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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第二章 明里新宮
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フライデーナイト ③

「そろそろのはずだけど……」

 西淡地区松帆慶野にある城ヶ崎真の通っている中学校の近くに、セルフのガソリンスタンドがある。

 深夜二時にWSSのリーダーと会見するため、田尻たちと一時に待ち合わせたはずだが、まだどちらも現れないので真は再度時計を確かめた。

 時間潰しで買ったコーラも飲み干しつつある。

「あ、アレかな?」

 深夜なので交通量は少なく、少し離れた所からでもバイクの排気音は真の耳に届いた。

 程なく、二台のバイクがガソリンスタンドに滑り込み、日中に何度も見たバイクから二人の少年が下り立つ。

「待たせたな」

「すまん。寝坊した」

 カワサキの名車Ninjaの流れをくむZ400から下り立った金髪の少年は紀夫。

 ヤマハのクラシカルなデザインが特徴的なSR400から下り立ったスキンヘッドの少年は田尻だ。

 二人とも仮眠を取り、食事や風呂や着替えを済ませたようで、昼間の騒動の疲れは見えない。

「大丈夫っす。俺もさっき来たとこっすから」

「そうか。とりあえずガスだけ入れさせてくれ」

 田尻と紀夫も真の疲れは回復したと見たのか、恐縮気味の真に断りを入れてガソリンを給油し始める。

「しかしお前、家は大丈夫なのか? こんな連日夜遊びしてて何も言われないのかよ?」

「まさか! 嫌味の一つ二つは日常茶飯事っすよ」

「親のスネかじってりゃ宿命だわな」

 給油ノズルを見ながら田尻も紀夫も覚えがあるような苦笑いを浮かべる。

「お二人は実家っすか?」

「俺は実家だけど、学校終わりにバイトしてるよ」

 田尻が意外に勤勉なところを見せる。

「俺は学校行ってないからな。フリーターだから家賃だ電気代だって結構キツイよ」

 紀夫も意外なプライベートを明かした。

「なんか意外っすね。田尻さんが働いてるのも想像できないし、紀夫さんはもっとジゴロなイメージがありましたよ」

「誰がヒモだ、コラ! 女は食っても女に食わしてもらう気はねーよ」

「す、すんません」

 少し声を張り上げた紀夫に真は平謝りしたが、田尻は横で楽しそうに笑って言う。

「コイツ、変にモテるからそう見えるよな。人生、生き急ぐなって思うぜ」

「バーカ。モテてないっての。ただの巡り合わせなの。気持ちが通じたらベッドまで行った。それだけだよ」

 給油を終わらせて清算しながら、紀夫は年齢にそぐわない達観した理屈を述べた。

「また言ってら。出会い頭でセックスまでいっちゃう女の何がいいんだか」

 田尻も給油と清算を済ませながら、紀夫の観念に呆れ返る。

「童貞捨ててから言わなきゃただの負け惜しみだぞ」

「んだと!?」

「でも! あの看護師さん、可愛い人でしたよね。明るくて太陽みたいな人で」

 一瞬で険悪な空気になった二人を諌めようと真は話を変えたが、田尻と紀夫には違う風に映ったようだ。

「お前、可愛い系がいいのか」

「気に入ったのか? でもダメだぞ。俺の彼女だからな」

「そ、そんなつもりで言ってないっすよ」

 想定していなかった切り返しに真は少々慌てたが、少年らしい真の反応に年長の二人は軽やかに笑う。

「まあ、バイク見たら分かるよな。真は王道だし、紀夫はポップな見た目だからな。その点俺は――」

「内助の功みたいな渋好みだよな」

 紀夫の入れたチャチャに、穏やかな顔で自分のバイクを撫でていた田尻の顔が一変する。

「クラシックバイクの何がイケないか言ってみろよ」

 真面目な顔で詰め寄ろうとする田尻に対し、紀夫は慌てた様子もなく応じる。

「そうは言ってないだろ。見た目より性格重視だって言ったんだろ。まあ、恭子は俺のバイクと同じで、見た目も可愛くて行動力があって素直な良い女だけどな」

 結局彼女自慢かバイク自慢をされて、突っかかろうとした田尻は肩透かしを食らって呆れてしまう。

「紀夫さん、ちゃんとあの人と付き合うんすね」

「お? おお、そりゃ、まあな」

「そういうの、いいっすね」

 なぜだか複雑な表情でしんみりとつぶやいた真に、逆に紀夫は面食らってしまう。

「まあ、出会いってそんなもんだ」

「何の話をしてるんだか。テツオさんに会うんだろ? シャンとしろよ」

「は、ハイ!」

 真の元気な返事を聞いて田尻と紀夫はうなずき合い、ヘルメットを被ってバイクにまたがる。

 狙っておちゃらけた訳ではなかったが、真の変な気負いは払拭されたようだし、リラックスもできたようなので二人は少し安心した。

 二人に習ってバイクにまたがった真も、余計なものが取り除かれた気がして少し肩が楽になった気がした。

 深夜なので交通量は少ないが、真は無免許運転だし田尻も紀夫も未成年なため、警察に見咎められないように安全運転でチームの溜まり場へ向かう。


 冬場には夕日が美しく夏場は海水浴客で賑わう慶野界隈は、遷都以前からホテルや旅館の並ぶ地域なのだが、六月という中途半端な時期は比較的観光や行楽目的の人通りは少ない。

 ガソリンスタンドから十分も走らないうちに、夜闇に松林が影となって現れ、先頭を走っていた田尻はハンドサインを出して間もなく左折する合図を送り、慶野松原海水浴場へとハンドルを切る。


 ほどなくして広大な駐車場が現れ、奥に数台の乗用車とバイクが影となって伺えた。

 チーム内のルールとして、近隣のホテルや住人に迷惑をかけないために駐車場では低速で走行し、ホテルから離れた場所にバイクを停めることになっている。

田尻と紀夫はもちろんのこと、真もそのルールに従って空吹かしをしないように気を付けながら停車した。

 ヘルメットを脱いだ真を待つ形で、田尻と紀夫が真の肩に手を置く。

「大丈夫か?」

「うっす」

「もう一回聞くけど、本気なんだな?」

「ハイ。こんなことを頼める義理じゃないけど、テツオさんしか頼れないですから」

「……最悪、俺らだけになるかもだけど、勘弁な」

「そんなこと。……嬉しいっす。あざっす!」

「よし! 行くぞ!」

 最後に田尻が気合を入れ、三人は駐車場奥の人溜まりへと歩き出す。

 自宅で仮眠をとる前に既に三人の打ち合わせは終わっていて、真・田尻・紀夫がテツオに何を訴えるかは決めている。

 しかし、三人が経験した出来事は到底万人が理解し信じられることではないので、最悪の事態も覚悟してこの場に至っている。

「ういっす!」

「おつかれっす!」

「お邪魔します!」

 程よい距離で田尻が口火を切ると、紀夫と真が順に挨拶をした。

 人の輪の外にいた角刈りの男がノソリと立ち上がると、真たち三人から目線を外さずに後ろのメンバーにサインを送り、数歩近寄ってくる。

「なんや、田尻と紀夫か。昨夜クビになったとこやろ。どした?」

 威圧するでもなく受け入れるでもなく、田尻と紀夫の反応を試すように淡々と話しかけてくる。

「昨夜、クビと同時にリーダーから指示があったから、その報告に来たんだよ」

「ここに来ることはリーダーに通してある。そんなツンツンすんなよ」

「ふうん。そいつは?」

 角刈りはネックレスをチャラチャラ鳴らしながらアゴで真を示した。

「何回かここにも顔出してるはずだろ。真。知ってるだろ」

「知っとるけど、ここに来た理由を聞いとんねん」

「ツンツンすんなって。俺らがここに来た理由は、リーダーに真と会ってもらうことなんだよ」

 徐々に真に詰め寄ろうとする角刈りを、田尻と紀夫が体を入れることで遮っている状態に、真はハラハラし始め急に緊張が増してきた。

「うーっす。こっち来ていいよ」

 軽く二度ほど手を叩いて、合図よりも軽い感じで小柄な男が田尻たちを呼び込んだ。

 角刈りは小男に目を向けると、すぐさま田尻と紀夫に向き直る。

「テツオさん、機嫌悪いから気ぃつけろよ」

「マジか」

「サンキュ、ポンタ」

 真にもギリギリ聞こえる小声のやり取りのあと、ポンタと呼ばれた角刈りは元の位置へ座り直し、田尻と紀夫は無意識に深呼吸をして小男の方へ歩を進める。

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