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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第二部 第一章 異例と特例
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七・一一協議 ①

 西暦二〇九九年七月十一日午後六時。

 旧南あわじ市賀集生子(かしゅうせいご)に構えられた新造皇居迎賓館に、案内役に導かれて続々と出席者が集まってきた。

 淡路島南部に裾野を広げる諭鶴羽山(ゆづるはさん)の南西側中腹は七月の夕刻にあってまだ明るく、そのせいか迎賓館周辺では少年たちの後片付けや復旧作業がまだ行われている。


 そもそもは二〇六〇年代に発布された遷都計画により建設された新造皇居であるが、来年四月に天皇陛下がお移りになる前に、ここには既に暫定の主が住んでいる。

 その者の名は高橋智明(たかはしともあき)。そしてこの場所は明里新宮(あけさとしんどう)と改められている。


「自衛隊の方々はそちらへ。黒田さんと高田さんはこちらへ」


 入り口から入ってきた数人を出迎えた少年こそ高橋智明その人で、上座に立って銘々の席順を手で示していく。


 迎賓館の広間に並べられた四台の長机は急造の会議テーブルで、天板にはクロスもかけられずにオフホワイトの構造材がむき出しのままだ。人数分揃えられた椅子こそ催し物に使われるであろう雅な刺繍の入った作りで、辛うじて重要な会議の席を演出してくれている。


 海外からの王族やプレジデントを招いてパーティーなどが開かれるであろう広間は数十畳はあり、一段高くなったステージや壁には濃紅(のうこう)のカーテンが引かれてい、天井から吊り下がったシャンデリアも大小十二基と随所に華やかだ。


 ただその中央にこじんまりとテーブルが合わさっている様は手作りの会議感が否めない。


「以前とは大違いだな」

「兵装でというのが落ち着きませんな」


 足音も静かな絨毯を気にしながら席に着いたのは此度の部隊司令官川口道心(かわぐちどうしん)一等陸佐。

 続いて濃緑色に迷彩柄の自衛隊軽装を気にしたのは野元春正(のもとはるただ)一等陸佐。

 二人は一週間前にも智明と会談の場を持っていて、その折りは同じ迎賓館のティールームで済まされていた。


「平服は俺らもや」

「行きずりですものね」


 自衛隊高官二人に続いて席に着いたのは黒田幸喜(くろだこうき)刑事と高田舞彩(たかたまあや)記者だ。二人共に夏物のスーツ姿だ。


 彼らがどのような経緯でこの場に居合わせたかは智明には分からないが、彼らがこの会議の立会人であることは良くも悪くも智明の組織『ユズリハの会』を世間に認めさせるきっかけにはなるだろう。


「俺らも戦闘のまんまだし、いいじゃん」

「今回は立会人もおらっしゃる公式の会議や協議ですよって、こちらにしとります。何分、使える部屋と使えらん部屋がありますさかい、ご容赦を」


『ユズリハの会』末席に着席したのは淡路島を四分割していたバイクチームのリーダーで、先程『ユズリハの会』の傘下に加わった本田鉄郎(ほんだてつお)

 テツオの隣りに立ち自衛官らに頭を下げたのは智明の腹心と言っても過言ではない川崎実(かわさきみのる)。彼もまた元はテツオと同じバイクチームのリーダー格だった男だ。


「さすがに血塗れというわけには行かないのでシャワーだけ浴びさせてもらいました。よく考えたら写真撮影がないんだから、そのままでも良かったですね」


 最後に着席した智明が時間合わせの雑談を振り向けると、テツオが小さく笑って「違いない」と受けた。


「いや、こちらとしても写真は控えたい。自衛隊として公式の立場を貫きはするが、写真や発言を明確に残すわけにはいかない。出席は公式でも発言を非公式にしておかなければならない」

「承知しております。弊誌『テイクアウト』は最も公正を重んじている誌面であるつもりです」


 川口の念押しに応じたのは舞彩。

 その言葉通り手元には可視化した記録用モニターと仮想キーボードしかなく、カメラなどの撮影機材や録音機材は準備していない。


「その代わり、私の発言は私の名前で出てしまうんですから、辛いものがありますよ」


 智明が冗談めかして身振りを加えたタイミングで、入り口からトレイを手にした女性が二人入ってきた。

 舞彩がそちらへ振り向くが、黒田は構わずに「未成年だから名前は出んよ。政治犯でも少年Aや」と口をとがらせた。

 どうやら黒田の中では少年犯罪の枠に収めることに不満があるらしい。


「君の名前が出ても困るだろう? ああ、ありがとう」


 配られたお茶に礼を言った野元は少しいやらしい顔で黒田を揶揄した。

 重犯罪を犯している少年を前にして逮捕しないことを言いたいのだろう。だが黒田にも言い分はあるらしく、配られたお茶を一口飲み下してから頬杖を付いて答えた。


「俺は有給消化中やねん。手帳は持っとってもここで警察権を行使せえへんだっきゃ」

「勘弁してえや。スピード違反も信号無視もしてへんのに」

「表のバイクはさっき停め直したから駐禁も勘弁だよ」


 黒田の真面目な切り返しを川崎とテツオが茶化したので、場は一旦和やかな笑いに満たされた。

 笑いが収まった頃、お茶を配り終えた女性二人が退室し終えたので、智明は椅子に座り直して背筋を伸ばす。


「――さて、そろそろ時間の方が来ましたので、始めましょうか」

「ん、よろしく」

「よろしくお願いします」


 全員が身なりと態勢を整え、椅子に座り直した音が響いて軽く頭を垂れた。

 先程までの和やかな談笑の雰囲気は一気に鳴りを潜め、張り詰めた緊張が外界からの音を消した。

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