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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第九章 光のレイライン
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ノムラマサオ ③

 畏まって頭を下げた野元は、ここから密かにスイッチを切り替える。


「ではもう少し突っ込んだ所を聞かせていただきます。出版された書籍や参加されたイベントを見させていただいていると、かなり多趣味でいらっしゃいますね?」

「そうですね。これはもう両親やおじいちゃんおばあちゃんがそういう環境を作ってくれたお陰ですね」

「そうした環境があったと。それは幼い頃からとか、学生時代でもですか? 差し支えがなければお教えいただいても?」

「まあまあまあ、そんな大層な話じゃないですから。金持ちというほどじゃないですけど、自由にさせてもらっていたという感じで。母親の実家がイタリアなんで、小さい頃から文化の違いに触れられたんで視野が広がってアレコレ興味を持てたんですよ。でまあ、それにチャレンジするサポートをしてもらえたという感じですね」


 スラスラと淀みなく話すノムラマサオだが、ここで初めて何かを懐かしむような遠い目をした。が、すぐにそれを打ち消すように「自慢じゃないっすよ!」とおちゃらける。


「ええ、大丈夫です。……ではその頃から続いている今の趣味はどんなものがありますか?」

「そうですねぇ……。なんやろ? 色々やったからなぁ……」


 腕組みをして椅子の背もたれに体を預けるノムラマサオ。

 その隙きに野元は山野を見やり、カメラが仕事をしていないことを目配せする。任務である以上、演じるべき役割りをこなしてもらわねばならない。


「……やっぱり音楽とバイクかな。骨董品や現代アートを見るのも好きだし、スポーツや料理や旅行も好きだけど、音楽もバイクも学生時代からなんでこの二つですね」

「本当に多趣味ですね。把握していたものより幅が広くて驚きましたよ」

「いやぁ、仕事が関係してる趣味は公表しているんだけど、仕事に繋がらないものや仕事にしたくないものは公表してないんですよ」

「それはどうしてです?」

「これオフレコですよ? DJをしていると番組の進行上、間をツナグ事があるんです。大抵は日常に起こった笑い話や失敗談なんかで埋めちゃうんですけど、リスナーさんからのリクエストに添えられてるメッセージから話を広げなくちゃいけない時もあるんです。それが全く知らない分野だと広めようがないし、いい加減な話や嘘を言えないんで色々趣味を持っておく必要も出てくるんです。そういう意味で本もたくさん読むんですけど、知識だけじゃなくて経験も語りたくなっちゃう性分なんです」

「なるほど」

「でも本当に趣味なんで間違ってると恥ずかしいから、『友人知人のエピソード』として話しちゃったりもしてね。人脈と知識と体験にバリエーションを作ったりしちゃうんです」

「それはプロのテクニックですね」

「いやいやそんなそんな。間に合わせとかボロ隠しですわ」


 内緒話のような顔から照れ笑いに変わった瞬間に、ようやく山野がシャッターを切った。


「では音楽とバイクのお話に絞ってお伺いしましょう。音楽といっても色々ありますが、どのようなものがお好みなんですか?」

「うーーん……。いや全部ですね。ロックもポップスもメタルもクラブも、なんでも聞きますしどのライブにも顔を出してますよ」

「本当に幅が広いですね」

「学生時代にエレキギターとドラムにチャレンジしたことがあって、その時はロックやメタルやパンクの人気バンドに憧れてコピーやってたんですけど、自分でやってみると演奏の素晴らしさと難しさがわかったんですよ。それ以来、歳を重ねるごとに色んな音楽の素晴らしさが分かるようになってきて、仕事柄様々なミュージシャンの方のライブやイベントに行かせていただくようになって、どんどん広がってますね」

「お仕事にもなってきていると」

「というよりは、趣味が仕事になったいうか、趣味感覚で仕事ができているというか。……いやそれは言っちゃまずいかな? ちょっといい感じに書いといてください」


 そう言って笑ったノムラマサオに合わせて野元も笑い「了解です」と答えた。


「ではバイクの方もいいですか? 先程、伊丹に縁があると仰ってましたがそれはバイクで訪れたという感じですか?」

「そうですね」


 やや真剣な表情になった所を山野が撮影し、河野が手帳のページをめくった。


「免許を取ったのは大学在学中で、友人の影響でなんですが、それからの生活は一変しましたね。関西のアチコチにツーリングに行ったり、キャンプしたり、慣れてきたら岐阜や長野まで遠征したりもしましたねぇ。日本一周なんて計画するだけでも楽しかったですね。あ、結局実行はできなかったんですけどね」

「かなりハマられたんですね。日本一周とはすごい」

「それは計画だけでしたけどね。ちょうど院生になるか仕事に就くかのタイミングでしたから。そうそう、伊丹との縁でしたよね。

 京都に住んでるんですけど、大阪や伊丹や宝塚は意外と近いんですよ。なので遠出はできないけどちょっと走りたい時は伊丹や宝塚によく行ってるんです」

「例えばどの辺りとかありますか?」

「やっぱり空港の辺りですね。ご存知でしょうけど、空港の辺りにはスポットがいくつもあって、どの季節のどの時間帯でも楽しめますからねぇ。一人でぷらっと出掛けて景色や飛行機の離着陸を眺めるだけでも良い時間の過ごし方だなって思ってます」

「ああ、男には分かります。一人の時間というか、気持ちの洗濯というか――」

「気持ちの洗濯! いいですねぇ。お仲間がいましたね。そのフレーズどこかで使ってええっすか?」


 眉を上げて楽しそうに身を乗り出したノムラマサオを山野が三枚ほどレンズに収める。


「気に入っていただけたのなら私共の誌面で語られたことにしましょうか?」

「有り難いです。職業柄、決め台詞や『ちょっと良さげな台詞』ってストックしときたいので」

「どうぞどうぞ」


 野元は手の平を向けて譲るように揺らし、河野の手元を見てから一拍おいて話題を変える。


「その他によく訪れられる地域や名所はありますか?」

「よく行く所ねぇ……」

「実は私も遠出は好きでして、キャンプやツーリングとはちょっと違うんですが、ここ数年は淡路島によく行くんですよ」

「ほう、淡路島に? もうすぐ遷都ですよね。昔は田舎な感じで良かったって聞いたことがありますけど、何を見に行くんですか?」

「西側の海岸に懇意にしているペンションがあったり、徳島県側に知り合いの民宿がありましてね。他にも海岸や山間部は保護区域なので、都市化や遷都の影響を受けていない自然がたくさんあるんですよ。

 その一方で田畑がビルに変わり、リニアモーターカーの高架が出来て、日を追うごとに首都らしくなっていく様も面白いんです」

「へぇ。そういう視点は無かったですわ。久々に行ってみようかなぁ」

「ああ、行かれたことはあるんですね」

「そう、ですね。

 仕事で行ったこともありますし、知り合いにゴルフに連れて行ってもらったりとか。

 バイクでツーリングというのは無かったんで端折っちゃいました。ごめんなさい」

「いえいえ、お気になさらずに」


 野元は手を挙げて話を横に流すと、襟元を正して仕切り直す。


「ちょっと余談ですが、バイクで遠出されるとなるとどんなバイクに乗っておられるんですか? やはり大型ですか? ハーレーとかの」

「ハーレーはまだ乗れないですねー。アメリカンバイクに憧れはありますけど、まだまだ僕なんかは道半ばなんで、ハーレーを乗り回せるほど上り詰めてませんからね。おじいちゃんの影響とかイタリアに親しみがあるんで、ドゥカティってバイクに乗ってますよ」

「お祖父様もバイク好きでいらっしゃる?」

「そうなんですよ。流石にドゥカティではないですけど、小さい頃に後ろに乗せてもらった時の感動が影響してますね」

「素晴らしい思い出ですね」

「でも世間的にはガソリン車と同様にバイク人口が減ってきてるでしょ? ちょっと寂しいですよね。車はまだ蓄電池式のモーター車が普及し始めて乗り換えできますけど、バイクは縮小傾向ですからね。ドライブやツーリングっていう娯楽が楽しまれないというのは残念です」

「なるほど。今度そうした特集の時にもご意見をお聞きしても構いませんか?」

「あはは僕なんかの趣味ライダーの話で良ければぜひぜひ。どんなお仕事も千客万来でお待ちしてます!」


 ノムラマサオの相好が崩れた頃合いを見定め、野元は本題へと舵を切る。

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