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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第十章 独立戦線/防衛派遣
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守勢 と 攻勢 ①

 明里新宮中央区画のオフィスビル大食堂に集合した『ユズリハの会』一同は、わざわざ運び込んだ大型テレビを通してであったり自身のH・B(ハーヴェー)でニュースの生中継を視聴するといった形で、御手洗(みたらい)総理大臣の緊急記者会見を目にした。


 その中で発表された『住民の避難』や『周辺道路の封鎖』はメンバー達に少なからぬ衝撃を与えたようで、音声が流れたと同時に大食堂にざわめきが起こった。


 記者会見はすでに質疑応答の時間へと移っており、先の報道との因果関係や会見を開くに至った経緯や、御手洗首相が口にした『休業に対する補償とその財源』などへの質問がなされている。


「――川崎さん、これ録画してる?」

「もちろんや。タイピングの早い奴に文字でも写させとる」


 質疑応答の段になって『録画しておくべきだった』と思い至った智明に先回りして、川崎らしい念入りな対処に思わず舌を巻く。


「流石だね。じゃあ、文字に起こしたものは後で受け取るとして、全員で最後まで見るのは時間が惜しいから、鑑賞会はここらで打ち切ろう」

「せやな」


 智明の提案をすんなり受け入れ川崎は手近にいたメンバーに二言三言ささやき、食堂の外へと走らせた。恐らく別室の記録者へ指示命令を言伝たのだろう。

 そのまま立ち上がった川崎は大食堂に集まっているメンバーらを振り返り、右手を挙げて注意を引く。


「よっしゃぁ! 鑑賞会はここまでや! 記者会見は続いとるが、大事なことは聞き取った。この後は予定通りのスケジュールで準備していくぞ!」


 川崎の大声に揃った返事は起こらなかったが、次にすべき事を理解している者は背筋を伸ばして態勢を整え、号令が出てから動こうという精神の者はまだだらけた姿勢でいる。


「ちょっとだけ」


 メンバーを煽った川崎がそのまま解散を告げそうだったので、智明は席から立ちながら川崎の腰に触れて号令を止める。

 押し黙った川崎に代わって智明が右手を挙げ、川崎ほどの声量がないために場内が静まるのを待つ。


「……少しだけ念押しをしておく。

 御手洗首相は五キロの範囲で住民を避難させると言っていた。

 これは自衛隊が本気を出してくることを意味している!

 ただ、土生(はぶ)港周辺の住民に対しては『避難要請』に留めているから、空自の爆撃や海自からのミサイル攻撃は無いだろうと思う。

 それでも自動小銃は実弾装備で、この前は煙幕だった迫撃砲も榴弾が使用されるだろう。

 陸自の本気、言ってしまえば『実戦』だ!

 危惧されるのはそれだけではなくて、ウエッサイとスモソーがHD(ハーディー)を装備して自衛隊と共闘する可能性もある!

 皆と同等の能力者が攻めてくる!

 この予想に対するために、昨夜届いた武器をこの後配ることになるが、それは同時に俺たちも本気にならなきゃいけないということだ!

 昨日、あえて時間を割いて面談を行った際にも皆の不安や気持ちを聞いて、それらがさっきの会見とこれから手にする武器とで切り替わってくれることを望む!

 敵は避難完了と共に攻撃してくる!

 早ければ二日後、こちらを疲れさせるなら一週間後に実戦になる。

 その間にこちらも準備と訓練をして迎え撃つ!」

「オウッ!」

「持ち場に戻れ! 解散だ!」

「ウィッス!」


 智明の訓示めいた怒鳴りにメンバーからの呼応があり、続けて川崎が解散の号令を発してメンバーらは起立して食堂の出口へと急ぎ足で向かっていった。


 一瞬、大勢の声が揃った気勢に感動を覚え会のまとまりを感じた智明だったが、訓示の締めくくりに拳を握り込んだ智明に合わせて川崎も同じ動作を表したのが目の端に見え、それがメンバーらへの合図になったのだと気付く。


 これを川崎のお節介だと思うのは智明が未熟であった頃で、今は川崎が自身の役目を担っただけだと考えられる。


「ありがとう」

「何を水臭い。ワシの仕事やよっての」

「あんな無茶な約束でそこまでしてくれるなら、お礼は言わないとさ」

「ぬかせ。ほんなもなぁ勝ってからじゃ。これからケンカすんにゃさかい本気ならなあかんやろ」


 智明の甘えに怒って答えた川崎に、そういうことかと納得する。

 智明やメンバー以上に『実戦』を意識してくれている。


「……例の荷物、発注と現物が変わっちゃってるけど、どんな感じ?」

「電動ガスガンから本物になったんは戸惑ったけどの。ゴム弾で帳尻合わせてきたんは、フランク・守山の良心なんだぁかのう……。ミリタリーに詳しい奴の予想やと、陸自の払い下げ品やないか言うとったわ。配備とか試射は昼までにやってまう」

「分かった。こっちの手が空いたら一度様子を見に行くよ」


 なるべく川崎の温度感を損なわないような会話を交わし、智明が席を立ったので川崎もスケジュールに沿った持ち場へと向かうために歩み去った。


「俺らも行こう。朝飯が終わったらリリーにも手伝ってほしいことがある」

「……うん。私にできることやったら」


 優里の手を取って立つように促し、人気がなくなってきた食堂から本宮へと戻る。

 優里には申し訳なかったが、持ち場に戻るメンバーや作業や役割に取り掛かるメンバーらの間を早足で通り抜けるようにした。

 先程の会見を目にした後の仲間の様子を見たかったのもあるし、智明と優里が緊張感を持っているという姿を見せておかなければとも思ったからだ。


 中門を過ぎてからはメンバーの目もなくなるので優里に合わせて歩いたが、朝食をこしらえて席に着くまで会話はなかった。


「……この前とは、やっぱり違うね?」

「ああ。実感が湧いたんだと思う」

「また爆弾みたいなんが飛んでくるん?」

「どうかな。……総理大臣は『鎮圧』って言ってたから、まだ皇居を壊してまで徹底的にやるとは思えないな。でも用心はしとかないとなって思ってる」

「武器、変わったんやね……」

「俺も報告を聞いて驚いたよ。予定変更の話も聞いてなかったからね。けど、殺傷能力は同じ程度だから、やることは変わらないし、やるしかないよ」

「……そうやね」


 食事をしながら交わした会話はそんな殺伐としたものだけだったが、智明が情報収集や書類の処理をしている間の優里は普段通りの家事を淡々とこなしているように見えた。


 二人がやるべき用事を済ませて中央の区画に戻ると、これから武器の配布と訓練を行うために移動しようとしていた川崎と出くわした。


「今からかい?」

「ほうじゃ。前もそうやったが、送られてきたもんをそのまま使うわけにいかんよっての。数合わせと動作確認をしてさっき前に出したんよ」

「西の広場で配るんですか?」


 肩を並べて歩く智明と川崎に優里も並びかけ尋ねた。


「おん。前やったら外苑でやったんやけどの、今は自衛隊が囲っとるさかい、大勢で広く使えるんはあっこしかないんじょれ」

「試し撃ちもそこで?」

「ほのつもりじゃ」


 優里がここまで戦いに関する事を深堀するのは珍しかったが、川崎の具体的な返事を聞いてからは口をつぐんで智明から一歩下がった。

 気になって優里を振り返ったが智明にかけてあげられる言葉はなく、歩みに合わせて優里と手を繋いでやるしか思い付かない。

 振り出された優里の左手を取ると、優里は智明に向けて微笑んではくれたがその表情の奥にある迷いや不安を払拭できた気はしない。


「ん、受け取ったもんはまだ弄るなよ! 全員に行き渡ってから説明するからな!」


 智明に手を上げて断ってから、川崎は小銃の配布されている列に駆け寄りながら怒鳴った。

 二十代の青年にしても十代の少年にしても、やはり本物の銃器に触れると構えたり見回したりと浮足立つ。

 それを制しにかかるあたり川崎の危機管理の高さが分かる。


 並べられた木箱の前に列を作るメンバーらに手渡されていく鈍色(にびいろ)の小銃は、映画で当てられている携行音よりも硬質で重い音を鳴らし、時折響く金属質な接触音は冷たくて凶暴に耳に刺さる。

 たどたどしく銃器を携えて待機の列に並び直すメンバーらをしばし眺め、智明は優里の顔色を伺ってから背中に手をやってその場を離れた。


「見とかんでええの?」

「……まだ時間はある。見るべき時に見るよ。それよりリリーと俺にしか出来ない事を先にやってしまわないと」


 本心は優里の表情が不安や嫌悪にまみれていたからこれ以上の滞在が苦痛であろうとの気遣いのつもりだったが、智明が思うより優里の方が気丈であったらしい。


「何をするん?」

「簡単に言えば要塞化かな。囲いを厚くしたり、壁の上から外を狙えるような足場を作るんだよ」


 潜ったばかりの中門を戻って区画を仕切っている壁際にまとめられた木材や鉄製のコンテナを指差す。

 奥には警察機動隊が残していった放水車もあるが、ひしゃげた屋根が切り飛ばされて後部バンパーに取り付けられたワイヤーが四〇フィートコンテナに繋がれ、急造の牽引車といった姿で佇んでいる。


「車以外は足場の材料に使ってしまうつもりだよ」

「ああ、前に言ってた物質をどうとか言うやつでやったらええんやんね?」

「そういうこと。俺らがやったら、その間に皆には見回りとか訓練とかやってもらえるから。設計図さえあれば部品を作っていけるだろ?」


 智明が優里に説明している間にも二人一組の巡回が近くを通り過ぎていく。思わず目で追った優里が顔を戻してから答えた。


「たぶん」

「助かる」


 以前に外苑の復旧を行った二人だが、木材や鉄製品の加工を初めて行う優里の表情は心なしか硬い。

 説明の順序がいけなかったのかと反省しながら、智明がポケットから設計図をしたためたメモを取り出していると、訓練で集まっている西の区画から一発の銃声が轟いた。

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