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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第十章 独立戦線/防衛派遣
324/485

凍りついた関係 ②

   ― ― ―


「どういうこと?」

「何が起こったんや!」


 陸上自衛隊前方指揮所天幕のどよめきの中で黒田と舞彩の疑問の声が一際大きく響いた。

 司令官と副官はさすがの落ち着きで小さく唸っただけだったが、副官は気を付けから腰を折ってテレビモニターを覗き込み、司令官も腕組みをして心なしかモニターに顔を寄せた。


 数分前から自衛隊の飛ばしているドローンはダム湖上空に留まっており、二つの舞い飛ぶ人影を追って画角を上下左右に振っていたが、追いきれなくなってきて引きの画角で固定されていた。

 その映像の中で突如ダム湖の湖面が凍り付いたのだから、何が起こったのかの動揺を見せるのが当然だろう。


 ――ほこまで想定して観測しょるんか?――


 黒田の目があるからか、自衛隊高官の二人が相談したり予想を言い合うような素振りはなく、そのことで黒田の想像は自衛隊が何かを見定め想定した範囲内の出来事に思えてしまった。

 が、そうではないと否定も思い浮かぶ。


 自衛隊内に設けられた特殊部隊は無名であっても、化学兵器に対処したりそうした兵器を扱う事に特化した部隊があると聞いたことがあるし、医療や治療においても常人の把握している常識よりも異質なものに対処しているとも聞いたことがある。

 ましてや人智を超えた高橋智明と戦っているのは、こちらも科学的に強化されたバイクチームのメンバーたちであり、ややもするとダム湖を凍らせた原因はバイクチームの攻撃であって自衛隊の与えた兵器を使用したのかも……と思えてくる。


 それほどに高官二人は落ち着いているのだ。


「観測班。状況変化を」

「……対象は未だ健在。先行部隊は善戦するも、効果なし」

「ん。手強いな」

「サッカーと野球の対決のようなものですからな」


 先程の問いはすっかり無視され、黒田がテレビモニターと高官二人を交互に眺めている中で交わされた自衛隊内の会話はそれだけだった。


 ――スポーツ同士の異種格闘? そんな生易しいもんやないやろ――


 副官の表現を心の中で否定し、十日ほど前の惨状を振り返る。


 淡路島内からかき集めた警察機動隊の大部隊が、姿さえ現していない高橋智明一人の力で壊滅的被害を被ったのだ。

 人間の講じる作戦など児戯に等しく、完全武装の魔王に木の棒で立ち向かうようなものだと考え、ふと黒田の発想も副官と大差ないと思えて嘲笑った。


「ダーリン?」

「いや、なんでもない」

「どうなった?」


 舞彩に窘められたと思って誤魔化そうとした黒田の耳に司令官の感情的な叫びが届き、慌ててテレビモニターへ向き直ると、そこには真っ暗な画面と幾本かのノイズが横切り短い英文が表示された。


『 I got disconnected....』


 通信回線が途絶したことを示す一文は数秒で消失し、テレビモニターは真っ暗になった。


「状況報告!」

「はっ! 観測用ドローン信号途絶。返答なし」

「固定位置に姿なし。消失の疑い有り」

「……敵の発した衝撃波状のものに撃墜されたものと考えます」


 副官の発した命令に添って天幕内のあちこちから報告と予測が伝えられた。

 先程より高まった緊張感のせいか、舞彩が長机の下で黒田の手を握ってきたので黒田も握り返し、報告を受けた司令官の判断を待つ副官らを見守る。


 手枷や足枷はないが捕縛された不審者扱いの黒田らにはそれ以外に何も出来ない。


「至急、予備のドローンを現場へ飛ばせ。本部付帯迫撃砲小隊は戦闘態勢を取り待機。指揮車でドローンの映像を受信できるように準備」

「はっ」


 静かな発令でありながら数人が了承の声を発して行動を始め、無線連絡が交わされ幾人かは天幕から走り出た。

 瞬間的に空気が変わり慌ただしくなった天幕だが、発令に沿って隊員たちが一挙動しただけで元の整然とした空気に戻る。


 ただ一つ、ゆっくりと席から立った司令官の顔色は厳しさが増して見えた。

 彼の顔を見上げ、黒田は先程の命令の中の気になる文言を確かめておく。


「現場に行くのか?」

「無論だ」

「指揮官がか?」

「刑事には分からんでいい事だ」


 再び問い掛けた黒田に答えたのは副官。


「逆やろ。俺らが走り回って集めた証拠は刑事部長か課長に報告する。捜査方針も基本は課長が決める。指揮官も同じでどっしりしとくもんやろ」

「雑誌記者もデスクや編集長は動かないですよ」


 副官に言い返した黒田に舞彩の援護が飛び、副官は顔をしかめて司令官は短く笑う。


「野元、お前の負けだ。ただ、事情は言えんがこれは特殊な局面だ。私はこの目で確かめて責任を取らねばならん。だとすれば現場に向かうことに何らおかしいことはあるまい。君もそうだろ?」

「はは、違いない」


 長机から一歩離れ椅子を押し込んだ司令官に向けて黒田は苦笑し、舞彩を伴って椅子から立ち上がる。


「貴方と同じ考えだからここに来たんやからな」

「来るつもりか?」

「見に行かない選択はないって言うたんは貴方ですやん」


 答えるまでもない司令官の問いに黒田はおちゃらけた返事を返し、ひとしきり笑ってから司令官が答えた。


「違いない。伊東中隊長を指揮所へ。以後の指揮は陸尉を通して行う。野元、運転を頼む。小浜陸曹も指揮車へ」


 部下に指差しで命令を下し、司令官は付いてくるように手振りで黒田と舞彩を天幕の外へと誘った。

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