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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第二部 第一章 異例と特例
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謝罪と言い訳 ⑤

   ※


「――ここまででいいでしょう。田尻さん紀夫さん、助かりました。

 川崎さん、本田さんと手分けして今晩だけでも皆の寝床を確保してやって下さい。

 真はこっちで面倒見ますから」


 大食堂から本宮へと移った智明は、一階奥の応接室へと真を寝かせ、それぞれに指示を出して智明自身もそこから離れた。


 ――どっちが子供なんだか――


 体のほうぼうに走る痛みで身動きの出来ない真には、偉ぶって見せる智明の言動も行動も滑稽で不愉快でしかない。

 独裁者や為政者を気取る智明の姿こそ『成り上がりの高慢ちき』と断じてしまう。

 と、ひとしきり文句と愚痴を巡らせていた真の耳に、部屋の扉をノックする音が届いた。


「誰だ? 智明か?」


 優里かも?という期待もあったが、智明が間を開けて二人きりになってから謝りに来たのかと想像し誰何の声を投げる。が、ゆっくりと開かれたドアの向こうにはTシャツとショートパンツ姿の少女が立っていた。

 真の位置からはソファーや調度品で見えにくかったが、智明の軍服やテツオらの防具姿でないことは分かる。


「……マコト。入って良いか?」

「貴美っ! あ痛てて……」


 控え目に入室の断りを告げた相手が貴美だと分かってソファーから体を跳ね上げさせた真は、全身に走った刺すような痛みにまたソファーの座面に沈んだ。


「怪我をしたと聞いている。あまり暴れるでない」


 足音静かに歩み寄った貴美は、腰まで伸ばした黒髪をやはり背中の中ほどで一つ括りでまとめ、細くしなやかな四肢を真の前に晒している。


「……ゴメン」

「謝らなくて良い。少し気の流れを見てみよう。癒せるやもしらん」


 三人掛けソファーに横たわる真の傍に立ち、貴美はおもむろに真の体へと両手をかざして瞑目した。

 光や熱は発していないようだが、真の全身を何か温かいものが包むような感覚が表れる。


「貴美、ゴメン。……俺、負けちゃったよ」

「言うな。殴り合いや殺し合いの結果だけが勝負や結末ではあるまい」


 両手をくゆらせながら穏やかだった貴美の表情がやや厳しくなり、真の胸と腹に手を付いた頃には強い言葉が降ってきた。

 何か意味のあるらしい言葉に感じたが具体的にそれが指す意味は真には分からない。


「……かなり体のバランスが崩れておる。力を抜いてありのままで寝ていて欲しい」

「う、うん」


 なんとも言い表せない断定的な貴美の言葉に従い、真は目を閉じて全身から抜けるだけの力を抜いて寝そべる。

 同時に頭も心も空にする。


 すぐさま貴美の(まじな)いの声が聞こえ、ふわりと頭の両側に温かみが押し当てられ、額に集まって両頬に滑っていき、首筋から両肩へと流れていく。


「……トモアキとは話したか?」


 肩から肘、肘から掌へ温かみが移る間に問われた。


「さっき話したよ」

「力を抜いて。……仲直りは出来たか?」


 掌から離れた温かみは真の首筋へと戻ってきて、胸板に落ち着き腹へと下がっていく。

 一瞬だけ力んだ体もまた脱力する。


「仲直りって言っていいのかな。……勝手に独立とかの仲間に入れられた感じだな」


 目を閉じたまま虚ろな声で答えている間に、温かみは腰で左右に別れ、腰骨から体側に沿って腿から膝・膝から脛へと下がっていく。


「不満なのか?」

「不満とかじゃないかな。でも友達とか仲間って感じじゃないのは、違うよなって思ったかも」


 爪先まで行き着いた温かみが、迷うようにそこで停滞する。


「……キミ?」

「マコト。……私には組織や集団の中で個人がどう立ち振る舞うべきかは知らぬし、分からぬ。

 しかし、マコトのように拘ることは、良い面と悪い面があるような気がしてならない。

 もっと視野を広く持つべきではないだろうか」


 少し厳しさや真剣度を増した貴美の声に合わせ、爪先に留まっていた温かみは熱となって真の肌に沁みる。


「う、ちょ……。キミ?」


 辛うじて跳ね起きたりせずに目を閉じたまま抗議した真だったが、差し込み刺激してくる熱に自然と力が入る。


「優里殿の目線。トモアキの目線。私の目線。一度でも構わぬから考えてみてたもれ」


 貴美の言葉はさらに厳しさを増し、足元から這い上がる痛みを伴った熱と共に真の全身を刺していく。


「キミッ!」

「自ずから真理の世界を覗く時もあって良い」


 腰まで這い上がった熱と痛みは、真の腹と胸で駆け回り、触れられてもいない背中まで沁み入って真に声にならない激痛を感じさせる。


「体が孤独になることはあっても、心や存在が孤独になることはない。因果や関わりとは、そういう『結び』があるのだから」


 胴を這い回り駆け巡った熱と痛みは肩と首元に集まった。

 かと思った瞬間には真の頭と両腕へとパッと広がり、静電気のように大きく弾けてじんわりとした痺れを残してスッキリと消え去る。


「明日からで良いから、真実を見極めていけばいいのだ」


 優しい声が聞こえて目を開いた真の眼前には、穏やかに微笑む貴美の顔があり、音もなくソファーへと上がって真に馬乗りになったところだった。


「キミ?」

「……私は、明日にはここを離れなければならない。それまではマコトの側に居る」


 真の体の上に重なるように寝そべり、貴美は顔を寄せてぴたりと二つの体を重ね合わせた。

 話すことが出来なくなった真は左手で貴美の体を抱きとめ、残った手で耳をくすぐる貴美の髪の毛を持ち上げて背中へと流してやった。

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