作戦概要 ①
――七月十日午後五時。
先の陸上自衛隊高官との会談から定例化した明里新宮の『ユズリハの会』幹部会は、六度目を数える。
とはいえ、昨日より『ユズリハの会』は本物の自動小銃を入手したことで訓練時間を大きく取らねばならなくなり、スケジュールが過密になったことで各班を指揮運用する四人の組長は出席する余裕がなく、また彼らのサポートで統合室の二人の補佐の姿もない。
幹部会は設置から一週間経たずに中心メンバーだけの会議となる。
「遅れてもうた。すまん!」
「じゃあ、始めようか――って言っても六人だけどね」
新宮中央区画のオフィスビル二階の会議室に駆け込んできた川崎の謝罪を合図に会議の開始を口にしたが、智明の他に幹部は優里と川崎と奥野と三輪と由良しか居ない。
「それは仕方ないことじゃない」
「そうっすよ。それに欠席があっても指揮と伝達を隅々まで行き渡らせるのが幹部会っしょ」
智明の何気ない一言に三輪と由良から厳しい言葉が返ってきた。
今までならば、全体を統括してくれている川崎か長い付き合いの優里がツッコミを入れてくれるパターンだったが、彼らよりも現場ではない事務の二人の口の方が早かった。
これは三輪と由良が事務処理の合間に訓練をこなして現場の過酷さを見ているからであって、『事務だから』という熱量の差がないことを感じさせる。
「いや、そんなつもりで言ったんじゃないんだけど、そのとおりだよ。現場に余裕をもたせられない分、ここで頭を捻ろうって話だから。
今日はそっちをメインで話していきたいんだ」
智明の返事にどれほどの理解があったかは分からないが、三輪と由良は軽い会釈をしてそれ以上の言及はしなかった。
「……じゃあ、改めて六回目の幹部会だね。まずは状況確認からお願いするよ」
三輪と由良に向けていた視線を川崎と奥野に短く当てる。
「ほうじゃの。訓練の進みとしては大きな問題は起こってへん。銃の扱いに関しても、おっかなびっくりで触ってた昨日から比べたら、早めに慣れてくれたなーゆー感じやな。オモチャ同然のスプリング銃で構えだけでも仕込んどったんは意味があったみたいじょ。
銃の扱いだけやのうて、HD化した体の限界も見えてきとるし、今のところ仕上がりは悪くない」
数枚の書類を繰りながら答えた川崎に、智明は納得と安心をして頷き返した。
川崎には訓練のスケジューリングだけでなく、可能な限り訓練への立ち会いや監督も頼んでいる。実力や能力を信じているぶんその目と感覚は信頼しかない。
変わって奥野が口を開く。
「巡回と周辺の警戒も順調で、大きな異常や異変はありませんね。首相の記者会見から二日経ちますが、新宮を包囲している自衛隊に目立った動きや変化もないです」
「連絡を取ったり、入れ替わりが目立つとかもないのかしら?」
と、智明よりも早く三輪からの質問が飛んだが、奥野は淡々と答える。
「ないですね。交代の間隔も変わりませんし、警戒の度合いも一定のレベルです」
三輪は奥野の言葉に納得して黙ったが、代わって由良が疑問を持ったようだ。
「そっちの方がおかしいべ? 昨日から訓練でバンバン鉄砲撃ったり、戦闘訓練でうりゃー!おりゃー!叫んでるのに、気にしてないとか反応しない方がおかしいべ」
確かに、と三輪が会議テーブルに前のめりになるが、智明を始め川崎と奥野は動じない。
「もちろん、無反応で気持ち悪いから逆に警戒を強くさせてるよ。こっちの日程やタイムスケジュールを読もうとしてるなら、向こうは反応しちゃいけないからね」
「だから余計にこっちはスケジュールを乱さずに固定してやっとるんや。変化を持たせて仕掛ける時に見比べやすなるようにの」
奥野と川崎の説明で納得したのか、三輪と由良が元の姿勢へと戻る。
「会見では『三日から一週間』ていう幅を作ってて、先手を打たれてるぶんこっちが焦れたらスキになるからね。重点を絞って上手くやっていくしかないよ。
その意味じゃ、見える範囲より見えないとこも重要だよ。どうなってる?」
『三日から一週間』とは御手洗首相が緊急会見で示した住民に避難を強いる期間を示した発言ではあるが、避難に擁する期間は智明ら『ユズリハの会』の準備期間であると同時に緊張し続けなければならない期間とも言える。
いつどのタイミングでどこから攻められるのか? そうした予想ができないとなると目の前の包囲網を注視し警戒するしかないのだが、そんな精神集中を『一週間続けなければならない』と前振りされては体力よりも先に精神が参ってしまう。
そのために別の角度で安心を得ようと、智明は三輪と由良に視線を向けた。
「政府は避難状況に関してノータッチだったから、自治体の方の発表から数字を拾ったわ。
全体的な進み具合は、今日の午前までで五〇%を超えてる。けれど、自治体の発表は集計に数時間の誤差を見込まないとだから、ニュース報道と照らしてみて七割りというところでしょうね」
「その辺の裏付けをしてみようっていうので、市役所とか警察とか、聞けるとこに直接電話で確かめてみた。
まあ、お堅いところだからこっちの思い通りの返事はなかったけど、でっち上げた住所で避難先のキャパを教えてくれたから、そこから計算しても七割り近く避難が済んでるのは間違いないと思う」
「なるほど、ご苦労さま」
智明は、三輪の収集した情報とデータを由良が直接手作業で裏付けてくれたことに大きな満足を感じ、二人の仕事を労った。
「となると、明日か明後日というところだね」
「そうやね」
「じゃあ、次」
智明のまとめに優里が相槌を打ち、それぞれが手元の資料を入れ替える。
「今のところほぼ確定してる想定として、陸上自衛隊とウエッサイで二種類の攻撃をしてくるだろうっていうのは昨日までの話だったよね。
これにどう対抗するかだけど、アイデアはあるかな?」
「ワシは混成部隊は無いと思っとる」
「僕も同感です」
「そうかぁ? 俺なら使い倒すと思うけどなぁ」
智明の問い掛けに川崎と奥野が即答し、由良が彼らへの異論を唱えた。
「いや無いわ。ただでさえHDで能力上がっとるから足並みが揃わんやろ。特殊部隊みたいに切り込む方で使うたら効果的や」
「そっちですか? 僕は混成部隊を組めるほど信用してないと思ってますよ。能力はあっても素人ですからね。こっちの注意を引くためだけに固めて使うと思いますよ」
「そうなったら使いようが生まれるべ? クルキとアワボーを知ってんだから囮か隠し玉で混乱させるにはもってこいだ」
「待って! 今のこの議論そのものが自衛隊の望んでる方向でしょう? 素人の勘繰りこそ思う壺よ」
別の方向へと白熱仕掛けた議論を三輪が危険視し引き止めた。
「考え方から余計な情報を省きましょか。ウエストサイドやなくて特殊部隊と考えて、こっちも特殊部隊やけど数が少ないからどうしましょう、やんね?」
「優里ちゃんが正解ね」
これまで発言を控えていた優里が、淡路連合に関係する単語を排除してまとめ、三輪が後押ししたので男は全員口を閉じた。
「キングはどう?」
三輪に促され智明が答える。
「うん。リリーの言う通り、信用とかウエッサイだとかを取り除いてもやっぱり混成で攻撃してくるのは無いと思う。
ただ、川崎さんと奥野さんの捉えている独立部隊のような動き方はあると思うし、由良さんの囮や一時的な混乱を作るための突撃部隊とか切り込み部隊もあると思う。
混成じゃなくても、こういう連携した作戦が一番怖いって感じかな」
サバイバルゲームやミリタリーの知識が無いながらも答えた智明に、幹部らも一応の納得をしてくれたようだ。異論や反論がなく少しホッとした。
「一つだけ厄介なのは、前回空を飛んで来たことかな」
真とWSSのリーダー本田鉄郎を含め五人だけの突入だったが、彼らは空を自由自在に飛んでいた。
智明の付け加えた指摘に音は違えど全員から声が漏れる。囮・特殊部隊・切り込み部隊……そうした見込みを生んでいるのはHD化だけではない。
と、奥野が右手を挙げて注目を集め、発言する。
「そこで取れる対応策は籠城戦、軍隊で言えば拠点防衛戦ですね。
前回も同じ形ではあったんですが、新宮周辺の包囲がなかったので、外苑や山中に潜んで野戦の形で迎え撃てました。
ですが、現在は間隔が開いているとはいえ自衛隊の包囲と監視がありますから、完全な籠城戦にならざるを得ません。
キングの言ったように空からの侵入も考慮するなら、尚更少ない人員を広く配置するのは守れるものも守れなくなります」
「ほうじゃの。ほない思う。キングとクイーンに囲いを補強してもったんもあるし、あえて出て迎え撃つよりゃ内に固まっとる方が良さそうじゃ」
「……となると食料か」
奥野と川崎の提案しかないと納得してしまった智明は一足飛びに話を進めて、籠城戦の肝になる食料を気にした。
それに由良が答える。
「鉄砲と一緒に食料の補給も出来てる。けんど、買い出しできそうな雰囲気もあったせいか五日分というところかな。切り詰めれば一週間は保つけど――」
「それでは全力で戦えないわね」
由良が言い淀んだ言葉を三輪がはっきりと言い切ってしまう。苦い表情で三輪を見た由良だったが、誤魔化しようのない正論に何も言い返さなかった。
「……先延ばしできない問題だけど、これは仕方ない。三日間は現行のまま進めよう」 「けど――!」
智明の判断に抗議しかけた優里を手で制し、智明は続きを口にする。
「この三日の内に俺たちが待つだけじゃないってとこを見せて、向こうの判断を早めるとか出来ないかな?」
「挑発か? そこまでいかんでも刺激するっちゅーんか?」
「も、有りかなと思う。逆に訓練をピタリとやめて沈黙するとかね?」
「そういうのであればやれなくはないですね」
川崎の流儀に持ち込もうとしたところを智明がひっくり返すと、今度は奥野の趣向に響いたようでニヤリとした表情を向けてきた。
思えばどちらも淡路暴走団と空留橘頭の得意分野だ。
その証拠に食料の備蓄を気にしていた由良まで「いいねぇ」と奥野を後押ししている。
「よし。じゃあ、三日間は現行のままで、食料次第で挑発か沈黙で相手を引き込もう」
「あ、一点だけ! 多分ですが自衛隊にしろ特殊部隊にしろ、突入してくる際には包囲や陣形が変わるはずです。
それに気付いた瞬間にこちらも相応の配置に切り替えるべきだと思います。いわゆる防衛シフトってやつです」
まとめに入った智明に割り込む形で手を挙げて立ち上がり、奥野は手元に用意していたコピーを全員に配り始める。
「大きく三パターン用意してます。
一つは本宮を重点的に守る『A案』。
次に現在と同じく全体的に包囲に立ち向かう『B案』。
最後は、正面の大日川ダムと背後の牛内ダムからの二正面に対応する『C案』です。
この三タイプの陣形を基本に、統合室長に配置を再考してもらって、指揮や号令を統一していただきたい」
どこか熱のこもった説明をする奥野に対し、全員から小さく笑いが漏れた。
「……おかしかったですか?」
「ああ、いやいや」
「奥野さん、役職名を変えなきゃだよ」 「めっちゃ楽しそうだよな。奥野作戦参謀って呼ぶべ」
「じゃあ大将は川崎司令官ね」
「ワシもか? 勘弁せぇや!」
由良と三輪の悪ノリに、奥野と川崎は微妙な顔になったが、二人以外は思わず吹き出してしまった。
「ははは。それじゃあ今度こそ締めよう。 明日の午前八時より、『ユズリハの会』は厳戒態勢に入る。三日間の後、自衛隊に動きがなければ対応策をぶつける。その作戦は奥野参謀に考えておいてもらう。 同時に川崎司令官には防衛シフトの配置と指揮を任せる。以上!」
「ウッス!」
智明の総括に全員が声を揃えて返答し、幹部会は閉会した。
笑顔から一転、引き締まった表情で退室する幹部たちを眺め、智明も本宮へ戻るために、不安そうな優里の背中に手を当てて退室を促した。




