七月十一日 十五時十五分 ②
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諭鶴羽山北部に点在するダム湖の一つ上田池は、昭和初期に建造された堰提で、高さ四〇メートルを超える石積みの堰は二十二世紀を目前にしても健在だ。
諭鶴羽神社で貴美を下ろした板井たち一行は、陸上自衛隊の追跡を気にしながら細い山道を急いで走り抜け、視力の弱い法章はクレアに手を引かれて堤の中央で足を止めた。
「こんなとこでええんか?」
「うむ。チョウさんと何度も打ち合わせたゆえ、ここに違いない」
「大事なのは方角なのよぉ」
板井の気焦りに巻き込まれまいと心を落ち着けて応じ、法章は身支度を進める。
とはいっても懐から襷を取り出して襷掛けにし、合わせの袖を絞って首に数珠をかけて仕舞いだ。
隣りではクレアが方角を確かめ、南西に居るはずの気功師チョウを探しているはずだ。
「……法章さぁん。もうすこぉし左よぉ」
「はいはい」
いつもの変に間延びした喋り方のあとに手を取られて体の向きを変え、クレアはそのまま商売道具の水晶玉を預けるように導いてくる。
こうした造作もない所作に低視力であることをもどかしく思うし、周囲への迷惑を詫び配慮に感謝するのだが、何を持って償い返してよいのか未だに答えが出ない。
「これでよろしいかな?」
「大丈夫よぉ」
向かい合って立ち水晶玉を捧げ持つクレアの手に法章の手を重ねた形に仕上がる。
「もう始まるんか?」
「これからよ」
「南西に居る樹里愛さんと同調して、チョウさんと呼吸を合わせて『気』で封じ込めるのです」
「なるほど」
説明を聞き一歩踏みよる板井の気配を感じ、法章は顔を向けて制止する。
「申し訳ない。同調にも『気』の制御にも精神集中を要し申す。自衛隊の横槍もあるやもしれませぬ。少し離れて見守っていただけると有り難い」
「お、おおぅ」
普段より畏まって厳しい声音を用いたからか、板井が動揺しつつも後ずさって離れていくのが足音として耳に届く。
気配と音の加減で五メートルは離れたであろうことを確かめ、一つ頷きかけてやると板井が足を止めた。
「――では始めましょうか」
「よろしくねぇ」
クレアの間延びした返事は相変わらずだが、静かなダム湖に音もなく緊張感が膨れ上がった。




