十五歳の日常 ③
センターテーブルに紙片を一枚置き、智明は鼻の穴にティッシュペーパーを詰めたまま、ずっとその紙片を眺めていた。
真っ白な下地に薄い青の罫線が引かれたごくごく一般的なノートの一ページ。
だがそこに描かれているのは、写真をイラスト風に写し取ったように生々しい優里のフルヌードだ。
精通していないといっても智明も年頃の男性であるから、女性の身体のどこにどんなものが配置されているかの知識はある。
それと照らし合わせてみると、何箇所かは真の願望や想像が加えられていると思えた。
優里には申し訳ないが、中学三年生にしては大人っぽいスタイルだが優里のオッパイはここまで大きくない。
つい二時間前に智明の胸板に押し付けられたのだから、間違いない。
「なるほど。アイツ、オッパイ星人だったのか」
ひとまとめにオッパイ星人といっても、巨乳派と貧乳派に分かれるらしい。
「脚フェチの俺には踏み入れられない世界だな」
シャープペンシルで描かれた優里の脚をひたすらに眺めてしまう。
しかしここで智明は失念しているが、脚フェチにも細足派とムッチリ派があり、更に長足部門と短足部門がある。
「あ、ヤベッ」
さっきまで収まっていた鼻血が紙片に描かれた優里の唇を見ただけでまた吹き出した。
慌てて詰めていたティッシュペーパーをゴミ箱に捨て、新しいティッシュペーパーを掴み取って鼻の穴に押し込む。
「なんでまたみんなして俺にエロい攻撃を仕掛けてくるんだ?」
ボヤきながらもセンターテーブルに置きっぱなしの紙片が汚れなかったかを確認し、スマートフォンで撮影して紙片は本棚の隅っこのアルバムの隙間に挟んで隠しておく。
「ふう……。オカンはまだ帰ってないな? 親父はどうせ酒食らってるだろうから朝まで帰ってこないだろ」
家族の行動パターンを思い出しながら一応自宅を一通り見回り、確証を得てから自室でタバコに火を着けた。
――結局、リリーは何をしに来たんだろう――
真と微妙なやり取りをしたことを相談しに来たのだろうか?
真にしたことと同じことを自分にもして、反応の違いを確かめたかったのだろうか?
本格的な受験勉強を迎える前に、それぞれの志望校を知りたかったのだろうか?
誰が誰を好きで、誰に好かれているかを知りたかったのだろうか?
まさか、なにか家族と問題が発生したのだろうか?
それとも――
「! かゆっ! 何だこれ? テテテテテッ! かっゆっ!」
考え事をしている最中に突然智明の股間が痒くなり始めた。
少し熱と痛みがあるような我慢できない痒さに、下着に手を突っ込んでかきむしるだけでは追いつかなくなり、智明は急いで服を脱ぎ捨てて下半身を丸出しにした。
「な、なん? いてて……。なんかボロボロ皮がめくれてくんだけど!」
痒みが堪えきれず自分で状況説明してしまってからはたと気付く。
――これがムケルってやつか!――
性器全体に垢が浮いたみたいな黒いカスがまとわりついている。
真から散々に聞かされた対処法を思い出し、痒みに耐えながらティッシュペーパーを数枚床に敷いて、手元に丸めたティッシュペーパーを準備していざムキにかかる。
爪でボリボリと引っ掻きたいのを我慢しながら、丸めたティッシュペーパーで遺跡発掘のように表面の垢だけを取り去っていく。
「さっきより痒いのはマシだけど、なんか違和感あるな……」
例えるなら、剥がれかけのカサブタを無理にこそぎ落とした時のようなヒリツキがある。
「おっとっとっ!」
灰皿に放り込んだはずのタバコがセンターテーブルに転がっていたのを見つけて、慌てて拾って火を消す。
親の居ぬ間に中学生がタバコの不始末でボヤ騒ぎを起こしたとなると、取り返しがつかない事態になる。
「下半身裸で俺は何をやっとるんだ」
思わず声に出してしまわなければ不格好すぎて笑い話にもならない。
智明は小さくため息を逃してから部屋を換気し、タバコが消えていることをもう一度確かめてからバスタオルを持って風呂場に向かった。
「よお! 風呂だったのか」
「……ああ」
部屋に入った瞬間に真と目が合い、軽やかに挨拶してきたが、特に腹は立たない。
智明の家にいつの間にか真が入り込んでいるのはしょっちゅうなのだ。
智明の家族も、食事中に真が黙って通り過ぎても何とも思っていないようだし、智明にも真にも何も言って来ない。
「部活終わったのか?」
「おお。てかもう九時だぞ? 終わってなかったら勝手に切り上げてやる時間だ」
大変に不真面目だが実に真らしい。
「晩飯、食ったか?」
今度は真から智明に聞いてきた。
「まだだ。オカンは最近、俺の飯を作ることをやめたみたいだな」
「ははは。うちなんか中学なってから一回も作りゃしねーよ」
――そりゃ、お前の素行が悪いからだ――
智明は苦笑いを浮かべながらこっそり思っておく。
とりあえずパンツ一丁の姿から服を着た智明は、真と一緒にタバコをふかす。
「さっきついにムケタぞ」
言い出すか迷ったが、真のお陰で無事に成し得たのを思い出し、智明は正直にあらましを伝えた。
「やったな! ちょ、どんな感じだよ? 見せろよ」
「バカ。ネタも無しに勃たないって言ってんのはお前だろが」
「もう出したか?」
「うあ? ああ、まあ、さっき風呂でな」
「そうか。いっぱい擦っとけよ? 慣れないうちは早いからな。あんまり早いと女子は物足りないらしいぞ」
知ったふうに教えてくる真だが、語尾に『らしい』が付いたので、真の実体験ではないのだなと理解し、安心した。
所詮、自分達はまだ中学生で、まだまだセックスには縁遠い事を自覚しているし、情報は常にネットや先達からのお下がりか又聞きしかないのだ。
それでも幼馴染みに先を越されたくない気持ちが、智明にも少しある。
「そうか。覚えとくわ」
「ああ。けど、今までの見返りがまだだぞ?」
こういうところはちゃっかりした男だ。
「真が送りつけてきたんだろ。てか、ムケタ祝儀でコレはタダにするのが普通じゃないか?」
「……智明も大人になって口が上手くなったな。チッ、じゃあ祝儀ってことでチャラにしといてやるよ。今までのネタで存分に抜いてくれ」
「お? おお。あんがと」
まさか自分の言い分が通ると思わなかったので、智明は困惑しつつ一応礼は言っておいた。
「はあ……。腹減らね?」
「減ったけどよ、うちに食いもんなんかねーぞ」
「九時、半か。……湊の『かまちゃん』でも行くか」
「あ、なんか久々に聞いたな。おでんとかお好み焼きとかの、あの店だろ?」
湊は真の地元で、智明の地元から西に向かい、優里の地元を通り抜けた先が湊だ。
小学生時代の智明達が一番遊び回っていた地域で、『かまちゃん』は昼は子供向けの鉄板焼きや粉物料理やおでんを売りにし、夜は大人向けに酒と一品料理も売りにしている食べ物屋さんだ。
「そうそう。前に行ったのいつだっけ? 三月だっけ?」
「だな。進級祝いでブタ玉おごってもらったぞ」
「そうだったそうだった。ただなぁ、『かまちゃん』は酒だけは出してくんないんだよな。タバコはスルーなのに」
「当たり前だろ。俺らに酒飲ましてて補導されてみろ。『かまちゃん』潰れちゃうぞ」
智明の言うように、未成年者と分かっているのに酒を提供したり売ったりすると、未成年者の補導だけでなく提供した店にも刑罰が下る。
たった一回の警察沙汰で潰れかねないほど『かまちゃん』は小さな店で、一度評判が下がってしまったら二度と立て直せそうにない店構えなのだ。
「それは困るから酒は我慢するか」
「そもそも酒を旨いと思ったことないけどな」
「違いない」
笑いながら立ち上がった真を追うように、智明もタバコをもみ消して立ち上がる。
とても健全な中学生の会話ではないが、大人ぶってみたり大人の真似事をしたりと、少年達の興味や好奇心は抑圧されれば過剰に膨らむのかもしれない。
智明も真もこの歳になるまでに酒とタバコを味見しているし、インターネットで異性のヌードや性交の様子なども目にしている。
バイクの操作方法も調べて知っているし、『警察に無免許だと思わせない振る舞い』なども事前に頭に入れてある。あとは使われていない親のバイクを乗り回すだけだ。
「すまん。他所のチャリに埋もれてて時間かかった」
「いいよ。おい、あご紐緩いぞ」
「ああ、直す直す。さっきチャリどけてる時に引っかかって伸びたんだよ」
「捕まりたくないからな。安全運転で頼むぞ」
「ああ」