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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第十章 独立戦線/防衛派遣
289/485

守勢 と 攻勢 ③

   ※


「全員、動くなぁ! 騒ぐなぁ!」


 身を屈めたり叫びながら遠くに走り去ろうとしたり、非道い者は地に伏せて罵ったりという混乱の中で、川崎は持ち前の大声で収束を図る。

 訓練のどこかでトラブルやミスが起こりうると心構えがあっても、先程の暴発はこの場の全員が虚を突かれた出来事だった。


 昨夜、夜闇に紛れて届けられた物資は自動小銃百丁と弾薬と食料と衣類。この内の小銃は新宮西区画で間もなく配り終わるところだが、弾薬については小銃の操作説明が済んでからという段取りだった。

 メンバー一同を列に並ばせ進み出る一人一人に手際よく手渡して行く、ハリウッド映画でよくある出兵直前の光景を真似たのだが、手の空いた者が空き箱の上に弾の詰まったマガジンを取りやすくなるようにと積み重ねたのがいけなかった。


 うっかり実弾を抑え込めている爪に触れてしまい、先頭の実弾が跳ね飛ばされた。

 通常通り中空へ跳ね上がってくれれば何事も起こらなかったが、地面に向かって飛び出した挙げ句、薬莢(やっきょう)の中で弾丸を押し出すための炸薬を作用させる雷管から地面に叩きつけられ、暴発してしまった。

 手元から落とした程度では暴発しない実弾が、この様なミスで暴発したというのは非常に珍しいことだ。


「怪我をした者はいないか? ゴム弾やから当たった瞬間より後から痛むぞ!」


 メンバー達は不意を突かれてすぐ傍で起こった発砲音で耳鳴りが起こって周りの音が聞こえにくいのか、自衛隊の払い下げ品の威力におののいたのか、川崎が触れて回る注意喚起にもどこか上の空だ。

 ただ一人、暴発をさせてしまったメンバーがよもやの失態に自失して硬直していた状態から回復し、空き箱の前に出て土下座の姿勢をとる。


「すんません! すんません! すんません!」


 乱れた列の中へ入っていこうとしていた川崎はその様を見て、こちらの処理からしなければならないと判断し、彼に歩み寄り、手近にいた班長に整列を命じる。


「おい、整列させとけ。

 大丈夫か? いけっけ? 誰も怪我してへんねよってん、ほないに謝らんでええど。初めて触るもんやさかいこんなこともあられ。

 気にすんなよ。バイクと一緒で、銃も触ったぁあかんとこあるゆーこっちゃさかいの」

「う、ウッス。すんません」


 失態を犯したメンバーをなだめて立ち上がらせ、全体へと檄を飛ばす。


「聞け!

 ええか! 事故やミスはしゃーない! けど今のでこの銃が本物やと分かったはずやし、音に見合うだけの威力を備えとる!

 前に使っとったオモチャとは違うんを心に刻みつけて取り扱え!」


 川崎の訓告に整列したメンバーらから「ウッス!」と返事が返ってくる。


「……みんな、キングと面談して気持ちや目的は一緒になっとる前提で言わしてもらう。

 キングは皆に『人殺しはさせたくない』と一貫して言うとる。ワシも同じ気持ちや。

 淡路暴走団(アワボー)空留橘頭(クルキ)は淡路連合の中ではダーティなチームやさかい、これまでにも法に触れることはやってきた。

 ほやけんど、まだ命の取り合いはやったことないはずやし、やらんにこしたこたぁない。

 キングは身を守るために銃の手配を決めた。

 けど銃を『撃つ』っちゅー行為は『殺意』を含んどる!

 さっき見た通りの衝撃と威力や。

 これは『盾』やない! 『武器』や!

 身を守るために行う『攻撃』なんや!

 攻撃とは即ち『殺意』が含まれるんや!

 自衛隊や外国の軍隊みたいに、日々訓練に明け暮れとったら『殺さない場所に狙って当てる』とかできっかもしれん。攻撃力を削ぐっちゅーやつやな。

 ほやけど皆はまだほのレベルやない。ワシもほうじゃ。

 ほな、そんな素人のワシらがこの銃をどう扱うか?

 ワシは皆に『殺す気で撃て』と言う。

 幸いな事にキングが手配した弾はゴム製の弾で、人間の体を貫通せえへんから人を殺してまうことはない。

 けどそれは手加減や配慮やない。

 ケンカでもそうやろ? 舐めてかかったパンチは当たらんし、当たっても効かへん。ケンカする時に手加減やこして勝敗がついてんなぁ〜んの意味も生まれん。

 その一発に込める本気が大事なんじゃ!

 だからあえて言う!

 銃を撃つ時は殺す気で撃て! その代わり銃を撃つ時は殺されるつもりで撃て!

 銃を撃つという事はそういうことや!」


 長々と語った川崎の訓示はごく個人的な断定で締めくくった。

 この考え方は川崎の生き方であり殴り合いの心構えを発展させたものだから、全員に納得してもらえたり同意を得られるものではないと自覚している。だから目の前で整列しているメンバーらから返事がなくとも気にはしない。

 川崎の気構えが伝わるだけでいい。


「……ここからは使い方の説明と注意点に移る」


 反応がないまま訓示を終えるのは少々気まずかったが、サバイバルゲームとミリタリーに詳しい班長を呼び付け場所を譲った。


 整然と聞く姿勢を崩さないメンバー達にホッとしつつ、やや薀蓄(うんちく)過多な説明を聞きながら自身の小脇にある金属質な重さを確かめる。


 日の光を反射している武器に、果たしてどこまでの活躍があるだろうかという疑問が今更ながら湧いてしまう。


 ――ウエッサイもスモソーもHD化しとるはずや。ほしたらゴム弾が通用すんのは自衛隊までちゃうやろか。『殺す気』んなった程度でどんなけ状況が変わんのだぁか……――


 いつの間にか後ろ向きな考えに囚われていることに気付き、川崎は背筋を伸ばして下がっていた目線を正面に向けた。

 その挙動につられて小脇にある銃がガシャリと音を立てたが、重々しさの中に責め立てられるような気持ち悪さを感じて見ないようにした。

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