表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第一章 三つの仔
29/485

タイガーリリー ③

   ※


「もうええで」

 優里の許しが出て、部屋の入り口ドアとのにらめっこをやめて智明は振り返る。

「って、なんで学校のジャージなの? こういう時って、もうちょっと色っぽくスカートとかジーパンを選ばないか?」

「勝手に入ってきてワガママ言うたらアカンよ」

 優里は先程のキャミソールと下着の上に学校指定の小豆色のジャージ上下を身に着けて、ベッドに腰掛けて髪型を整えていた。

「ごめん。部屋に居るのは調べて分かってたけど、服装までは見えなかったから」

「もうええよ。昨日もパンツ見られたもん。それ以上のことせえへんかったら水に……。オホン!」

 智明がそういえば……という顔をしたので、優里は慌てて回想をやめさせる。

「大丈夫。思い出してない。大丈夫」

 笑ってごまかす智明をしばらく睨みつけてから優里は話を変える。

「……で? どうやって入ってきたん? ドア開けんかったよね?」

「ああ、うん。なんかね、体調悪くなってぶっ倒れて、起きたら面白いことが出来るようになってたんだ」

 智明が歯切れの悪い説明をしたあと優里の方に両手をかざすと、智明の体が薄っすらと光をまとっているように見えた。

「なにそれ? なんかのおまじな、い? ええ!?」

 ゆっくりと体が浮き上がったことに驚き手足をバタつかせかけた優里だが、不可視の力で肩と太ももをガッチリと掴まれているようで、抗うことすら適わなかった。

「ちょ、え、モア? あの」

 優里の体はフワフワと空中を漂い、智明の方へ一直線に吸い寄せられるように向かっていき、智明にお姫様抱っこされる形で停止した。

「こんな感じ」

「なんなん? マンガ? 手品?」

「超能力みたいなやつ」

「……は、はあ?」

「あの、ちょ、下ろしていい? 自力だとちょっと、重い」

「ああ、ハイハイ。ごめん」

 智明の両手がプルプルしているので、優里は二つ返事で床に足をおろして自立してから、智明の頭をしばく。

「アダ! なんで?」

「女の子に重いとか言うたらあかんやろ。モアが筋肉ないだけやんか」

「ああ、そっか、ごめん。けど、面白い力だろ?」

 頭をかきながら一応は謝った智明だが、優里は謝り方が軽いと感じたのでまだ怒った顔のままだ。それに智明が自分の能力をひけらかす態度が気に入らない。

「なんか人間離れした力なんは分かるけど、使い方次第ちゃう? 他人より強い力は自分のために使うたら身を滅ぼすで。他人のために使わなただの暴力や」

 怒った顔のまま仁王立ちで腰に手を当てて言い切った優里に、智明は笑顔を向ける。

「やっぱりリリーはタイガーリリーだな」

 智明の笑顔の意味が分からずハテナ顔を向けた優里へ、智明は脈略なく二度手を打った。

 智明の手元が拍手のたびにキラキラと光を散らしたのが不思議で、優里は智明に問う。

「今、なんかしたん?」

「うん。お色直し」

「うん? え、アレ? なんで?」

 足元がスースーするので視線を落とすと、小豆色のジャージだったはずの服装が、エンジ色の大人っぽいスカートとブレザーにネクタイと白のブラウスに変わっていた。

「リリーはこういうかっちりしたのが似合うかなって」

「そ、そお? なんか学校の制服っぽすぎへん?」

「ああ、イメージは制服だよ。ジャージを作り変えたから色が赤になっちゃったけど、どう? 気に入ってくれた?」

 智明が入り口の脇に立てかけてある姿見の前でクルクル回っている優里にお伺いを立ててくる。

「こんなことも出来るんや。モアにしてはセンスええんちゃうかな」

 あまり褒めすぎても良くないので濁しておいたが、智明は素直に喜んでいるようだ。

「そりゃ良かった。で、ものは相談なんだけど、俺はこれから家を離れるつもりなんだけど、リリーも一緒に行かないか?」

「どゆこと? 家出するん?」

「そう」

 智明の意外な言葉に優里はスカートを摘んだまま動きを止め、智明をジッと見る。

 智明も意思が固いことを示すために優里を見つめ返す。

 スカートから手を放し、ベッドに腰掛けて優里はしばらく考えてから聞き返した。

「私もどっかに逃げ出したり、環境を変えたい気持ちはあるよ。けど、どこへ行くん? どうやって行くん? どっか行ってからはどうやって暮らすん?」

「……言われてみるとそのへん何も考えてないな……」

「モアが誘ってくれたんは嬉しいけど、私らまだ中学生やで。働いたりお金稼いだりできへんやん。……好きだけじゃついていかれへんよ……」

 優里は微笑みながら諭すように話したつもりだったが、後半は切なくなってきて顔をうつむかせてしまった。

「……とりあえず、俺はもうあの家には居たくない。俺が何か悪いことをしたわけでもないのに、よそよそしくて会話もなくて、俺を放ったらかしの家なんか居る意味を感じない。養ってもらってるってのはあるけど、この力があれば何でも出来ると思うんだ」

 なんとか優里を連れ出そうと智明なりの説得が続けられる。

「どうやって生活していくかとかは、もうちょっと考えないと分からないけど、どこか空いてるとこに二人が住める家を建ててっていうのは出来る。リリーなら一緒に来てくれるだろ?」

 智明の誘いに優里が戸惑っているのは隠しようもない。出来ないことを拒むのは当然で、そうしないのは優里の気持ちがそちらに傾いているからだ。

 智明に視線を合わせてはそらし、何かを伝えようと手をもたげたり、視線を彷徨わせたりしてしまう。

「リリー。ダメ、なのか?」

 もう一度智明に問われ、優里は完全に顔をそらしてしまう。

「なんで、私なん? コトは誘わへんの?」

「そりゃあ……、リリーが好きだから」

「ありがとう。私もモアのこと、好きやで」

 智明の真っ直ぐな告白に、優里はちゃんと顔を向け視線を合わせて答えた。

 少しだけ緊張しているのか、笑顔と言えるほど口角は上がっていなかったが、智明は優里の気持ちが知れたと感じたので、優里の隣へ腰掛ける。

「すごく、嬉しい。……そうだ、俺、大人になったぞ」

「どういうこと?」

「昨日話したとこだろ? ちゃんとこういう雰囲気の時にそうなるようになったってことだよ」

 智明の濁した言葉と照れくさそうな顔が近付けられ、ぎこちなく優里の肩に手を回して優里にも智明の言わんとしたことが分かった。

「……リリー」

「うん」

 膝に置かれた優里の手に智明の手が重ねられ、抱き寄せられて優里はそっと目を閉じた。

 昨日のキスは優里からだったが、今度は智明が唇を触れさせるのを目を閉じて待つ。

 自分から向かうのと違って『待つ』という状態に鼓動が早くなるのを感じる。ほどなく唇に軽く押し当てられる感触が起こる。

 重ねた手と手、触れ合っている智明の胸と優里の肩、二人の体の至るところが暖かくなり、体中の感覚は心臓の鼓動につられて脈打つ。

「……ん。ダメ」

「リリー?」

「ここじゃ、見つかっちゃう」

 重ねられていた智明の手が胸元へと移ってきたので、優里はやんわりと智明の体を押し返した。

「じゃあ、場所を変えよう」

 智明は優里の胸元に当てていた手を再び優里の手へと移し、目を見て告げてきた。

「どこへ? どうやって?」

 智明の手を握り返しながら優里が問う。

「諭鶴羽山の方に天皇が引っ越すとか言って、宮殿みたいなの建ててるだろ? アレ、借りちゃおう」

「ニュースで完成間近とか聞いたけど……。大丈夫なん?」

 不安げに智明を見つめる優里だが、先程のような強い拒否ではない。

「何日かだけならなんとかなるさ。これからのこともゆっくり考えたいし。それに――」

「うん?」

「リリーをお姫様にしてみようかなって」

「なんで急にメルヘンなん。モアが王子様なん?」

 小さく笑ってからツッコむ優里だが、嫌悪や拒否はない。

「そうなるのかな? リリーが本気でお姫様になりたいなら、今の俺なら叶えられるかもしれないし」

 優里が冗談ぽく指摘したことで、智明は自分の発想が子供っぽ過ぎることに照れたようだが、半ば本気で今の自分になら国を興すくらいは出来ると思っているのだろうか。

 理由や原因は分からないが、偶然手に入れた人間を超えたこの能力ならば、大抵のことは成し得ると驕っているのかもしれない。

 少年の驕りは少女には自信や頼りがいに見えたのかもしれない。もしかすると恋心が判断を誤らせたのかもしれない。

「世界を変えるつもりなん? 今までのモアからは考えられへんこと言うてるで。でも――」

 優里は、智明の胸に体を預けて続ける。

「でも、それで世界が少し良くなるなら、モアのチカラは意味のあるものになるやんね」

「そうかも」

 智明は優里の肩を強く抱きしめてからもう一度キスをし、手を握り直して優里を立ち上がらせる。

「さあ、行こう」

 気負いのない声で優里にささやく智明の表情は柔らかい。

 フワリと体が浮いた感覚の後に階段を一段滑り落ちたような衝撃がして、優里に移動が始まったことを教えた。

「リリー。これがリリーのモノになるんだぞ」

 芝居がかった智明の言葉を聞き優里は閉じていた瞼を開く。

「こんな高いとこに浮いてる。すごい……」

 眼下に広がる景色に優里は言葉を失った。

 周囲はまだ雨が止んでいないせいかモヤのようなベールがかかっているが、智明の能力で優里に雨はかからないため、智明に抱かれたまま優里は頭を巡らせて景色を眺める。

 遠くで霞んでいる山並みは、右が諭鶴羽山地で左が津名産地、さらにその左奥が千山山地だろう。諭鶴羽山地の麓に横たわる真新しい曲線がリニアモーターカーのレールが渡された高架橋と思われ、その高架橋を堺にして山地と市街地が奇麗に分けられているように見える。

 一方の津名山地の麓には、防塵防音の工事用ネットが張られた巨大な建造物が見える。恐らくあれが新造される国会議事堂だろう。こちらはテロ対策や警備上の理由なのか、周辺に高い建造物は少なく、代わりに敷地面積の広い建物がそこここに建てられようとしている。

「あそこまで飛ぼうか」

 初めて見る上空からの景色に感動すらしている優里に、智明はひどく簡単に一つの建物を指さした。

「あんなとこまで?」

 智明の指した先は、諭鶴羽山の西の麓に場違いなほど趣のある建築様式の建物だった。

 裾野から中腹まで高い塀で囲まれた敷地は、遠目で見ても分かるほど整備され、中央に立派な本殿とグルリを囲む小さな施設が認められ、さながら古代中国か平安時代の御所を連想させる。

「あれが、新しい皇居になるとこなん?」

「たぶん。和風の城というより中国の寺みたいだな。俺ら二人じゃちょっと広いかな」

「お掃除が大変そうやわ」

 ちょっとズレた優里の言葉に智明はひとしきり笑ってから、ゆっくりと空中を進む。

「わ! わ! ちょっと、ちょ! 言ってから動いてよぉ。怖いやんか」

「ああ、ごめん。落とさないように捕まえてるし、落ちても俺の足元で受け止めれるようにしてるから安心して」

 言うだけでは伝わらないと思ったのか、智明はジーパンのポケットからキーホルダーを取り出し、無造作に放り投げた。

 すると、手を伸ばした少し先くらいの空中でキーホルダーは目に見えない壁に当たったような音を立てて足元に落ち、智明が言ったように二人の足元の空中まで滑ってきて静止した。

「すごいね……。後でどんなことが出来るんか教えてな。もしかしたら、二人で暮らしていくヒントになるかもしれへんし」

「いいよ。ただ、さっきの続きをしてからだけどな」

 先程よりも移動速度を早め浮遊から飛行へと移りながら、智明が優里に笑いかけた。

「急にエッチやなぁ。ベッドとかソファーがなかったらどうするん? コンクリートの床でなんかイヤやで。……初めてやねんから」

「お、おう。ちゃんと、する。うん」

 優里がやたら現実的な要求をしたので智明は動揺して言葉尻がどもった。

 ――女の子があんまり興味ありそうなこと言うたらアカンかな……――

 智明や真が性に興味があって18禁の動画やコンテンツをコッソリ視聴していることは気付いていたが、優里も同年代の女子達と同じように性に対する興味はなくはない。

 そういえば、昨日の自分は智明よりも積極的過ぎていなかっただろうか?

 両親からの躾のせいか、品位や恥じらいや慎ましさに反していないかが気になった。が、それは両親の希望にそう娘として気になったのではなく、智明に淫らだと思われたくないという方向だ。

 しかし、新皇居に潜り込みベッドかソファーがあれば今までの空想や妄想を体験できるのだ。その相手が明確な好意を伝えあった智明なのだから、後はもう智明に委ねればいいと思う。

 ただ一点、優里は智明への不満がある。

――モアは、コトを誘ってへんわけを言うてくれへんかった――

 ぐんぐんと飛び進む景色のなか、こっそりと智明の表情を伺ってみたが、今智明が何を考え、真のことをどう思っているのかは分からなかった。

 いつの間にか雨は止み、皇居はもう間近へと迫っていた。

今話で第一章の区切りとなります。

次話からは第二章に入ります。


まだまだ先の長い物語ですのでブックマークやお気に入り登録してくださると追っていただきやすいと思います。

またモチベーション維持や改稿の参考にさせていただきたいので

感想・評価などもくださると嬉しいです。


今後も拙作にお付き合いの方、よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ