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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第十章 独立戦線/防衛派遣
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布告 と 開戦 ①

「――室長。正門の班が『バイクの音がする』言うとるわ」

「確かか? もう下のダムまで来たんけ?」


 新宮中央区画オフィスビル五階の窓は締め切っていて、防衛シフトに就いている班からの報告だけでは、川崎に問われた中村にも具体的に答えられる情報はないだろう。


 すぐ近くでそんな話題が出れば情報が欲しくなるのが人の性で、智明は精神を集中させて意識の網を新宮西側へ広げる。

 かつて見た自衛隊トラックの行列と同じように、人気のない住宅地を列になって走り抜けるバイクの姿がすぐに見つかる。


「もうすぐ麓まで来るね。結構な台数だよ」

「マジか。問題はどこまでバイクで鳴ってくっかじゃの」


 智明の示した状況に慌てずどっしりと構えてくれる川崎に安心しつつ、川崎が手近な窓を開くと、緩く吹き込んだ風に乗ってバイクの排気音が耳に届く。


「がいな量じゃの」

「これが外苑で停まるか、上まで上ってくっかじょ」

「北と西の二手に分かれる可能性もあるよ」

本田鉄郎(ほんだてつお)ですからね」


 響いている排気音からバイクの台数を想像したのか中村が慄き、川崎が進路を案じた。

 その予測の見落としを指摘した智明に、若干の恐れを滲ませた奥野の声が付け足される。

 だが川崎がその先を読む。


「自衛隊が本田に入れ知恵しとると捉えるべきや。ほの上でまとまって攻めてきよると踏んどる」

「『あえて』ということ?」


 智明と奥野の受け身な不安を吹き飛ばすように断定したので、智明は問い直した。

 その間にもバイクの立てる騒音は大きくなってきていて、クラクションや独特なラッパの音もハッキリとし始めている。


「ああ。こっちが淡路暴走団(アワボー)空留橘頭(クルキ)やからな。裏読みとか捻った作戦で待ち受けとると考えとんのやろ」

「その裏を突くと真っ向勝負、となるわけですか」


 川崎の予測に奥野が苦笑混じりに応じた。

 智明には分からないが、川崎や奥野からすれば『本田鉄郎らしい』ということか。

 と、ここまで風に乗って届いていた排気音が途端に大きくなり、力強い高回転の中に苦し気な低音が混ざり始める。


「ダムまで来よったな。キング!」

 川崎の呼びかけが何を求めているかを察し、智明は再び意識をバイクの群れに向ける。


「今、坂を上ってる」


 元あったダム湖の側道は新皇居建設に合わせて広めの二車線に拡張されているが、智明が映像として捉えた場面には様々なデザインのバイクの集団が綺麗な三列縦隊で進む姿が見えた。

 暴走というよりもパレードか行進のように低速で進む車列は、程なく円形の更地に差し掛かる。


「外苑まで来たよ」

「どないする? 本田っ!」


 智明の実況に川崎が呻くように一人ごちる。


「止まらない。来るぞ」


 外苑に据え置いた門扉を開き、バイクの列は進行を続ける。

 隊列こそ三列から二列に変じたが、先頭の大型バイクの合図に合わせて、全車が半クラッチでアクセルをフカシ、『ユズリハの会』への恫喝や宣戦布告と言わんばかりに騒音を爆音へと変えた。


「川崎さん。行こう!」


 北からのはさみ撃ちはないと確認した智明は川崎に呼びかけ、方針変更の帳尻を合わせてもらう。


「……せやな。奥野君、シゲ。統合本部も正門まで行くど。

 お前ら近衛はクイーンとワミを頼む」

「ウイッス!」


 智明の思った通りの対処を下した川崎は智明に一つ頷きかけ、智明も頷き返して部屋を出る。

 と、すぐに駆け出そうとした体を止め、川崎らを先に行かせて近衛の八人に振り返る。


「奥の二人には内緒でね。部屋の前で守ってくれればOKです」


 手にしている自動小銃をガチャつかせて向かっていた八人が、智明の追加の指示に「了解っす」と答えてくれたのを認め、智明はようやっと階下へと走り始めた。


 具合いの悪い優里に勘付かせない手間はかけておかなければという思いからだった。

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