協力者 ②
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大阪市中央区西心斎橋と西区南堀江界隈は、昭和後期から若者の流行やオシャレの中心地として賑わい、アメリカ村と呼称されて時代に合わせて生き残ってきた。
その系譜は平成・令和を経て二十二世紀を目前にしても衰えることはなく、御堂筋沿いに高級ブティックや大型量販店が幅を利かせても、実験的な挑戦や最新の流行が絶えず集まる一画だ。
その中心地にビル一棟を借りて占いや人生相談を専門に扱う現代の駆け込み寺となっているのが、『AD−VICE』だ。
一階と地下階こそカフェや雑貨屋や居酒屋などが入っているが、それらは売上の上がらない占い師らの掛け持ちの場で、やはり主戦力は二階から七階までに設けられた占いスペースだ。
「こちらへ」
藤島貴美に付き添う形で案内された部屋へ入った高田雄馬は、ビルの入り口やエレベーターに施されたミステリアスな雰囲気から一変して、ありふれた事務所の風景に戸惑った。
鉄筋コンクリートの壁に塗られたペンキは劣化してくすんでいるし、広く取られた事務スペースに並ぶデスクもどこか年季を感じる。奥にある社長室や会議室や応接室らしき部屋の扉も、壁やホワイトボード同様にポスターや売上目標などの掲示物で汚れて見えた。
人気店の事務所らしからぬ風景に不安になりながらも、案内に従って壁とデスクの間を抜けて、開け放たれた会議室へと入る。
「法章様!」
会議室に入るなり、そこには白い和装の男が椅子に腰掛けており、貴美が名前らしきものを叫んだのでこの人物が貴美の伯父法章と分かった。
「やあ貴美。待ちわびていたよ。無事に連絡が付いて良かった」
貴美に答えて雄馬らの居る入り口を振り向いた法章は、どこか虚ろな視線で両の目の向きが違っている。
「お連れの方はどなたかな?」
「あ、失礼しました。週刊『テイクアウト』の記者をしております高田雄馬と申します」
「私を大阪まで送って下さいました。丁度、お仕事で調べられている事が此度の騒動の内幕だと仰るので、こちらまでお連れしたのです」
「姪が世話になりました。どうぞこちらへ」
雄馬の自己紹介のあとに貴美の補足があったが、着席をすすめる法章の視線はやはり見当違いで、視力を失っているのだと理解する。
「失礼します」
「すまないね。視力が落ちてしまって人影がおぼろに見える程度なのです。気になるようであれば隠しますが?」
「ああ、いや、お任せします」
六人掛けのダイニングテーブルをそのまま会議机にしている末席に座ると、向かいの席に座る法章から間髪を入れず断りが飛んできて慌てた。
どうやら姪である貴美と同じく修験道に通じているらしく、雄馬の気配や声音で心の内が読めるらしい。
その証拠に『気にならない』と答えたはずなのに法章は懐から安物のサングラスを取り出して掛けている。
「これで落ち着きますかな。ああ、すいません! チョウさんとクレアさんと、マダム樹里愛を呼んでいただけませんかな」
雄馬に了解を取るようにサングラス姿を示した法章だが、雄馬らを案内してくれた男性が立ち去ろうとしたことを察して大仰な身振りで呼び止めて人を呼ぶように頼んでいた。
男性は少し面倒そうに「はいはい」と答えて退室した。
「なんです?」
「今回、姪を呼び寄せる術に協力してもらった方々を呼んでもらったのです。何分、私も姪も電話や手紙を駆使できませぬゆえ」
かたや盲目、かたや文明を遠ざけた修験者。端的な説明に雄馬は至極納得した。
「それよりも、私を呼び寄せられたのはなぜでしょう?」
「貴美。自らの内に思い当たることはないか? 無ければ恥であり、気付いていて私に問うのはなお恥ずべきことだぞ?」
「……申し訳ありません」
問いかけたはずの貴美に法章から厳しい言葉が返され、貴美が机に伏せるようにして深く詫びた。
雄馬には話の流れが見えないばかりか、同席していて良いのか惑わせる展開だ。
「えっと、外しましょうか?」
「いや、少しばかり協力いただきたいこともありますゆえ、このままで結構」
「恐らく記者さんが知りたかった話になる。構わずそのままで」
気を利かせたつもりだったが、法章からも貴美からも退席の必要なしと言われてしまい、雄馬は「はあ」と気のない返事をして小さくなった。
貴美の言う『雄馬の知りたい話』というのは想像つくが、法章の『協力』の一語が想像できない。




