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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第二章 明里新宮
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フライデーナイト ④

 近付いていくと、車窓にフルスモークが貼られたワンボックスカーが停まっているのが分かり、後部ドアが開けられてランタンが吊るされていた。そのランタンに浮き彫りにされる格好で小男のシルエットが見えていたと分かり、その小男が誰かも判別できた。

「瀬名さん、すんません」

「手間をかけました」

「うんうん。リーダーは後ろに居るよー」

 田尻と紀夫が恐縮して頭を垂れるのに対し、サブリーダー同然の瀬名は軽く流してワンボックスカーの後ろを指し示す。

 声を発するタイミングを逃した真は、一応頭を下げて瀬名の前を通り、田尻と紀夫に続いてワンボックスカーの後部へ回り込んだ。

 ランタンの暖色の明かりに照らされた車内には、白のランニングシャツとグレイっぽいハーフパンツを着たスポーツ刈りのイケメンが、バンパーに足を投げ出す格好で座っていた。

 バイクチームWSSウエストサイドストーリーズのリーダー・本田鉄郎ほんだてつおだ。

「……来たか」

 明かりの中に田尻が現れると、テツオは静かな表情でつぶやいた。

 すぐさま田尻と紀夫は直角に腰を折って一礼し、直立不動で口を開く。

「遅くなってすんません」

「電話で伝えたとおり、報告とお願いに来ました」

「で、どうなったの?」

 間をおかずに問われて、答えにくい内容がゆえに田尻も紀夫も一拍開いてしまう。

「……真の友人を病院に運ぶまでは順調でした。そこからちょっと変なことになってしまいました」

「自分らも、真も、巻き込まれた状態なので、事態が落ち着いたのがついさっきなので、報告が今になりました」

 田尻と紀夫の言葉を聞いてから、テツオは興味なさそうにランニングシャツに手を入れて腹のあたりをかいている。

「病院に連れて行って、ハイオシマイにならなかったってことか。で?」

 あくびでもしそうなくらい関心がなさそうに言い放ち、テツオは田尻と紀夫に説明を促す。

 視線を受けて田尻と紀夫は互いに目を合わせ、うなずき合ってから田尻が応じた。

「……中島ちゅうとう病院の事件に巻き込まれたんです」

「それで警察に事情を聞かれたり、真を家へ送ったあとに、その、今度は爆発騒ぎに巻き込まれたんです」

「ハハハハハハハッ!」

 田尻と紀夫の話を信じたのか、それとも詰めの甘い言い訳だと思ったのか、テツオは豪快に笑い飛ばしてから、右手を田尻に向けた。

「それで?」

「あ、はい。結局、そこでも警察やら医者やらとひと悶着あって、開放されたのがついさっきなんです」

 医者とひと悶着起こしたのは田尻だけだが、雰囲気的に紀夫が訂正したり口を挟めないので、仕方なく紀夫はスルーした。

「……なるほどね。一個聞いていいか?」

「はい」

 いつの間にかバンパーに腰掛けて前のめりに座り直したテツオは、ランタンの明かりを受けてギラついた目で真剣に問う。

「警察と病院に怪しまれてないよな?」

 普段よりドスのきいた声音に自然と田尻の背筋が伸び、紀夫は脇から冷や汗が流れるほど動揺した。

「もちろんです!」

「それは、絶対に!」

 懸命に潔白を訴える田尻と紀夫につられて、発言はおろか紹介すらされてもいない真まで必死に首を縦に振った。


 彼らが警察や病院に怪しまれてはいけない理由はいくつかあるのだが、大きくは未成年でのH・B(ハーヴェー)化だ。他の行いや目標などはなんとでも言い逃れできるし、開き直ることも出来る。しかし非合法な手段でH・B"手に入れ、実際にH・B化したことが明るみに出るだけで全てが水泡に帰してしまう。


「ん。じゃあ、とりあえずお前らのクビは撤回しよう」

「あざっす!」

 田尻と紀夫はひとまず胸を撫で下ろし、深くお辞儀をしてチームへの復帰を感謝した。

 真も田尻と紀夫の復帰と、テツオの寛大な態度に感動し、一緒に頭を下げていた。

 だが、頭を上げるとそこには真剣な表情のテツオが居た。

「とはいえな。中島病院だっけ? ニュースで見たし情報も入ってるけど、強盗騒ぎにしちゃ時間くったみたいだな」

 この質問が来ることは予測していたので、田尻と紀夫は一瞬だけ真に視線を向けてからテツオに応じる。

「ちょっと、簡単に信じられない話だと思うんですが、アレは強盗なんかじゃなかったです」

「警察やテレビは本当のことを隠してます。本当のことを明かすのを躊躇うくらいバカな話っすけど、俺らが体験したことはウソやデマじゃないんです」

 言えば言うほど前フリになってしまって、子供の夢物語じみた真実が軽くなってしまうのだが、信じてもらうためにはどこかに熱を込めなければならない。

「いいから言えよ。聞いてから判断するから」

 怒るでもなく笑うでもなく、テツオは話の先を促す。

「……怪物が暴れたんです」

「怪物?」

「怪物です。化物でもミュータントでもエイリアンでも妖怪でも、呼び方は何でもいいっす。俺たちが病院に運び込んだはずの高橋智明が、怪物になって暴れて病院壊して逃げたんです」

 田尻と紀夫は、テツオの反応が怖くて顔をうつむけてしまった。

 笑われても仕方ないような非現実的なことだし、そんなバカなと否定されて当然の話だ。

 ただ一つ、二人が恐れるのは、信憑性が無いからと話を打ち切られることだ。ここで話が終わってしまっては、真の決意が無に帰してしまう。

「……なるほどね。それでどうなったんだ?」

 とりあえず話を切り上げられなかったことにホッとしながら、田尻は続ける。

「怪物が逃げてから少しして警察が来ました。病院にいた人らも、俺らも怪我してたので、応急処置と事情聴取を受けました」

「一応、大勢の目撃者の中の一部だったんで、昼には自由になりました」

「ですが、この、真の方に智明から会いに行くという連絡が入ったんです」

 田尻から紀夫へと話を繋ぎ、田尻が言葉を足したところでテツオが手を挙げて話を止めた。

「なんでそこでお前らは真について行った? 本来ならそこでお前らの役目は終わってたはずだ」

「あん時は、そこで終わりとは思えなかったっす」

「智明がなんで怪物になっちまったのかは分からないけど、真のトラブルは解決してないし、智明もいなくなったままだったから……」

 田尻と紀夫の言葉に、また真は感動の波が襲ってきたが涙やリアクションはなんとか抑え込んだ。

 テツオがチームの面子を立てるために与えた指示とはいえ、田尻と紀夫はなし崩し的にずっと付き合ってくれたし、親身な言葉を何度もかけてくれた。その恩を返すためにも、真はまだ泣いたり感情に流されている場合ではないと思った。

「そうか。それで、トモアキに会えたのか?」

「……いえ、俺たちは会えませんでした。真の家が待ち合わせ場所になってたので、近くで見張ってたんですが、バイクや徒歩でやって来た感じはないんです」

「うん?」

「だけど、二人が会っているはずの時間帯に、全然違う場所で真が倒れてるのを見つけたんです」

 報告を再開させたものの、テツオは再び手を挙げて二人を制した。

「ちょっと待て。なんでお前らは待ち合わせと違う場所へ向かったんだ?」

「ああ、そっか」

 テツオの指摘に田尻は慌てて説明を付け足す。

「智明がなかなか現れないなぁって心配になってきたとこに、例の光と音が響いたんで、もしかしたら智明がまた何かやったんじゃないかって思って」

「なんせ、怪物になって暴れて病院を壊したくらいだから、訳の分かんない現象が起こったのなら、また智明がやったのかもって思ったんです」

 奇妙な興奮というか気焦りをはらんだ様子で話す田尻と紀夫に、初めてテツオが考え込むようなポーズを取った。


 普通に聞けば勘働きが良すぎるか、辻褄が合いすぎている話に感じてしまうかもしれない。

 立て続けに非日常的な現象が起こったからといって、その原因が全て一人の人物の行いだとは、普通は考えられないからだ。

 だが、夕方の閃光と爆発音が異常だったことはテツオも体感したし、各所から様々な情報が入っている。自分よりも近くで体験し、直後に智明を想起したということは、朝の病院の一件も言葉以上の体験だったのではないか?と仮定することはできた。


「もしかしてお前ら、夕方の現場を見たのか?」

 テツオは慎重な声音で尋ね、田尻から紀夫へと視線を向け、初めて真を見た。

「はい。とんでもないことになってました」

「後で地図で確かめたんですが、元は貯水池だったところが、爆弾が爆発したか隕石が落ちたみたいな、クレーターみたいになってました」

 キチンと言葉で言い表せないことが紀夫と田尻にはもどかしかったが、腕を組んで目線を落として熟慮するテツオに、伝わってくれと祈る。

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