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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第九章 光のレイライン
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緊急記者会見 ①

 旧南あわじ市西淡湊(せいだんみなと)の港湾地帯の突堤でUターンしたバイクは、まだ夜明け前の仄明るい空の下の海岸線を松帆古津路(まつほこつろ)方面へ向かって疾走する。

 今までの城ヶ崎真(じょうがさきまこと)ならば調子に乗って四速で走ってしまっている所だが、時間帯や整備直後で止められているために三速の様子見で留めて元の資材置き場へと戻っていく。


「スッゲーっすね! 全然変わるっスネ!」


 スタンドを立ててバイクから降り、ヘルメットを脱いだ真は傍らで試運転の帰りを待っていてくれた東庄淳平ひがししょうじゅんぺいことジンベに素直な感動を伝える。


「そうだろ。これがプロのメンテだ。後は走行距離か日数で定期的に掃除とメンテナンスして、一年か二年おきにオーバーホールしてやるといい」


 真の晴れ晴れしい顔に気分を良くしたのか、ジンベは得意になって以後の扱い方を説明した。

 家業を継ぐことが決まっている時期社長なだけに、バイクをイジる喜びとともにオーナーの喜ぶ顔が見れると嬉しいらしい。


「お前ら、姿が見えないと思ったら徹夜でバイクいじってたのか?」

「あ、テツオさん……」

「ウッス」


 ジンベと話し込んでいるうちにいつの間にか近付いていたテツオに気付かず、真は挨拶を忘れた。ジンベも決戦に参加させてもらえないわだかまりがあるのか短くつぶやいただけ。


「真、ジンベのメンテ、スゲー調子良くなるだろ?」

「ハイ! 兄貴にやってもらった後なのに段違いっした!」

「だろ? そこでジンベに頼みがあるんだが、皆のバイクをできる範囲でいいから面倒見てやってくんないか?」


 さらっと頼み事をしたテツオだが、その表情はいつものキング然としたものではない固さがあって、真はおや?と訝しむ。

 昨日、ジンベには次の戦いに参加させない事が告げられ瀬名と押し問答があったし、その後の宴に姿を見せなかったジンベを呼んでくるように真が使わされた。

 今のテツオの頼み事はそのわだかまりを払拭するためのものなのだろうが、それにしてはテツオの表情は明るくない。


「……いいっすよ」

「助かる。俺らはバイクがなきゃ身動きできない人種だ。そのアシを全部お前に任せる。そういう参加の仕方で納得してくんないか」


 相変わらずの紺の作務衣姿のテツオは力の抜けた棒立ちで、ジンベを誘うように差し向けた。

 対して普段職場で使っているであろうミディアムブルーのツナギ姿のジンベは、ポケットに両手を突っ込んで俯き加減で思案している様子。


 こうした場数を踏んでいない真にも微妙なやり取りなのが分かる。

 溢れるチーム愛のために先頭に立って暴れまわりたいジンベと、ジンベの次期社長という将来を慮って後方に置きたいテツオ。

 お互いがお互いを理解しているからこそ意見の一致は難しい。


「……条件があるッス」

「ああ」


 かなりの時間が経ってからポツリと呟いたジンベにテツオが応じた。

 顔を上げたジンベは真剣だ。


「俺がサポートに回る限り、チームが負けるなんて我慢ならない。今後一切の勝負に負けないと誓って下さい! 本田鉄郎の伝説を勝利で埋め続けて下さい! そのためなら俺は後ろで見てるだけでもいいっ……」


 言い切ったジンベの声はしかし、内容の強さに反して震えていて、語尾はしっかりと発声されていたのに息が詰まって途切れた感じもした。

 それが一つの感情からではないだろうと真にも想像できるが、勝手な想像や感情からくる同調や同情で真が泣いてはいけないとも思い、堪える。


「お前は、バカだなぁ」


 先程までの声音から一変して弛緩したテツオの声に、ジンベと真はハッとさせられる。


「俺が負けるケンカをしないの知ってるだろ。俺の人生には元から勝ちしかないよ」


 手を腰に当て歯を見せて笑うテツオがそこに居て、つられてジンベもようやく表情を緩めた。


「そっすね。そうでした!」

「だろ。だから風呂入って朝飯作るの手伝ってやってくれ」

「ウイッス」


 分かりやすいくらいわだかまりを捨て去ったジンベはスキップしそうな勢いで倉庫へと走り出した。

 真もジンベを追おうと駆け出しかけたが、一瞬早くテツオに腕を取られて引き止められた。


「真には別の話がある」

「うぇ? な、何スカ?」

「……ちょっと浜の方に行こう」


 グルリを見回した後に資材置き場から歩いて数分の海水浴場まで誘ったテツオの顔は、また真剣な面持ちに変じている。


 ようやく白んできた空は雲一つなく近付くほどに大きくなる波の音は、日々都市化されていく淡路島の中ではやたら静かに聞こえる。

 恋人同士ならロマンチックなドラマが起こりそうな場面だな、などと考えていた真の足元が荒れたセメント敷きから砂浜の沈み込みに変わった。


「この辺でいいだろう」

「はあ……。話ってなんスカ?」


 ようやく立ち止まったテツオに思ったままの疑問をぶつけると、珍しくタオルを巻いていない坊主頭をかいてからテツオが答えた。


「ちょっとここで組み手をやらないか」


 テツオが何を言っているのか分からなかったので真はすぐに返事ができず、『組み手』が格闘技などの実戦さながらの格闘だと思い至って大いに慌てた。


「組み手? っスカ? いや俺、格闘技の経験もないしケンカだってしたことないっすよ?」

「何言ってんだ。智明とやりあっていい線いってたじゃないか」

「だとしても、テツオさんに勝てるわけないのに……」


 なんとか言い逃れて格闘を避けようとする真をテツオが笑う。


「おいおい。何事にも勝ち気なのは大事だけど、組み手ってのは技や鍛錬の成果を測る練習方法の一つだ。勝ち負け以外が大事なんだよ」


 そこまで説明されて真は自分の失言に気付く。


 ――テツオさんには何か考えがあるんだな――


 勝ち負けがそのまま優劣とイコールなのではなく、テツオの言うように『技や鍛錬の習熟を測る』ものであるなら、真の技量や能力を試す裏側にはテツオ自身の技量や能力を確かめる意図も含まれるかもしれない。

 確か、琵琶湖畔でエアジャイロのテストをした時もテツオは瀬名と突発のレースを始めていた。


「……分かりました。えっと、寸止めですか?」

「いや、実戦形式でやろう。決定打だけ寸止めで、そこまでだ」

「……分かりました」


 格闘技を習った経験のない真には無茶なルールだが、このためにテツオがタオルを巻かずに現れたのだと思うと、テツオの真剣味が感じられて真も真面目に取り組まねばと思う。


 作務衣にサンダル履きのテツオに対して、真はTシャツにハーフパンツにスニーカーという出で立ち。テツオのサンダル履きをハンデだとしても砂浜の不安定さは払拭できず、格上と対峙する緊張感が真を支配する。


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