本音 ②
※
「ごっそさん!」
「ごちそうさまです」
明里新宮本宮三階のダイニングで、川崎実はテーブルに手を付いて深々と頭を下げ、同時に奥野大樹も軽く頭を下げて唱和した。
「美味かった! ごちそうさま」
少し遅れる形で智明も両手を合わせて感想を述べ、空になったカレー皿とサラダボウルを重ねてキッチンへ運ぶためにチェアーから立った。
「お粗末様」
「モア、ありがと」
優里も智明を追うようにして器を重ねてキッチンへ向かうと、同じ様に立ち上がった三輪和美が川崎と奥野を睨んだ。
すっかりリラックスモードの二人は「腹いっぱいや」「手料理っていいっすね」などと腹をさすりながら談笑している。
「こぉら! 亭主関白気取ってないで動く! 私らは嫁じゃないのよ」
「ああ! すいません!」
「食いすぎて動かれへんねん」
三輪の叱責に奥野はすぐ謝って立ち上がったが、川崎は子供のように口を尖らせて甘えた言い訳を始めた。
「そんなのだから結婚できないのよ」
「なぬ!?」
「まあまあまあ」
三輪の指摘は川崎の痛い所だったらしく、川崎はチェアーから体を起こして眉を潜めた。同じバイクチーム出身という馴れ合いだとは思ったが、智明はキッチンとダイニングを仕切るカウンター越しに仲裁の言葉を投げておく。
「……キングがやっているんだから、室長もセルフでしょ」
「へいへい」
三輪の横を通り過ぎた奥野が川崎に目配せしたのがダメ押しになったのか、智明を引き合いに出した三輪の言葉に従って川崎も席を立つ。
揉めることなく収まったのを見届け、ようやく智明は器を洗っている優里の隣に立つ。
「こっちはやっとくよ。飲み物の方を頼むよ」
「そうやね。ありがと」
「奥野さん、三輪さん。後はいいよ、くつろいでてよ。川崎さんもね」
順々に運ばれてきた器を受け取り、彼らと川崎にソファーを勧めておく。
優里がグラスや氷を準備してくれる隣りで、智明は淡々と食器類を洗っていく。
幹部会の休憩中に湧き上がった智明たちと川崎ら幹部との情報共有の不備を補うため、閉会後に風呂などの身支度を整えた後に本宮に再集合した川崎らに食事を振る舞い、これからの時間は智明の隠していた情報を開示する時間になる。
何もかもを整理しきれていないのだが、資金難で夜逃げする経営者のようなことはしたくないし、川崎や奥野を騙したままではこの先立ち行かないのは目に見えている。
どこまで包み隠さず話せるか、その後の質疑にどれだけ理路整然と答えられるかが大事になってくる。
「持っていくな」
「ああ、うん」
智明が食器を洗い終えるより先に優里の支度が終わったようで、トレイを持った優里が一声かけてソファーの方へと歩んでいく。
ほどなく智明も食器を洗い終わり、手を洗って壁掛けタオルで水滴を拭ってリビングへ向かう。
「……さて、遅くまで申し訳ない。なるべく短く終わらせるから、少しだけ付き合って下さい」
優里の隣りに腰掛けた智明は、思い思いの位置に腰掛けた幹部三人それぞれに目を向けながら切り出し、最後に優里を見た。
この会が始まるまでに優里にはことの成り行きを告げていたので、改めて同意を得る意味で目を向けたのだが、優里からはやや躊躇うような小さな頷きが返ってきただけだった。
「ワミは事の経緯を知らんかったな? キングが独立を言い出したんはワシの提案もあんねやろうけど、ほれだけやないゆー話でええんけ?」
「そういう話なわけ?」
「まあ、そういう話だね」
川崎が三輪にあらましを説明する中で、あっさりと独立運動が川崎の発案であることを明かしたので智明は即答でそれを認めた。
恐らく智明が話しやすくなるようにするためと、三輪や奥野が『巻き込まれた』と感じないように先回りをしたのだろう。
智明への助け舟であり川崎の自己防衛というところか。
「川崎さんと山場さんをスカウトして、淡路暴走団と空留橘頭を味方につけようとしたのは事実で、そのお題目に淡路島の独立を掲げた経緯は川崎さんの提案に間違いないよ。
けど、その裏に頭数が必要になるキッカケがあったのは話してないから、話さなきゃねって話なんだ」
智明の前置きに三輪と奥野はなんとも微妙な表情で視線を泳がせたが、無理もない。
どんなに『巻き込んでいない』という言い回しをしても通らない状態にいるし、年下の上役が自生論めいた思い出話を始めても興味を持てるはずがない。
それでも川崎は智明に『打ち明けなさい』と迫ったのだから、何かしらの意味や意義、もしくは落としどころが見えていると信じる。
「……えっと、どこから話したものかって感じなんだけど。
まぁよくある『ある日突然不思議な力を手に入れた』っていう物語みたいな感じで、いきなり気分が悪くなってぶっ倒れて意識が戻ったら超能力のような力が身に付いてた。
で、まあガキだから気が大きくなって幼馴染みに見せびらかしたりしちゃったわけで――」
自らの愚かしい行いに恥ずかしくなった智明の声が小さくなった所へ、三輪の声が飛び込んでくる。
「えっと、マコト君だっけ?」
「そう。私とモアとコトは三人セットやったんです」
「うん。その流れでリリーを連れ出してこの新皇居に忍び込んで、勝手に明里新宮とか呼んじゃってるのが現状かな」
三輪の確認にすぐさま応じた優里を追認する形で、智明は警察の追求や機動隊の突入などの一幕を端折って強引に結んだ。
子供じみた武勇伝を語る席ではないからだ。
「それから俺たちが合流した、って感じなんですか?」
一人だけ離れて座っている奥野が問うた。
「そうだね。
川崎さんや山場さんに声を掛けたのは少し前だけど、独立とかそういう流れが本筋になったのは皆に集まってもらったあたりからだね」
しっかりと目線を向けて答えると、奥野は納得したのか二度三度首を縦に揺らした。
と、三輪が割って入る。
「それは流れだけよね? 幼馴染みがどうとか独立がどうって話に繋がらないんじゃない?」
詰問するような鋭い指摘に、窘めようとして川崎が三輪の方に手を伸ばすが、三輪はやんわりとその手を払った。
「それはこれから話すよ」
三輪の指摘の鋭さと川崎のいなされ具合に苦笑いしてから、智明は表情を真剣なものに正して続ける。
「正直、淡路島の独立っていうのは半分くらい方便とか、表向きの目標に近い。
変に強い力が手に入って活用の仕方が分からなくて、でも人を集めなくちゃならなくなって、そうなると目的や目標やゴールを決めなきゃならなかったって感じだね。
もちろん、皆の前でやった演説で口にした理由は本心だし、独立運動は本気だよ。じゃないと大勢に武器を配って自衛隊と撃ち合えなんて言えないし、そんなド派手なことをした後の始末は俺なんかじゃ背負えない」
智明の言い訳にも似た理屈に、川崎は腕組みをして大きな鼻息を逃がし、三輪も体を引いてソファーにもたれた。
奥野は視線を手元に落として爪の垢をほじるようにしている。
「……結局、人を集めた理由はなんなんや?」
川崎は進まない話に焦れたのか、ぎょろりと目をむくようにして智明を睨みながら問うてきた。
智明は一旦川崎の視線から逃げるようにしてお茶を飲み、小さく深呼吸をしてから答える。
「……まだ力の制御が出来なかった頃に、俺は人を殺してしまった。
訳の分からないうちに巻き込んでしまった人数も含めたら、十人や二十人どころじゃない。
俺にはそういう無駄にデカイ力がある。でもだから無闇に使えないし、めちゃめちゃ上手に使っていかないとすぐにガス欠になる。
つまり、どんなに強力な鉄砲を手に入れても、手元にある弾を撃ち尽くしたら、そこでおしまいって分かったんだよ」
お茶を飲んだばかりなのに智明の声はかすれ、なんとか絞り出すようにして言い切った。
知らず知らずのうちに下がっていった視線は膝に置いた手元を見ていて、そっと優里の手が重ねられたのが分かって振り向くと、優里が気遣うように体を寄せてくれた。
優里のお陰で上向いた視線には幹部たちの様子も映り、川崎は渋い表情で俯き三輪は嫌悪をこめて顔をしかめていた。
ただ一人、奥野は不機嫌に智明を睨み返してくる。
「俺らを盾にするってことっすか」
疑問系ではなく語尾が尻下がりなことから、智明を突き放すような印象がする。
「……それは違う。そんなつもりはないよ。 機動隊を何度も追い返したら自衛隊が出てくるって分かってたけど、その辺の物理攻撃を無効化する自信はあるし、対応もできてた。
けど、この先生き延びて主張とかやっていくための頭脳とか仲間が必要だって思ったんだよ。
そんなの、数百人単位で送り込まれる機動隊を見たら、誰だって思い付くことだと思う」
「そんなの、頭も力もなくて友達のいない奴の逃げ方だよ」
吐き捨てるようにして顔を背けた奥野だが、厳しい視線だけは智明からは外していない。山場と組んでバイクチームを切り盛りしていた矜持が垣間見えた気がする。
もっとも奥野の言葉は粗雑だったが、智明には図星で瞬間的に喉の奥が詰まる感覚に襲われる。自分に足りないものを成長で補わずに他所から持ってきてあてがうのは、『弱さ』そのものだと自覚しているからだ。
「人数とか人集めとかの一面だけを見てもしゃーないで。ほら、政治家の選挙と一緒や。当選するために協力者や票を集めるけどやな、結局大きな目標は政治と金やんけ。なんじゃかんじゃの改革とか改善と生きてくための金のどっちが大きいかっちゅーのと、仲間や支援者を集めるっちゅーのは別世界で、一括りにでけへんやろ。徒党を組んどるワシらもバイク中心やったねぇかれ」
智明を助けるためか奥野を繋ぎ止めるためか、川崎は腕組みを解いて身を乗り出し「ちゃうか?」と川崎は奥野に問いただした。
「そりゃそうですけどね。俺はただ利用されたり使われるだけじゃやってられませんよってだけです。クルキは臆病で陰気なんでね、他人に陥れられたり騙されるってのに敏感なんすよ」
川崎の圧をいなすように背筋を伸ばした奥野は、シャツの襟元を整えながら自嘲気味に笑う。
その様を見て、智明は山場から打ち明けられた空留橘頭の結成前夜を思い出し、幹部会序盤の確執にも納得がいった。
彼らの中にある『裏切られた過去』はこれほどまでに『口先だけの同調を許さない』ということだ。
「山場さんからそのへんは聞いてるよ。だからこそのこういう場を持ったし、話さなきゃいけないことがある」




