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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第九章 光のレイライン
284/485

緊急記者会見 ③

   ※


 大阪市中央区にあるホテルの一室。

 雑誌記者高田雄馬(たかたゆうま)の遭遇した修験者(しゅげんしゃ)の女の子藤島貴美(ふじしまきみ)との関わりから、その伯父法章(ほうしょう)と占い師仲間らの作戦に加わることになり、オカルト研究家の北野良和(きたのよしかず)とその担当編集者である板井正勝(いたいまさかつ)らとなぜだか決起集会として飲み明かし、黒田幸喜(くろだこうき)は激しい頭痛とともに目を覚ました。


 見慣れない天井を睨み、しっかり残っているアルコールと戦いながら自分の居場所を思い出さなければならなかったが、額を押さえ口の中の酒臭さを入れ替えるように深呼吸をしているうちに徐々に昨夜の記憶が蘇ってくる。


「……やってもうたかな」


 夕方前から始まった宴会は、チェーンの居酒屋から始まりキャバクラに移りカラオケスナックを経てラウンジを冷やかし、別のスナックらしき所を通ってランジェリーパブでも飲んだような記憶で途切れている。


 最後の記憶はホテルの部屋に着いて服を脱ぎ散らかしながら高田舞彩(たかたまあや)と同じベッドに倒れ込んだ場面までだ。

 恐る恐る右腕の重みを確かめてみると、ムラなく染められたダークブラウンの髪の頭が乗っていた。


 ――どっちの場合でも失礼やな――


 襲ってしまっていたら責任問題だし、記憶にないことが何よりも失礼だ。ましてそんな大事なことを記憶に留めていないことは男として損をした気持ちになる。

 とりあえず目を覚まして頭をスッキリさせるべく、舞彩の頭の下から右腕を抜いて洗面所へと向かう。

 何やら肌の露出が多かった気がしたが、なるべく気にしないことにしてトイレと洗面を済まし、備え付けの冷蔵庫から水を取り出して口に含む。


「……ん」

「マーヤ?」

「……おはよ」

「お、おう」


 寝返りを打った拍子に目を覚ましたらしい舞彩が、ゆっくりと起き上がってぼんやりと黒田を眺めてくる。


「……ふあ、ぁふ。……かほ、洗ってくりゅ……」

「う、うん」


 サラリと取り払ったシーツに反して、のっしりと立ち上がった舞彩はしんどそうに洗面所へと入っていった。

 見ないようにしても見てしまうのが男であり刑事の習性なのだが、お陰で舞彩の柔肌にそれらしい痕跡は残っておらず()()()()()だと確信できた。


 懸案事項が一つ取り除かれてしまえば気が緩んでしまうもので、禁煙だと知りつつも居室に備え付けられた給湯設備の換気扇の下でタバコに火を着けた。


「……一口、ちょーだい」


 目を瞬かせてぼんやりしている舞彩が洗面所から戻るなり意外な要求をよこし、戸惑ったが、指に挟んだままのタバコを差し向けると、キュッと吸い付いてすぐに口を離し細い紫煙を吹き逃した。


「ちがう。お水」

「ああ、ごめん」


 今度こそ注文通りのペットボトルの水を差し出すと、三口ほどを一気に流し込んで「あと五分寝る」と言ってベッドに戻っていった。


 先程よりはしっかりした足取りだったが絵に描いたような『大』の字でベッドに倒れ込んだ舞彩をただ眺めるしかなく、黒田は返事もせずにゆっくりとタバコを吸いきった。


 後始末を済ませてベッドに近寄ると、黒田の気配を察したのであろう舞彩がうつ伏せていた顔を向けて目を開けた。


「低血圧なんか?」

「ふふ。結構ね、寝起き悪いかな」


 ベッドに片膝を乗せ、片肘もをついて舞彩を見下ろすように寝そべる。


「まだ酒残っとるか?」

「んー……、少しかな。ご飯食べたら元気出ると思う」

「昨日のこと、どこまで覚えてる?」


 頬にかかっている髪の毛をそっと払ってやる。


「だいたい覚えてる」

「そうか」


 そのまま舞彩の髪を撫でているが、嫌がる素振りはない。


「覚えてないんでしょ?」

「……すまん。ベッド入るまでは断片的に記憶あるんやが……」

「大丈夫だよ。ダーリンはちゃんと誠実だったよ」


 足を閉じ体の向きをうつ伏せから横寝に変える舞彩。

 髪の毛から離れた黒田の手を握り薄く笑ってくれたので、黒田は心底ホッとした。


「良かったよ。やっぱりちゃんと意識のある時にやるべきやから」

「もう。いつでもいいのに」

「今すぐでも?」

「もちろん。……ふふ、ふふふっ!」


 舞彩に握られていた手を抜き取って肩を抱き、黒田が体を寄せると舞彩が笑い出した。


「なになに? どないした?」

「ごめんごめん。昨夜も同じやり取りしたのに、全く同じだったから、つい」

「ありゃ!」


 アルコールの怖さと口説き文句のチープさに自己嫌悪で思わず体を離してしまった。


「カッコ悪いなぁ。『ヤリタイ』『いいよ』で『今すぐ?』って聞くとか、ダサすぎるわ。

 しかもすぐ寝てしもたんやろ? 雰囲気もへったくれもないなぁ」


 仰向けになって悲嘆する黒田に舞彩が体を寄り添わせてくる。


「お酒飲んでて覚えてないよりそっちがいいよ」

「ホンマ、マーヤはええ女やな」

「ダーリンとまで呼んでるのに今更?」

「改めてな、ええ嫁さんやなって」


 否定や追い込みではなく雰囲気を和らげてくれる言葉ほど救われるものはない。

 右半身にくっついた舞彩の体に手を回し、また頬にかかった髪を後ろへと流してやる。


「粗末にするとバチが当たるからね」

「分かってる。……おっと、タバコ吸った後やけどええんか?」


 体を起こして舞彩に覆い被さろうとして思いとどまる。


「ああ、昔ね、私も吸ってたから。平気」

「ヤンキー?」

「失礼ね。仕事に行き詰まってストレス溜めた時期があったの。もう止めて何年も経つよ」


 どうりで差し出されたタバコを躊躇いなく吸ったわけだ。


「そういうことか。じゃあ一個だけワガママ言うてええか?」

「もうタバコは吸わないよ? 赤ちゃんに影響するから」

「ちゃうちゃう。黒髪の方が好っきゃねん。マーヤに似合う思うし」


 少し気の早い舞彩に苦笑しつつ、仰向けになった舞彩の前髪を整えてやる。


「そうなの? じゃあすぐ染める」

「ホンマ、ええ女やな」


 言い様に黒田は顔を寄せて口付けを交わし、舞彩も抱き返してくる。


「……ん。……やだ、八時から記者会見だって」

「朝飯の時間考えたら急がなあかんな」

「……ご飯は後でいいよ」

「そうやな。最初やもんな。ゆっくりやろう」

「ふふ、エッチ。……んっ」


 黒田の脳内には雄馬からの着信が鳴り続けていたが、舞彩を優先して無視し続けた。

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