混濁 ③
※
明里新宮中央の区画では一日を通して面談が行われた。
これは幹部会の最中に智明が漠然と感じたメンバーとの距離を埋めることと、川崎を始めとする幹部が団結したことを『ユズリハの会』全体に浸透させる意図による。
場所は中央区画に建てられた欧風のホテル型の建築物で、会の中での通称『迎賓館』の一室を用いた。
本来であればキングとクイーンたる智明と優里が招く形であるため、新宮本宮を使うべきだが、班行動を取るメンバー達の休息を確保するためと入れ替えをスムーズにこなすために迎賓館が最適とされた。
「――とても参考になったし、互いに通じあえたと思う。ありがとう」
智明が向かいに腰掛けているメンバーらに締めの挨拶をして、最後の一組との面談が終了した。
「はああ。緊張したわ……」
「お疲れ様。でもほとんどの人から本音が聞けて良かったよ」
テーブルに突っ伏してうなだれる優里に、智明は建て前で慰めた。
面談では想像していたよりも本音や厳しい問いが飛び出たが、百人近いメンバーのうち本当の本音をさらけ出してくれた数は一割に満たないだろう。テレパシーで心の内を覗きながら面談を進めていればまた違った感想を持てたかもしれないが、それはズルイと考えている。
味方を作るために川崎と山場の心を覗き見た智明がこうしたタブーを語るのはおかしいことだが、心の内と表に表れる言葉の違いに振り回されても困るし本音以外でも人の心が語られるから、こうした質疑や問答でテレパシーを併用することは意味を産まないと思い知っている。
「だってさ? 結構難しい注文やったやん」
「ああ、そっちか」
面談を始める前に川崎から与えられた注文が重荷だったと明かした優里だが、川崎の人心掌握術を信じ切っている智明としては『そこでつまづかないでくれよ』と思ってしまう。
『支配者や指導者として対等か上の立場として言葉遣いを選んでくれ』などと言われて混乱するのは分かるが、智明の行った訓示や幹部会への参加でクイーンの立ち回りを考えていて欲しかった。
幹部会の後の談話では、川崎に加えて三輪と奥野も似たことを優里に求めていたはずだ。
「なんか分不相応な大役を任された新人女優さんの気分やわ」
「ある意味、政治家や社長とかは皆そうなのかもね。立場とか役職を演じてるのかもしれないな」
「……クイーンのお手本なんか見たこともない」
体を起こした優里は膨れ面で智明を睨んだが、「俺だってまだキングの真似事だよ」と顔を寄せてキスをした。
「なんとなく三輪さんの言ったことが分かってきたわ。『タメ口で話せる関係も大事』って、こういう演技のストレスを発散しろってことやんな」
智明は、二人がそんなやり取りをしていたのかと思う反面、少し考えてから答える。
「……おしゃべりメインで気を遣わない時間を持つって意味ならね」
「どういうこと?」
すぐさま智明の疑念に気付いて問い返すあたりは『さすが幼馴染み』というところだが、可能性だけで疑うことは避けたい。
と、面談会場に使っているパーティールーム様の広間の入り口が開いて数人が入室してきた。
「無事終わったみたいじゃの」
「ああ、大きなトラブルや波乱は無かったよ。段取りしてくれて助かったよ」
「ん。ほな後片付けしてまうさかい、場所を移してかぁんけ?」
川崎の口ぶりに智明は彼の意図を悟った。
お茶を配ったり取り替えたりしてくれていた女性だけでなく、男手を三人ばかり引き連れていたのは川崎から智明へ密な連絡事項があるのだろう。
「構わないよ。本宮でいいかな?」
「おん。せっかくやし公用車で送るわ」
「公用車? そんなんあったん?」
「みたいだね。報告にはあったけど整備中だと聞いてたよ」
優里は今更ながら場所柄を思い知らされる形で驚いたようだが、智明には自慢げな川崎の口ぶりから何かの意図を感じて提案を甘んじて受ける。
川崎の引き連れてきたメンバー三人に労いの言葉をかけて広間から出て迎賓館の玄関に向かうと、玄関前のポーチに白色のオープンカーが停まっていた。
シートと内装の内張りはダークブラウンの本皮でまとめられており、ダッシュボードやハンドルなどは光沢のある木製で、皇室の公用車というよりはアメリカ大統領のパレードに使用するような仕様に思えた。
「これはまた派手だね」
「でも白なんがええね。黒やと私ら悪者みたいやもん」
優里が何を想像して『悪者』と例えたのかは分からなかったが、確かにまだ十代の智明と優里が使うには黒塗りの高級外車のオープンカーというのは重々しい見た目になるだろうなと思える。
川崎も「ほんまじょ」と優里の感性を肯定しているから、皇族方のように品格や気貴さよりもまだまだ智明と優里は若さや初々しさを見せていくべきなのだろう。
川崎に促されて後部座席に乗り込むと優里が浮かれてはしゃいだが、Uターンを兼ねて川崎の運転で中央区画を一周する頃にはすれ違うメンバーらの視線に大いに照れていた。
中門を通り抜け本宮へ向かうと人目がなくなって落ち着いたが、「手を振らなきゃだよ」とからかった智明の左肩に優里の強めのパンチが見舞われた。
本宮正面玄関前のロータリーに着くと、川崎は降りようとする優里を押し留め、「こういう手順にも慣れとってや」と後部座席のドアを開いてエスコートした。
「そっか。皇后様やパーティーに出席する女優さんもこういうのやるやんね」
「『ユズリハ』の中では緩くていいけど、そのうち儀礼やそういうマナーありきで行動しなきゃだな」
自衛隊高官との会談で、今後総理大臣などとの面談が行われる可能性が頭をよぎり、智明の口からそんな勉強も必要だと気の早い言葉が出ていた。
「さて、こっからが大事や」
本宮一階奥の洋間に入って応接セットに腰を落ち着けるなり川崎が切り出した。
コーヒーを用意しようとした優里を断ったあたり、手短に済ますつもりだが重要事ではあるようだ。
「こっちも用事はある。まずは聞こうか」
「ほうなんか? まあええわ。
とりあえずHDの進捗は順調やということ。これだけで当初の目的は果たしとるんやが、ちょっと問題も出てきとる。
当初の触れ込みと違て個々の能力に差が出てきとる」
「それは問題視するほどのレベルで差があるの? 言ってしまえば班割りが成り立たないとか?」
フランク守山への信頼度からすれば『筋力が十倍になる』という触れ込みなど半信半疑だったが、川崎のいう『個人差』がどれ程のものか想像出来ない。
なので十人ごとで分けた班での連携などに支障があるのかを尋ねると、川崎がやや真剣な表情で答えた。
「いや、そうやない。要は得意分野と不得意分野の方の話やの。総合的に十倍になっとっても伸び代がまちまちやっちゅー事じゃ。
一の十倍と二の十倍の差は十やろ? これが体の使い方の全ての項目でまちまちやったら、己を知り仲間を知る時間が必要になる。
実際にはほこまで極端やないねけど、二十と十八のモンでも連携するのには時間がいる思うんじょれ」
なるほど、と長い説明を聞いて納得した。
これまでは能力差など考慮せずに班割りを行って訓練や見回りをしていたが、HDをインストールしたことで個人差が大きくなってしまった。
能力のかけ離れた者同士は訓練に時間をかけることで連携を取ることは可能だが、その連携は能力が近いほどスムーズになる。
しかし組んだばかりで二つのバイクチームの垣根を取り払い智明らと面談を行ったばかりの班割りには、それなりの連帯感が生まれているだろうし、川崎と智明も仲間意識を持たせる意図で面談を行った部分もある。
つまり川崎は、このままの班割りで訓練を重ねるか、新たに編成し直すかで迷っているということだ。
「能力で分けるか、絆を優先するか、だね?」
「ほうゆうことじゃ」
「……それね、こっちの用事と重なるとこがあるから、ちょっとこっちの話を先に片付けよう」
「なんや、嫌な予感すられ」
めったに話題を横において自分の用件にそれることのない智明を見て、川崎は明らかに苦い顔をした。
「そう言わないでよ。俺だって情報を伝えるだけのつもりだったのに、そんな軽い話じゃなくなって動揺してるんだから。
まずね、情報は三つある。 一つはWSSが洲本走連ともども集まって何かやってるらしい。
二つ目は自衛隊が近々何らかの動きを見せる可能性がある。ただこれが目の前で包囲してる伊丹の部隊かどうかは分からない。
そして三つ目。政府から報道機関に規制が敷かれていて、明日何らかの発表があるらしい」
「……よくそこまで……アイツらしいええ仕事しよるな」
名前こそ出さなかったが、川崎は小声で呟いて組織の影となった山場俊一を褒めた。
山場からの情報は智明をも驚かせていたが、智明が称賛や礼賛を送る前にテレパシーを絶たれてしまった。
「しかしこれでハッキリしたの。明日には何かが発表されてすぐに何かが起こる」
「ああ。だから班割りをやり直すより訓練や連携を高める方が正しいと思う。どちらかと言えば川崎さんは能力重視より仁義優先だし」
「変な言い方すなや。どっちもじゃ」
智明の一方的な解釈に口をへの字に曲げて否定した川崎を見て優里が小さく笑った。
内容が内容なだけに優里の緊張を感じていたぶん、笑ってくれて智明は少し楽になった。
「じゃあ、メンバーの班割りはこのままで訓練に取り掛かってもらう。
もう一つ、今夜の深夜二時に荷物が届く。
例のアレだからよろしく」
「……ええんか?」
「今日、皆に覚悟や意志を伝えたよ」
「……分かった」
昨夜の幹部会でも審議されたフランク守山からの武器の搬入について、再び是非を問うた川崎に智明は間髪を入れずに肯定した。
これに川崎も了解の旨を示したが、さっき緩んだはずの優里の緊張がいやましたのも感じる。
「改めて言うけど、明日からの三日間が本当の戦争になる。何が起こるか分からない。そのつもりで準備を進めてくれ」
「……了解しました」
恐らく初めてだろう、智明が川崎に対してハッキリとした命令口調を使った。
そして川崎も生まれ出てから染み付いた淡路弁ではなく、右拳を胸に当てて敬意を示して命令を受けた。
すっくと立ち上がった川崎が神妙な面持ちで退室すると、優里が智明の体を柔らかく抱き止め無言のまま体重を預けてきた。
何か声をかけるべきかと迷ったが、優里にも物事の飲み下し方があるだろうと思って、智明も無言で優里を抱き返すだけにした。




