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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第九章 光のレイライン
286/485

緊急記者会見 ⑤

   ※


 旧東京都千代田区永田町。

 早朝に政府より緊急記者会見を執り行う旨が報道関係各社に通達され、首相官邸周辺は関係者の出入りや警備と報道陣が入り乱れて異様な雰囲気に包まれている。


 官邸の中にある会見場には記者クラブ常駐の担当者と申し込みがあって許可されたマスメディアしか入場できないため、どうしても生中継や周辺取材を行いたいテレビ各局の取材陣や入場できない新聞社が周辺道路にあぶれてしまう。


 では官邸内部が平穏であるかというとそうではなく、関係省庁の官僚や秘書官らが打ち合わせや伝達に駆け巡っている。


「総理、そろそろお時間です」

「……ん」


 湯呑みに半分ほど注がれた白湯を差し出しながら第一秘書加藤彩海(かとうあやみ)に出番を知らされ、紺地に白ドット柄のネクタイを正していた御手洗は壁に向けていた体を反転させた。


 会見場には原稿を持ち込む事ができるが、いつの頃からか壁に向かって立ち暗記した原稿を予行練習するようになった。

 そして仕上げには彩海が用意してくれた白湯を直立のままで三度に分けて飲み下し、彩海に身だしなみのチェックをさせてから登壇する。


 豪胆や横暴などと評される御手洗にあっても、人並みの緊張が頭の回転を遅くし喉を締め付けてくるので、こうした緩和やゲン担ぎが効果を顕してしまうとルーティンとして外せなくなってしまった。


 彩海のチェックも同様で、ワイシャツの襟を整えてネクタイを正し、両肩に乗せた手を両袖へ滑らせる。その後に御手洗の背後に回って肩から背中へと手を滑らせる。


「行ってらっしゃいませ」

「うん」


 背中から彩海の声を聞いて前室から壇上へと歩む。

 会見場に入れる記者とカメラの数を制限しているので眩しいほどのフラッシュは浴びなかったが、ノートパソコンに指を置く音や書類やペンを構える音・椅子に座り直す音やカメラマンが脚立に体重をかける音が独特の空気となって満ちている。


 アチコチから起こる雑音とフラッシュの光はある程度慣れているが、それよりも人間の視線や声や息遣いの方が問題で、空気の重さよりも軟体動物の粘っこい触手に触れられるような気持ち悪さがある。


 これが『針が刺さるような痛さ』に感じる時は、どんなに抜け目なく準備された原稿であっても会見は失敗している。

 その点、『今日はまだ楽な方だ』と思えて演台から会場をゆっくりと見回してから切り出した。


「本日は、国民の皆様に緊急のご報告と、数点のお願いをしなければならない事案が発生したため、会見の場を持たせていただきました。

 まず最初にお伝えしなければならない事は、去る七月五日に報道されました陸上自衛隊の武力行使の一報は、正体不明の一団による新造皇居の不法占拠に対する治安維持であったということ。

 この経緯については後ほど質疑応答にてお答えするが、一部で囁かれている『防衛派遣』にあらず、また先の国会で審議が行われた自衛隊法改正法案とも無関係のものであると先んじて申し上げておく。

 また、現在なおも陸上自衛隊が新造皇居付近に駐留し、周辺一帯の道路封鎖を敷いているのはこの事案が解決を見ていないためであり、近日中速やかに鎮圧を行って現地市民の皆様に安心していただくための措置であります。

 そのために政府より数点のお願いがあります。

 本日より三日から一週間の期間に渡り、政府の指定する新造皇居周辺五キロの範囲にお住まいの市民の皆様には、一時的な避難をしていただき、危険が及ばない状態を形成いたします。

 避難指示対象の地区は、国生市北阿万(こくしょうしきたあま)賀集(かしゅう)・八木・いち神代(じんだい)となります。

 また諭鶴羽山への入山も避難指示期間内は禁止とさせていただき、県道76号線の灘黒岩ー灘土生(はぶ)間は避難要請区域とし、検問を置いて住民以外の通行を規制させていただきます。

 避難先として、周辺の市町村自治体と連携を進めておりますので、お住まいの自治体ホームページや安まちメールを参照いただくか、地域警察及び消防を動員して避難指示・案内・誘導を行いますので、混乱なきよう迅速な対応をお願いいたします。

 またこれと連動して、住民の避難完了とともに避難指定区域には自衛隊による道路封鎖も行います。

 このため区域内の企業・商店において、一時的な業務の休止を要請いたします。

 休業に伴う損失について、対処と補償を目下検討中でありますが、期間や損失が明確ではないため現状での確約は申せませんが、政府の責任において対処・対応をお約束します。

 この仔細に付きましても後ほど質疑にて答えられる範囲でお答えします。

 最後に、過去にこのようなテロに対して、ここまで大規模な治安維持行動を行ったことはありませんでしたが、新造皇居を占拠しております一団は不明な点が多く、また危険で強力な兵器や、広範囲に被害を及ぼす可能性がある化学兵器の所持なども想定されるため、このように広範囲な避難を断行せざるを得ない、そう考えてのことであります。

 彼らの目的や主張が如何なものであるのか判明しておりませんが、日本政府はこのようなテロを許さず、放置せず、厳しく断罪し、国民の皆様に安全で安心できる生活を維持することに全力を尽くす。

 たくさんの無理をお願いする限り、この点に関して厳密にお約束するものであります」


 質疑応答に移るための区切りとして頭を垂れた御手洗に、入場の時とは比べ物にならないフラッシュが浴びせられた。

 会見の途中から場内の空気は重みを増し、微々たるものであった刺々しさは針で編まれたコートを着ているように御手洗の全身を苛んでいる。

 厳しい質問が襲いかかることを覚悟し、未だにフラッシュが閃き続ける会場に向かって顔を上げた。

本話にて今章の区切りとなります。


お読みいただきありがとうございます!

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内閣総理大臣による日本国内のテロに対する武力鎮圧が発表され、智明と『ユズリハの会』の名前こそ出ませんでしたが、未曾有の事態が公にされました。


次章は、突然の避難命令と武力鎮圧を告げられた新都淡路島の混乱、包囲の内側にいる智明と『ユズリハの会』の緊迫感、そして自衛隊との共同戦線で再戦叶った真たちの動向、記者と占い師集団と貴美の作戦がどう絡むのかをお楽しみいただけると嬉しいです!


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