本音 ③
先程より奥野の態度が和らいだのを見て智明は話の続きを進めることにした。三輪の真偽を見極めるような鋭い視線に気付いたからだ。
「……この前の戦闘、どこかおかしいとこがあったよね?
こっち側じゃなくて、攻めてきた方ね」
「そうね」
智明が促すと、川崎と奥野が思い出そうとする前に三輪が相槌を打った。
「自衛隊とやらかすって聞いてたのに、私達が撃ち合ったのは自衛隊じゃなかったわ。それに少数精鋭な感じだったし、空を飛んだり武器も鉄砲じゃなかったわね」
すらすらと当時の違和感を並べ立てた三輪の言葉を受け、奥野が「あっ」と声を漏らした。何かを思い出したようだ。
「最後らへんなんか、自衛隊の大砲が撃ち込まれて逃げていった感じもありましたよね」
「あれはWSSじゃ」
三輪と奥野の振り返りに智明が答える前に、川崎があっさりと断定してしまったので、三輪と奥野から驚きの声が上がった。
「ウエッサイ?」
「なんで?」
「何がどうなったんかはワシにも分からん。ほやけどあそこに本田鉄郎がおった。実際にやり合ったワシが言うんやから間違いない」
奥野を見てすぐに三輪を見た川崎が『詳しくはキングから』と言わんばかりに智明を見た。
「川崎さんから報告を受けて、俺の中で色々繋がったから情報解禁する運びになったんだけど。
たぶんウエッサイを連れてきたのは、俺らの幼馴染みの真だ。
俺が真に力を見せびらかしたり、からかったのがキッカケになって俺への恨みというか怒りみたいのを感じたらしい。
真は少し前からウエッサイのたまり場なんかに入り浸ってたみたいだから、その流れで俺に復讐したいとか言って泣きついたんだろうな」
智明の手に重ねられていた優里の手に力が込められ、優里に振り向いたことで智明の言葉が途切れる。
「ほんで空中で一騎打ちになっちょったんか」
当時、川崎がどこに居たのか智明は詳しく知らないが、WSSと戦い自衛隊の砲撃が始まった状況でよく周りを見ているものだなと思う。
「そう、あれが真だよ。
あとこれはどんな繋がりか分からないんだけど、修験者の女の子が、居たよね?
彼女は別口で俺を始末に来た刺客だって話もある」
智明の付け足しに幹部たちから驚きの声が上がった。
海外のアクション映画や陰謀劇などでは馴染みのある言葉だが、日常生活で『刺客』という言葉は聞かないし使わないからだろう。
智明もこんなに早く刺客が送り込まれるとは想像していなかった。
「マジっすか?」
「マンガみたい」
「なんや変な方に危険度が上がっとんな」
口々に感じたことを呟く幹部たちの反応は智明の予想のうちだったが、彼らより優里の反応が気になった。
刺客として侵入した修験者藤島貴美は、優里と一線交えた痕跡があったし、貴美からは真に関する口論から戦闘に至ったと聞いているから、今優里がその場面をどう捉えているか気になる。
「俺も最初は『マンガかよ』って思ったけどね。
でも『ユズリハの会』の決起の演説中で独立を口にした時から、いつかはそんなのも有り得るとは思ってたけど、さすがに早すぎるから焦ったよ。
さすがにどこの誰が差し向けたのかまでは教えてくれなかったけど、それはまあそうだよね」
強張ったり少し震えたりする優里の手を握りながら、なるべく平静を装って智明が打ち明けると、川崎が少し身を乗り出して問うた。
「ほやのに逃がした。なへな?」
幹部たちの視線が智明に集まり、直球の質問に智明は言葉に詰まる。
いくつか理由はあるが、受け入れられるかの不安があるし、何より優里がどう思うかが気になった。
一旦お茶を飲み、優里の方を見る。
「……うん」
視点を揺らしながら何度かの瞬きのあとに優里が一つ頷きかけてくれたので、智明は顔を幹部たちに向け直して川崎の問いに答える。
「今更なことだけど、俺は真に謝罪しなきゃなって気持ちがある。それを彼女が伝えてくれればというのがあるよ。
もう一つ。
俺を始末しようとか、この運動を邪魔しようとした連中が、俺たちの実態を知ったあとにどんな対処をしようとするか見なきゃなって思った」
「それをうちの頭に調べさせてるんすか?」
「いや、違う」
話の切れ目に差し込まれた奥野の追求を即座に否定し、続ける。
「刺客が来るなら、独立云々が政治家に伝わってからだろうなって思ってたから、彼女が現れた時には別の要件で新宮を離れていた山場さんには指示しようがないよ。
さすがにこの席でも山場さんに頼んだ内容は話せないけどね」
手を振って山場俊一とのやり取りを話した智明に対し、奥野は不満な顔ながらも黙ってくれた。
「幼馴染み君に謝ってどうするつもり?」
と、今度は三輪。
「どうするつもり、か……。
アイツ次第だけど、仲間に加わってくれたらなって思うけど、どうなるか分からないな。
キミちゃん――ああ、修験者の女の子だけど、彼女が上手く立ち回ってくれればなぁって感じだね。
上手く行けばウエッサイも引き込めるかもって思ってるけど、まあさすがにそこまで上手くいかないかな」
「おいおい……」
迷いながらも素直な今の気持ちを話した智明に、すぐ川崎から嗜める声がかかった。
智明自身も突拍子のない構想を口にした自覚はあるので、川崎たちの当然の反応に驚きはしない。
「これね、川崎さんは分かると思うんだけど、真もウエッサイもHDをかましてたんだよね。
これかなり危険だなとも思うんだよ。
川崎さんからホンダさんの人となりを聞いたから余計になんだけど、俺たちはこういう人間を超越した力をなるべく一箇所に集めて、ノーマルな人との境を作って分断したい方向なんだよね。
でもホンダさんはどう考えてるんだろうって思うわけ。
俺らをどうにかしたあと、ウエッサイは何をするつもりだろう? 俺たちとは別のやり方で俺たちと似た事をやるんじゃないかな。
川崎さんと山場さんを誘う時に、ホンダさんと洲本走連のスズキさんの考えを調べたことがあったんだけど、二人ともすごくガードが硬かったんだよね。
そのへんから考えても、放ったらかしにできない集団だと思うんだよ」
智明が話している間に川崎と三輪の間で何かを確かめ合うようなやり取りがあったが、構わずに最後まで言い切った。
そんなことよりも智明の手に重ねられていた優里の手の力が緩められていることのほうが重要だった。
また真を含めた三人セットで過ごせそうだという喜びや、優里の希望に沿って智明が方向性を示したことが嬉しかったんだろう。
「本田なら有り得る」
「でもこっち側に同調してくれるかしら。あの子、誰かの下につくタイプじゃないわよ?」
「同感です。おまけに用心深くて執念深い。そうじゃなきゃクルキとアワボーを相手取って最大規模のチームを維持してられないだろうし、スモソーと繋がってたりしないでしょう」
幹部三人の評価に納得しながらも智明はもう一段上のことを打ち明ける。
「だから引き込みたいんだよね。
考えてみてよ。この前の自衛隊は陸上自衛隊だったでしょ? それも煙幕しか使ってない小手調べだったよね。
となると今度は実弾装備で歩兵が突入してくる。
地形的や陣地的にそんなにポンポン迫撃砲は撃てないはずだし、戦車や装甲車も投入できない。
しかもこっちの都合もあって会談って名目でこっちの腹のうちを見られてる。
そんな本気の陸自を打ち負かしちゃったらどうなるかな。
その次の手段は、陸・海・空の合同で多角的な攻撃をしつつ、こっちの物量を上回る絶対勝利の布陣で囲まれる。
そんなのに百人で対することになるのと、策士を加えた二百人強では、どちらが有利だろう?
それに目的が達成されるならより有能な人間がトップに立つ方が良いに決まってる」
「んなアホなことあっかえ!」
智明が言い切る前に川崎が食い気味に否定した。
肩を怒らせ威圧するように前のめりで睨んでくる。
「目的ハッキリさせて、組織の名前決めて、もう一山乗り越えましょう言うてるモンが首謀者の席を変わるようなことぬかすな!
ほれはお前の逃げやしワシらへの侮辱じゃ! 手駒や盾より下に見とる!
口に気ぃつけんとホンマモンの仲間までおらんようなっぞ!」
淡路弁で早口にまくし立てた川崎を、三輪が「どうどうどう」と窘めてはいるが、それは川崎をこれ以上興奮させないためだけで彼女の目は智明をハッキリと非難していた。
「ごめん。そういう意味じゃないよ。
でも有能な人材と組織化された人員が欲しいのは本当だよ。
現状、川崎さんにアレコレ丸投げしているのを、もっと適材適所で振り分けたいし、振り分けなきゃいけないってなって幹部会を設けたんだし。
そこにホンダさんくらいの人材が加わってくれるなら助かるよねって話だよ。
ゆくゆくは俺らみたいな力だけの存在は、組織や運動の象徴程度に追いやられても仕方ないとも思うしね。
言葉足らずだったね、ごめん」
なんとかその場しのぎの説明をつけて智明はあっさりと頭を下げた。
川崎が怒った内容はもっともなことだし、智明の経験不足や勉強不足から出た逃げのニュアンスであったことは誤魔化せない。しかしその程度の子供の理屈を言ってしまう智明のようなトップは、有能な者に追いやられたり交代させられたりするのも世の常だ。
そのタイミングのようなものを智明から言い出してはいけないと捉える。
「……まあ、ええわ。独立をやってまうんに組織の拡大は必要なんは間違いない。その候補が見知っとるウエッサイとスモソーなんは百歩譲って与しやすいとしとこう。
ほやけどほこから先は勧誘も招聘も策がのうなってまう。先行きが厳しいんは一緒やろ」
三輪になだめられて落ち着いたのか、三輪の太ももに合図がてら手を乗せたまま川崎が追求を続ける。
このあたりに智明と川崎の一番最初の取り引きが効いていると思える。
不安げに智明を覗き込む優里の視線を尻目に答える。
「その先はこの前の陸自との会談でヒントがあったよ」
智明が余裕たっぷりに笑みを浮かべると、三輪が太ももに置かれたままの川崎の手をそっとどかした。
片眉をあげて拗ねた川崎はお茶を飲んで誤魔化した。
今話にて第8章の区切りとなります。
次話より第9章へと移ってまいります。
引き続き、お楽しみいただけると嬉しいです。
またブックマークや評価、イイネや感想などいただけると、モチベーション維持になりますので、どしどしお寄せくださいませ(^_^)




