迷い道 ②
※
「どういうことっすか!」
自分に割り当てられた個室で寝床を作っていた真の耳に、怒鳴り声が飛び込んできたのでそちらの方を向くと、倉庫入口にあるプレハブ小屋の前にジンベの姿があった。
「落ち着けよ。リーダーはお前のためを思ってそう決めたんだよー」
「それは嬉しいけど、仲間はずれっすやん! 俺はメンバーちゃうんスカ!?」
WSSの実質ナンバー2である瀬名に食ってかかるジンベに歩み寄ろうとした真を、両側から伸びてきた手に引き止められる。
「田尻さん? 紀夫さん? なんで?」
真の右手に組み付いた田尻を見、真の胸から首元を腕で押さえつけてくる紀夫に問うた。
「お前がしゃしゃり出るとこじゃない」
「ジンベは仲間で友達だから、あれでいいんだ。余計なことすんな」
二人に体を回転させられ個室に戻るように促される間も、ジンベの抗議の声と瀬名の説得は続いていた。
他のメンバーも誰一人としてこの騒ぎに関わろうとしていない。
これが学校や道端なら『我関せずを決め込んだ冷たい人達』と思ってしまうが、この倉庫の中にいるのはバイクチームWSSと洲本走連のメンバー達だ。揉め事や騒動を見て見ぬふりするような人達ではないはずだ。
「でも、ホントにそれでいいんですか?」
真は尚も食い下がったが、田尻と紀夫は頑として揺らがない。
「アイツは家業を継ぐことが決まってる。もう遊んでちゃいけないんだよ」
「それも何年後かに独立が決まってる社長だからな。俺らと関わってたくらいなら世間は目をつぶってくれるだろうけど、自衛隊に混じって違法なナノマシンぶっ込んで暴れるとか、ツブシが効かないんだ。全部アイツのためなんだよ。
お前もこの意味くらい分かるだろ」
田尻と紀夫の説明はもっともで、真も納得せざるを得なかった。
一応「はい」と応じはしたが、昨日ファミリーレストランで垣間見たジンベのチーム愛を思い返すと、瀬名に詰め寄るジンベの気持ちが痛いほど分かるので、どうにかならないものだろうかと考えてしまう。
「分かったなら自分の仕事を済ましちまえ。あっちはあっちで瀬名さんがやるんだから」
「……分かりました」
紀夫のダメ押しに抗う言葉が見つからず、真は不承不承ながら元の作業に戻る。
WSSのリーダー本田鉄郎が手配した広大な倉庫には、人の背丈よりも少し高い間仕切りがたくさん立てられ、百名を超えるメンバー達が寝起きするための個室が出来上がっていた。しかし寝起きするための寝床はその個室を使う者が準備しなければならず、田尻たち同様一番最後に倉庫へとやって来た真自身が簡易ベッドの組み立てなどをしなければならない。
「よお。どない? 順調か?」
真の個室に顔を出して声をかけてきたのはポンタだ。
「後は真の部屋だけだ」
「すんません。もうすぐ終わるっす」
小柄ながら角刈りで派手なアクセサリーを身に着けたポンタの厳しい見た目に、どうも真は萎縮してしまう。
紀夫の金髪は陽気なキャラクターのせいで気にならないし、田尻のスキンヘッドもイカツイが兄貴のように面倒見が良いので怖くはない。
『もしかして関西弁だからか?』と愚にもつかない考えまでよぎってしまう。
「かまへんかまへん。それより晩飯はカレーやからな。人数が多いから手が空いたら手伝ってくれな」
「あ、はい。もちろん、てか自分らで作るんすか?」
勢いで了承したすぐ後で『手伝う』のワードに引っかかって問い返してしまった。
ポンタは右肩を傾がせながら小さく左足を浮かせてずっこけたような動作をして答える。
「とっとっと。変なノリツッコミすんなや。『分かりました』の後に『作るんですか?』って分かってへんやないか」
「すんません。まさか自分達で作らなきゃとは思ってなかったんです」
気を付けの姿勢から深々と頭を下げた真を田尻と紀夫が笑い、説明してくれた。
「真は知らなくても仕方ねーよな」
「ウチはボーイスカウト経験者が多いから、なんかある度に集まってバーベキューとかキャンプ料理作ってんだよ」
「て言うてもカレーとか焼きそばとか、豚汁大量とかやけどな。紀夫が一人暮らし出来とるんはウチで料理覚えたからやからな」
最後にはポンタも笑顔で意外な事実を話してくれ、紀夫と「余計なこと言うな」と小競り合いを始めている。
「ほれ、今のうちにやってしまえよ」
「あ、はい」
真はもうしばらく紀夫とポンタのやり取りで笑っていたかったが、田尻に急かされたので慌てて作業を再開したが、遠くから真と田尻と紀夫を呼ぶ声がした。
「テツオさんが呼んどるわ」
「何だろうな?」
「おい、行くぞ」
ポンタが怪訝な顔で真らに告げ、田尻と紀夫は一気に真面目な顔になり真を連れて個室から倉庫入り口のプレバブ小屋へと向かった。
その途中で入り口から外へと出て行くジンベの後ろ姿が見えたが、真が声を掛けられる隙きはなかった。
「ちょっとコッチ入ってくれなー」
ジンベを見送るようにしていた瀬名が真たちに気付いて振り返ると、有無を言わさずにプレハブ小屋へ入るように促してき、戸惑っている三人を急かすように背中や腰を押してくる。
「なんすか? なんすか?」
「アレ?」
瀬名の態度に疑問を感じた田尻は理由を問うたが答えてもらえず、代わって紀夫が小屋の中にテツオの姿を認めて声を裏返らせた。
『なんで瀬名さんがジンベに説明してたの?』と言いたげにテツオと瀬名を交互に見る紀夫。
紀夫の疑問に答えるようにテツオが口を開いた。
「騒がしくして済まなかったな。
ジンベにHDを与えられない理由はお前らなら分かってくれるはずだから、そこについては言い訳はしないぞ。
俺が説得しちまうとアイツの逃げ道を完全に塞いじまうことになるし、勢い余ってチームを抜けるとか言い出しかねないからな。
瀬名でワンクッション置いてガス抜きしとかないとな」
珍しく沈痛な面持ちで話すテツオに、真はおろか田尻や紀夫も何も言い返せない。
「正直、ジンベをチームから遠ざけるつもりはないし、ジンベの立ち位置もちゃんと考えてはあるんだよ。
ただいきなり言うとアイツの場合は『先鋒やらせろ』って駄々こねるからな。
瀬名に丸め込んでもらっとかないとな」
テツオが何かしらジンベの処遇を考えていることは分かったので、真らは安堵したのだが、瀬名の「嫌な役目はいつも俺だよ」の一言に苦笑するしかなかった。
「チームとか組織ってのはな、バイクと同じでエンジンだけでもハンドルだけでも動かないんだ。
お前みたいな潤滑油が居ないと成立しないんだよ」
瀬名に向けて投げかけられたテツオの名言めいた言葉に、真だけでなく田尻と紀夫からも感嘆の声がもれた。
が、瀬名からは呆れの色が混ざった溜め息が聞こえた。
「それ、先代の言葉だろー。自分で思い付いたみたいに言っちゃダメだぞー」
「ウチのチームの大前提はコレなんだからいいだろ。
ガソリン、チェーン、配線コード、ブレーキホース……。
必ずどこかとどこかが繋がって、関わり合って、全員で一つのチームってのは大事なことじゃないか。
だからジンベの立ち位置とか役割りも考えてあるんだし」
「そりゃそうだけどなー」
こともなげに流れていく会話を聞きながら、真は人知れず胸の内の震えを我慢していた。
テツオが語った『先代の言葉』は、恐らく真の兄である清がWSSに残した言葉だろう。
両親や姉心に心配ばかりかけていたであろう清が、そうした言葉をテツオに残し、そしてテツオが正しく理解して受け継いでいることが嬉しくて感動がやまない。
今朝の清との話では、真が憧れているテツオは清に憧れていたらしいが、兄の打ち立てたチームの精神をテツオから聞けたというのは、さらに感慨深く思う。
「――雑談はここまでにしよう。
お前たちを最後に呼んだのにはちょっとだけ理由と事情があるんだよ」
やり取りが落ち着いたところでテツオが切り出し、全員の顔に真剣さが戻る。
「どういうことっすか」
紀夫が問うとテツオは事務椅子の背もたれにもたれて、金属の擦れる音を立てながら答えた。
「俺達五人がインストールしたHDはな、どうやら市販前のベータテスト版らしいんだよ。
だから、今回他のメンバーがインストールする『タネ』とは仕様が違うらしいんだな」
「へえ。どう違うんですか?」
「言ってしまえばテスト版と最終テスト版って感じだな。
テスト版は試験や実験を繰り返しても初期値に戻せるようになってる。つまり調整し直せるように遊びやムラをあえて残してあるんだな。
反対に最終テスト版は、最終ってくらいだから設定や効果がガチガチに固まってて、遊びが少ない」
テツオから返答をもらった田尻だが、理解が及ばないのかハテナ顔を浮かべたので瀬名が補足した。
「自作パソコンとスマホの違いだと思えば簡単だろー。
スマホは初期化しても出荷時の初期状態に戻るだけだけど、パソコンは初期化どころかOSまで消せるだろー?
まっさらにしてしまえばゼロから組み替えられる」
「なるほど」
言葉では理解したように見せたが、田尻の顔は未だに『ハテナ』のままだ。
「ええっとな、琵琶湖で真が貴美と模擬戦やっただろ?
あの時に地図アプリやジャイロとか高度計とか、色んなアプリと連携させてたろ。
最終テスト版はそういうのがやりにくいらしいんだ」
「なるほど!」
テツオの補足の補足でようやく田尻も紀夫も理解できたようで、今度は顔も声も晴れやかだ。
「そっか。あれってベータテストだから出来たことなんすね」
日頃のゲーム脳から閃いた思い付き程度だったが、真の発想がHDの仕様と相まって効果的に働いたというのは偶然であったとしても少し誇らしい気分になる。
「とも言えるし、真の柔軟な発想があったから生まれたし活きたカスタマイズとも言えるな。
なんにしても俺らは二日間寝たきりっていう業を乗り越えたんだからな。寝たきりにならなくていい最終テスト組より、ちょっとくらいメリットがないと泣くに泣けねーよ」
テツオに褒められて更に喜びが増した真だったが、続いた言葉に引っかかりを覚える。
「え、最終テスト版は体を動かせるんですか?」
真たちがHD化を行った際は、篠崎と木村の説明通りに立つことすらままならなくなり、テツオが手配してくれたホテルで二日間の寝たきり要介護生活を送らなければならなかった。
大して親しくもない篠崎や木村やフランソワーズ=モリシャンに下の世話をしてもらうなど、思春期の少年たちにとってはトラウマレベルの恥辱を経験し、思い出すだけで後ろ暗い気持ちになる。
「ああ。さすがにスポーツとか出来ないけどな。立ったり歩いたり日常生活なら問題ないらしい。細かい調整が出来ないぶん、そのくらいの弊害じゃないと市販出来ないだろ?」
テツオのド正論に全員が「確かに」と頷いた。
H・Bもそうだったが、『タネ』を取り込んでから何日も寝たきりになってしまい学校や仕事に向かえないなどという弊害があると、市販する商品として相応しくない。
日常生活を便利にしたり快適にしたり、使用前より良くなる要素があってこその市販品でなければ、世間には認知もされず受け入れられることはないだろう。
「で、だ。 篠崎さんと木村さんによると、今現在の俺達の使用状況というのを確認できるらしくてな。
そこから俺達一人ひとりに合った調整が可能だって言ってきてるんだよ」
テツオが切り出した本題に、田尻が「またアイツらか」とうんざりした声を出した。
真も事あるごとに接触してくる篠崎と木村に、田尻と似たような印象が生まれているので、声には出さなかったが顔を引つらせてしまった。
「そんな顔しないでくれよ。大阪でも言ったように俺達は実験動物なんだ。今までも、今回もタダで調整とか検査をやってくれるんだから、良いように利用すればいいんだよ」
「今度こそ顔を合わすのは最後だって言ってたしなー」
テツオだけでなく瀬名からも受け入れるように促され、真と田尻は渋々了承の旨を示した。
「またあの二人に合わなきゃいけないってだけの話なんすか?」
ただ一人、紀夫だけは篠崎や木村に対してマイナスな感情がないのか、こともなげに話の続きを求めていく。
「いや、要はそういう調節が出来るんなら、どういう方向に変化させたいかを考えてみてくれって事なんだよ。
つまりゲームなんかでキャラクター作った時に、基礎能力のポイントを持ってるスキルに振り分け出来たりするだろ? そういうのをあらかじめ決めておく方が楽だと思うからな」
主にRPGやスポーツゲームに多い仕様なのだが、基本能力にポイントを振り分けて加算することでキャラクターの特性やタイプを方向付けられるものがある。
さすがに生身の人間の能力をこうした数値化することは不可能だが、篠崎と木村は調節が効くと言っている。
「面白そうっすね」
また田尻が嫌そうな顔をしたが、真は少し楽しそうだと感じて明るい声を出した。
もともと真はゲームが好きだし、自分の体をゲームのキャラクターの様に成長させるというのは、筋力トレーニングやプラクティスよりも手軽に感じるし、単純な数値の変動ではなく体験や体感として現実になるのだから、こうした遊び心のような仕掛けには興味が湧いてくるのだ。
「お前のそういうとこ、好きだぜ」
紀夫は大きな表情の変化を見せていないが、テツオは田尻のしかめ面よりも真の期待感に溢れた顔を気に入ってくれたようだ。
「こういうゲームっぽいのは好きなんですよ」
「何事にも前向きってのは大事だな。
まあ、滋賀で大尉と力比べした時のことを思い出して、一晩考えてみてくれ。
バイクイジリもそうだけど、出来ることをギリギリまで突き詰めるってのは回り回って自分のためになることだからな」
嬉しそうに笑う真の返事を受けつつ、テツオは田尻と紀夫に努力を促す言葉をかけて話を締めくくった。
――やれることをやっておく。そしたら、この前みたいな事にはならないよな――
真の頭の中に昨日の智明との戦いの場面が蘇り、テツオの言葉を借りて気を引き締め直した。
目的の一つであった鬼頭優里の奪還に成功した。
意識が戻らなかったので病院に運び込み、一夜明けても連絡がないということはまだ智明に取り戻されていないということだろう。
その代わり、新皇居で藤島貴美とはぐれたままになっていることが気になっていて、ともすれば貴美が智明の手に落ちたのではないかという不安さえよぎる。
今の真は、智明打倒を成す事でしかこの不安は消えないと考えてしまう。




