空の上へ一瞬で連れて行かれましたもの」

 語尾がおかしくなってしまったことに真は慌てたが、テツオは真の話した内容を見極めようとするようにジッと真を見つめている。

「へえ。そりゃすげーわ」

 言葉も言い方も軽かったが、テツオはバカにした様子ではなく、むしろ真面目に聞いてくれている表情だったので真は話を続ける。


「で、部屋から空に瞬間移動してビビッてる俺を、智明は面白そうに笑ってました。そこから空を飛んで……飛んでというか移動してというか、湊と西路の境にある山の中の溜池まで連れて行かれて、面白いモノを見せると言ってきました」

「面白いモノ?」

 いい加減、オウム返しがバカバカしくなってきたテツオだったが、真の話をちゃんと聞こうと真へ向ける視線を厳しくする。

「太陽を作るとか言って、こう、なんか、手をあげて芝居がかったことやり始めて……」

 身振りを交えてみたが、その先を説明するには真の理解や語彙力に限界が来てしまい、言葉が詰まる。

 テツオは少しだけ待ったが、動きを止めて黙ってしまった真に焦れて助け舟を出す。

「……そこから例の爆発みたいな騒ぎになった、てことか?」

 テツオに導かれる感じで真はハッとなり、持ち上げていた手を下ろして続ける。

「そ、そうです。目が開けられないくらい眩しい光がしたかと思ったら、バイクでこけた時より何倍かの勢いで吹き飛ばされて、気付いたら山の中で倒れてて田尻さんに起こされた感じです。

 ……あ、家から溜池まで飛んでる時と、爆発みたいので吹き飛ばされてる時なんすけど、雨が降ってたはずなのに当たらなかったし、吹き飛ばされてる感じはあったけど風や熱を感じなかったと思うんです。……ガキっぽくて恥ずいっすけど、バリアーかなんかかなぁって思ってます……」


 真は説明が終わったので口を閉じ、テツオにちゃんと伝わったかを気にしながら、憧れの男の言葉を待った。

 だがテツオは考えにふけるような態勢のまま駐車場の白線を睨むようにし、しばらく微動だにしなかった。

「…………太陽を作る、か」

 ワンボックスカーのバンパーにガニ股で腰掛け、腕組みをしながら独り言のようにポツリとテツオが呟いた。

「……てことは、智明は太陽を作るのに失敗したわけだな」

「……そう、なんですかね?」

 田尻が予想していなかったテツオの反応に、思わず問い返してしまった。

 チラリと向けられたテツオからの視線に、田尻は出過ぎたことをしてしまったかもと思い、テツオに向けていた視線を紀夫に向けたが、紀夫は紀夫で同意を求められても困るといった顔で頭を左右に振った。


「太陽ってのは燃焼と同時に燃料補給をしてる半永久機関だから、一発だけ爆発して終わるようなもんじゃないんよ。そりゃ、核分裂してから一発目の核融合が起こる時に爆発に近い現象はあるはずだけど、そこで爆発しちまったら次の核融合の燃料になる原子まで吹き散らしちまうからな」

 テツオから聞き慣れない単語をいくつも羅列され、田尻と紀夫は面食らってしまって少し困惑した。

「そもそもの太陽の誕生の仕方は理論は考えられていても、実験して立証されていないし、もっといえば最初の核分裂までに、はかりしれない時間と物質の密集が必要なはずだからな。智明が思い付きで作れるもんじゃないよ、太陽はな」

「そ、そうっすね」

 理論の正否はともかくテツオが物理や科学に詳しい事に驚き、それに付いて行けずに返す言葉が出てこなかったので、田尻と紀夫はとりあえずテツオを肯定する相づちを打った。


 だが、真はテツオの言葉で智明とのやり取りを少しだけ思い出してハッとした顔になる。

「そういえば、智明がなんかやり始めた時、言ってる内容は水爆の理屈だった気がします。原子核を分解して水素をぶっこみまくるとかなんとか――」

「なるほどな。そっちの『太陽』か」

 また話に付いて行けない田尻と紀夫は、呆けた顔を真に向けたあとテツオに振り返る。

「すまんすまん。古い映画があってな、シリアスでエネルギッシュなのに現実離れしたリアルで笑える映画があるんだよ。アレは原爆だったが、原爆よりも水爆の方が太陽に近いからな。智明もなかなかのアタマしてんだな」

 テツオが説明を付け加えてくれたが、それでも田尻と紀夫のハテナ顔は解消されなかった。


 それもそのはずで、核分裂を利用した原子爆弾や、核分裂の熱を利用し核融合で威力を高めた水素爆弾の構造などニ一〇〇年の十代が知っているはずもない。加えて、一九七九年の日本映画など興味も湧かなければ見たこともないはずだ。


「アタマの良さで言えばお前もだぞ。なんで水爆の原理なんか知ってんだよ?」

 テツオに楽しそうに笑いかけられ、真は気恥ずかしそうに答える。

「はあ。あの、授業で太陽とか水爆の話しが出たことがあって、丁度その頃に智明と読んでいた漫画に出てきたんです。それでネットとかで調べて覚えてたんです。……多分、智明もその時のことを思い出したんじゃないかな」

 正直なところ、智明がなぜ能力の披露のために太陽や水爆を作ろうとしたのか、真にも分からない。手を触れずに物を動かすとか瞬間移動をしてみせるだけでも、智明の能力は見せつけることができたはずだ。

 かすかに記憶に残っている智明の洪笑が蘇り、真の胸の内に不安が広がる。


 急に沈んだ気持ちになってしまった真を、テツオの明るい声が現実に引き戻す。

「なかなかやるなぁ。俺はお前のそういうとこを買ってるんだよ。大勢が気にもしないとこに興味を持つってなかなか出来ないことだからな」

「あ、ありがとうございます」

 真は突然褒められたことに驚いたし、テツオからそんなふうに見られていたことにも驚いた。ついでに言えば、自分は周りからは少しマイノリティーなんだということに動揺したが、憧れの男からの賛辞には素直に感謝の言葉を返した。

 テツオは真の素直な態度に満足したように一つうなずき、真だけでなく田尻と紀夫も含めた三人に問いかける。

「それで? お願いというのがあるんだったな?」

「はい。かなり無茶なお願いなんですが……」

「またクビになる覚悟はしてます」

 しっかりとした視線でテツオを見つめ返し、田尻と紀夫が覚悟を示しながら真に話を促した。

「アイツは、智明はきっとまた何かをやらかすと思うんです。それをさせないために、チームの力を借りたいんです。可能なら、とっ捕まえて話がしたいんです」

 抑揚のない話し方だったが、太ももの横で握られた拳は力んでいて、真の真剣度をテツオに教えていた。

「……お願いしまっす!」

「お願いします!」

 ジッと真を見据えたままのテツオにしびれを切らし、田尻が声を張り上げて頭を下げ、習うように真も一縷の望みをかけて頭を下げた。

 声を発しはしなかったが、紀夫も頭を下げてリーダーの判断を待つ。


「……うちのメンバーをアチコチに立たせて、何かが起こった時に素早く現場に集合させることは出来る。むしろそれが出来るから頼みに来たんだと思うと、嬉しい気持ちもある。……ただ、三つほど問題がある」

 顔を上げた三人に、テツオは右手を前に出し、人差し指を一本立てる。

「一つは、俺らWSS(ウエッサイ)がカバー出来る範囲は、淡路連合の協定に基づいて南あわじ市の範囲に限定される。まあ、洲本走連は仲良いから手伝ってもらって洲本もカバー出来る可能性はあるけどな」

 実際はテツオと洲本走連のクイーン鈴木沙耶香(すずきさやか)は恋人関係にあるし、非公表ながら洲本走連はテツオをキングと認めてもいるので、この二チームは統合されているに等しい。しかし、淡路島北西部を縄張りにしている空留橘頭(クールキッズ)と北東部を縄張りにしている淡路暴走団への対処として、別チームを装っている。

 下手な抗争を生まないための措置なのだ。

 続けてテツオは中指も立てる。

「二つ目は、瞬間移動で正しく神出鬼没の智明を、バイクや車で追っかけて捕まえられるかどうかだ」

 テツオの指摘に三人の顔が曇る。

 構わずにテツオは薬指も立てる。

「最後に、水爆をカマせる奴を捕まえられるか、だ」

 言い終わるとテツオは右手を下ろして腕組みに戻り、三人の様子を伺った。

 三人はテツオの指摘に打ちのめされたのか、すっかり意気消沈してしまってうなだれてしまっている。

 ちょっと突き放し過ぎてしまったことに慌てたテツオは、表情を柔らかくして三人に言葉をかけることにした。

「とりあえず、ヤバイ奴なのは分かったし、アワジがどうかなっちまっても困るから協力したい気持ちはある。ただ、智明が暴れたり騒動を起こすかどうかも分からないし、どこに現れるかも分からない。現れた時に何ができるかも分からない」

 気休めだと思いつつも、テツオはこの申し出に僅かながらチャンスを見出していて、彼らを使った上手な立ち回りを考え始めている。

 そのためにはここで彼らを切り捨てることはむしろ損失になるし、ある程度の融通を聞いておかねばと計算した。

「一週間、時間をくれ。準備しなきゃならんことがありそうだからな。その間に智明がなんかやらかしてくれたらより周到な準備が出来るけど、それはそれで問題があるからな。とりあえずは、一週間後にもう一度話をしよう」

「ありがとうございます!」

 会談前に想定していた返答より、かなり好意的な言葉をテツオから言われ、思わず真は頭を下げていた。

 田尻と紀夫も同じようにテツオに感謝を述べ、真の肩を叩きながらテツオの前から離れた。


「……いいのか?」

 真達の声が遠ざかるのを待ってから、瀬名がテツオに確かめてきた。

「ああ。下手をするとこういうタイミングしか駒を進める機会はないのかもしれない」

 先程と打って変わって体をくつろがせるテツオだが、その目は野心でギラギラとしている。

「テツオの夢は俺の夢だから、どこまでもついていくけどな」

「頼りにしてるぜ。明日にでも先生と大佐に連絡しといてくれ。合言葉は――」

「ノッキング オン ヘブンズ ドア」

 楽しそうに答えた瀬名にテツオは親指を立てて応じると、音もなく瀬名はランタンの照らす範囲から姿を消した。

 周りに誰もいなくなったことを確かめ、ワイヤレスイヤホンを着けてテツオは目を閉じた。

 イヤホンから流れる音楽にノッているのか、野心の成就を願っているのか、その口元は楽しそうに笑っていた。

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