フランソワーズ=モリシャン ①
「こちらでお待ち下さい」
エレベーターを降りたところで案内係の青年から促され、黒田と舞彩と急に同行させることになったトシカズは談話コーナーのベンチに腰掛けた。
青年はカードキーで入り口を解錠して通路の奥へと消えていく。
厳重なセキュリティーを見てさすがは放送局だなと黒田は変な感心をした。
「マーヤ、コーヒー買うて。トシカズ君もなんか買い」
黒田は財布のまま舞彩に託し、傍らの自動販売機で飲み物を買って来てもらうように頼む。
壁には『FM556』と『FMOZ』のロゴが描かれており、舞彩の取り付けたアポイントではこのエレベーターホールでDJノムラマサオと落ち合って取材をさせてもらうことになっている。
「アザッス」
「私もいただくね」
舞彩から財布と缶コーヒーを手渡され、黒田も「おう」と応えてセキュリティーのかかった入り口を見やる。
「ちょっと。張り込みとか内偵じゃないんだけど」
「分かってる」
トシカズを気にしてか、舞彩が乳酸菌飲料で口元を隠しながら黒田の小脇をつついて刑事の癖を指摘した。
職業病とは言いたくないが、集中力を持続させるためなので仕方がない。
と、入り口のガラス扉に人影が現れ、解錠して開け放たれると三人の男女が出てきた。
年かさの紺スーツの男と、若いスカートスーツの女、そしてTシャツにベストを重ねたジーパン姿の若い男と続いた。
最後に出てきた男がアルミ製の角張ったバッグを掛けていたので、カメラマンではないかと黒田に予想させる。
しかし、エレベーターホールの談話コーナーにたむろしている黒田らに会釈した先頭の男が醸し出す雰囲気は、記者やライターや芸能関係者という緊張感ではない。
――何モンや?――
どちらかといえば黒田と同じ刑事のようなヒリついた感覚に緊張しつつ、黒田も会釈を返しておく。
「――お待たせしました。お入り下さい」
「すみません」
エレベーターに乗り込もうとしている三人組を見送った案内の男が、黒田らを招いてくれたので舞彩とトシカズがすくと立ち上がる。
黒田は一番遅く席を立ち、エレベーターに乗り込んでいく三人組に注意を払いながら舞彩らの後を追う。
閉じていくエレベーターの中の三人共から警戒と威圧の視線が向けられたので、黒田はもう一度会釈を返すと、ようやく向こうの警戒も解かれて愛想笑いが返ってきた。
「ダーリン」
「おう」
それでも閉じたエレベーターを眺めていた黒田を舞彩が呼んだので、案内の男が開け放ってくれている入り口を通った。
入ってしまうと一般の会社の通路と似た風景ながら、スーツやワイシャツ姿の人影は少なく、窓やドアのガラスから見える人影はポロシャツやTシャツが多くカジュアルだ。
事務所や資料室やミーティングルームを眺め行き、スタジオブースらしき近辺では少しだけ人の出入りが多く生放送主体のFMラジオ局という雰囲気が色濃い。
「こちらでお待ちください」
「ありがとうございます」
案内された縦長の会議室らしき部屋には、部屋のほとんどを占める長机が目立ち、窓辺にある観葉植物以外には飾り気はない。
まず黒田は部屋に入って右側の椅子の列に舞彩を先に座らせ、黒田がその隣りに着席してからトシカズを座らせた。
「もう。取材に来た前提を忘れないでよ」
「すまんすまん。あまりに雰囲気が違ったもんやから」
「ああ、さっきの三人組っスカ?」
黒田が刑事の癖を隠さないことを指摘した舞彩にトシカズも便乗してくる。
「なんか雰囲気おかしかったやろ? カメラマンぽい男はおったけど、なんかピリピリしとるんが気になったんや」
「きっと仕事がうまくいかんかったんちゃいます? なんかの取材にしても営業にしても、あんな顔するのはそーゆー時っスよ」
「……まあ、な。俺らはああならんようにせんとあかんな」
言わずもがなのトシカズの返事に、考えるだけ無駄だと悟った黒田は気を引き締める意味でそう返した。
トシカズは「ウッス」と分かったような返事をしたが、黒田の一番の懸念はトシカズだ。
淡路署の老警官榎本の引き合わせでこの場に連れてくることになったトシカズだが、彼をこの場に同席させる理由は、これから面会するノムラマサオがフランソワーズ=モリシャンと同一人物であるかどうかの判定だけなのだ。
もちろん、その判定が今後の黒田と舞彩の本来の目的に切り込むための一手になるのだが、それ以外の役割りを与えられなかったり活躍が期待できないのであれば、同席させたことが水面下で動くことの障害にもなり得る。
それでも連れて来ざるを得なかったほど闇深い事案に関わっているのだと今更ながら感じる。
「基本的には私が話すけど、いい?」
「おん。ええよ。俺がやったら取り調べみたいになってまうやろし」
「内容が内容だから怒らせちゃうだろうしね」
控えめに切り出した舞彩の確認を当然だと思って受け入れたが、どうやら舞彩はノムラマサオが怒って退席することも織り込み済みで取材を展開させるつもりのようだ。
自分ならばどうするか、黒田自身のやり方を想像してみたが、やはり刑事特有の言い回しになるだろうと思い至ったので答えずにおいた。
相手が怒って退席してしまうにしても、攻め方次第で収穫は変わるのだから、黒田のやり方よりも舞彩に任せるべきだろう。
「――いやいやどうもどうも。『テイクアウト』さんですね? ノムラマサオですぅ。よろしくですぅ」
「お忙しい所失礼します。『テイクアウト』編集部の高田と申します。こちらはアシスタントの黒田と……榎本です」
「よろしくお願いします」
「こちらこそですぅ」
会議室のドアが開いて陽気な笑顔を浮かべた男が入ってきて媚びた調子で挨拶を始めたので、舞彩に合わせて黒田とトシカズも起立して迎えた。
トシカズの名字を聞いていなかったので舞彩の紹介が詰まったが、ノムラマサオは気にした風もなく着席を促して舞彩の向かいに着いた。




