光のレイライン ⑥
「超能力者が出てきてへんな?」
「そうだね。高田君は超能力者の登場と、『ヴァイス』関連の組織は別物と考えてるんだね」
北野と板井から指摘され雄馬はあっと気付かされる。
他にも口にしていない要素を思い出して慌てて整理する。
「さすが文筆を生業にされている作家先生と編集者ですね。失念していました。
多分、超能力者の出現はイレギュラー的なもので、何者かの計画とか企てとか策略じゃないんでしょう。
その代わり、裏で何かを企んでいる組織――仮りに『ヴァイス』としておきますが――『ヴァイス』の正体は三種類考えられますよね?」
雄馬の付け足しを聞いていた北野と板井の反応が面白くなってきて、あえて二人に投げてみた。
「おもろいな。だんだん危ない話になってきたやん」
言葉とは裏腹に、板井は目を細め右の口角をあげてニヤつく。
北野も玩具を手に入れた少年のような目になり、頬杖をついた右手で顎をさすりながら応じる。
「一つは政府や国際的な機関。二つ目はそれらと対抗している政治団体。三つ目は、政治なんか意にも介さない財団や資産家、というところかな」
「さすがです」
打てば響くというわけではないが、雄馬の思い付いた妄想を目の前の二人も思い描いているのだという実感が生まれ、思わず雄馬は称賛の言葉を発していた。
黒田刑事や鯨井医師には雄馬から共闘を強いたためこういった感情は薄かったが、妄想や推測に同調してもらえた事はシンプルに嬉しくなる。また『危険な話題だ』と理解していながら核心を口にしてくれたことで、雄馬の感じていた重圧が僅かだが取り払われた気にもなる。
「しかしここから先が難しくなってこないかい?」
「ああ、確かになぁ」
「と、言いますと?」
したり顔の北野と板井に問い返す。
「要はね、そこまで大掛かりでだいそれたことを企んでいるなら、規模や資金から考えてもそれなりの組織になるはずなんですよ。
ということは、一般人が踏み込めるのは外側も外側の大きくて分厚い囲いの前までなんじゃないか、と思うわけです」
「世の中、鉄砲やナイフより怖いもんがあるんやで。剥いても剥いても中身にたどり着けへんこともある。高田君は進むか退くかの瀬戸際におるで」
干された過去があるせいか、二人は余裕のある表情で雄馬に告げてきたが、彼らはどうしたいのだろう?と思う。
ここまで踏み込むことを楽しんでいた二人ならば共闘の線はあるだろうと思うのだが、今の二人の言い草は雄馬を怖じ気つかせようとしているようにも取れるし、雄馬の覚悟を試しているようにも見える。
もしかするともっと単純に、干された経験からくる余裕のようなものがあるのか?
「確かにそういう怖さはなくはないです。
ですけど、そんな裏側とか闇とかでのさばって表側を牛耳るようなアナログなものが、二十二世紀に通用するものかとも思います。
現に僕はこうしてデジタルとアナログの複合再構成でここまで辿り着いていますし、露呈しない悪巧みはない、バレない嘘はないと思っています。
むしろそうして逃げおうせている悪こそ暴いていかなければと思ってるくらいです。
さすがに命の危険を感じなくはないですが、後世にヒントを残すくらいの働きや役割りは担えるはずです。
僕はやります。ここで止まるわけにはいかない」
雄馬はなるべく北野と板井の顔色を気にしないようにして、理屈ではなく気持ちや決意を断言するように話した。
これは彼らの忠告に対して自分の決意を貫くためであり、別で取材と調査を進めている姉舞彩と黒田と鯨井への最低限の義理でもある。
少し打算的な事をいえば、北野と板井はこの一件を多少なりとも面白がっている感触があるので、上手く引き込めば協力を得られる可能性もある。
「……たかが日本、されど日本。今はまだ長野と淡路島に絞って検討できているから因果関係を結べたけど、まだ三重・和歌山・豊岡市・島根・長崎・宮崎は何の検証もされてない。
伊弉諾神宮を通るレイラインは他にもあるし、関西にはレイラインで描かれた地鎮の逆五芒印らしきものもあるくらいです。
こういうのを全部追っていくのはなかなか大変ですよ」
「それは分かります。ですが今は淡路島で起こっている異変と、その対処に自衛隊が派遣されている状態に視点を置いて動いています」
「自衛隊法改正案が気になるんやね?」
「そうです」
北野と板井の表情が真剣味を帯びる。
「『ヴァイス』が政府と関わりがあるならば自衛隊の防衛軍引き上げは危険な歩調合わせに見えてきますし、政府と関わりがなかったとしても日本国内のみならず国際的にも問題視や危険視されることは疑いようがありません。
じゃあ三つ目の政治と無関係な団体が主導であった場合、これはこれで世界に暴力の芽をばら撒くことにもなりえます。
だったら、現物や情報が拡散される前に、予測や抑止を働きかけておくべきじゃないですか?」
雄馬はHDの軍事転用を直接的に口にしているが、これは老婆心ではないと心から思う。
御手洗首相と自衛隊の動向に引っ張られている感は否めないが、それは実際に現在進行形で起こっている事実で、人類の寿命を引き伸ばす技術であるはずのHDが武力や兵力に変わるのは容易に想像できる。
H・Bの実用化が紛争やその鎮圧に影響を与え、虐殺とも報じられるような一方的な作戦が実行された事実があるのだ。
「個人の正義感で言ってる? それとも記者の役割りとして言ってる?」
「それは――!」
北野の問い掛けは強い口調ではなかった。
しかし雄馬の想定していなかった角度の切り込みだったので、バッサリと断言しようとしたはずなのに言葉が継げぬまま止まってしまった。
どちらでもあるが、どちらとは言い切れない。
もしかすると全く別の理由でもあるような気がしてきて、当てはまる言葉を探し始めてしまうとなおさら言葉が出てこなくなってしまう。
――俺はどうしたいんだ?――
思考の迷路に入り込んでしまった雄馬の耳に女の声が飛び込んできた。
「正義とはこうした時に使う言葉にあらず。役割りもまた相応しからず。
しかし大勢を謀る巨悪を挫くには、高き誇りと清き信念がより合わされた使命感に準ずる他ない」
隣に腰掛ける貴美が背筋をしゃんと伸ばしたまま淀みなく言い放つ。
「ははは。言うねぇ」
「より合わされた使命感ね。なるほど違いない」
貴美の泰然とした言葉と姿勢に北野と板井は楽しげに笑い、雄馬を追い詰めるようだった圧力を一気に和らげてくれた。
雄馬はこれをチャンスだと捉える。
「もし、もしよければお二人のお力をお貸し願えませんか? 僕にはオカルトな知識はないし、お二人より踏み込み方が下手なようにも思います。お気付きだと思いますが、僕が突っ込みたいのはもっと深い所です。それには多分お二人のお力が必要なのだと思います。協力していただけないでしょうか」
「僕は構わないよ。嫁と子供とは別居状態に近いし、子供も働いているからね。
ただ、イタちゃんはどうかな……」
手をついて頭を下げようかという雄馬を差し置いて北野は受け入れる発言をしてくれたが、板井を気遣うように振り向いた。
そこには腕組みをして判断が付き兼ねている板井がいた。
「うん。……北野さんごめん。高田君もな。ちょっとだけ考えさせて欲しい。うち、上の子が四歳やし下の子はまだ腹の中やねん。
ちょっと即答でけへんわ。ごめん」
「ああ、それは、無理強いはできませんから」
腕組みを解いて北野に頭を下げ雄馬にも詫びた板井に、雄馬も頭を下げて突然の誘いを詫びた。
そもそもここに来たのは鯨井医師から回ってきたヒントを解き明かすためだったので、話の流れで彼らを仲間に引き込む準備も心構えもなかったことだ。
「そういう意味では僕も少しだけ時間が欲しいかな。イタちゃんとやってる仕事を片付けないといけないしね。高田君の予定だけ教えておいてくれない? 僕らの準備が整ったらどこかで合流するから」
まるで板井も協力するような北野の言い方に板井が笑ったが、その笑い方に雄馬も板井が協力してくれそうな予感があったのでスルーしておく。
「ありがとうございます。
とりあえず大阪であと二件寄る所がありますんで、それが片付いたら伊丹に立ち寄って、政府と自衛隊の動向次第で次の行き先を決める感じですね」
「なるほど。分かりました」
しっかりと北野を見据えて答えたからか、北野は納得した様子でテーブルの資料を閉じた。
「よろしくお願いします」
雄馬はソファーに座ったままだったが、深く頭を下げた。




