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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第八章 嗅覚と勘
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幹部会 ③

 ようやく幹部会を始められる状態になったと判断し、智明は川崎に進行を促すと、川崎は手元に準備していた冊子を各席に回るように配ってから口を開いた。


「……まず最初はHD(ハーディー)の導入と進捗についてやねんけど、今日の昼の時点では順調やと思う。明日にも訓練は行えると踏んどる」


 さすがに企業の取締役を経験しているだけあり、ホッチキスで左肩が留められた冊子は複数枚のページ数がある。


「一枚めくってもらうと、明日からの予定っちゅーことで見回りの交代に合わせて午後からHDの説明をやっていくつもりじゃ。『種』を配った時の説明とダブってまうとこもあるやろうけど、実際に効果が出てからのほが理解とか使い方が分かりやすい思うよってん、各組長から前フリしといてもうたら助かる」


 淡路暴走団のメンバーは社会人経験者が多いためかこうした会議にもシャンとした姿勢を保っているが、空留橘頭の面々はやや居心地悪そうにしている。


 智明も正直ムズムズする億劫さはあるのだが、この会では一番キチンとしていなければならない立場なので我慢しておく。


「――ちゅー感じで訓練まで進めていく予定になっとる。

 キング、これで問題ないけ?」


 印刷された予定表に若干の注釈を付け加えた川崎の説明が終わると、川崎から智明へ確認の言葉が飛んだ。


「ん、大丈夫。

 先んじて川崎さんと山場さんにHDの効果を試してもらったんだけど、言葉で感じるよりもかなり人間離れするから、こうした説明をしてから実際に体を動かすのは大事だと思う。

 筋トレみたいに徐々に積み重ねてムキムキになるわけじゃないから、使い方を間違えると大惨事になりかねないからね」


 幹部達には詳しく語らなかったが、智明自身が手に入れたばかりの能力を暴走させたり制御不能に陥った経験があるため、未知の物への対処はどうしても慎重になってしまう。

 隣に座る優里が不安げに智明を見て来るのが少し心苦しい。


「ほうじゃの。

 余談やが、入手元が言うにはワシと山場が試したやつはベータテストタイプらしゅうての。しち面倒くさい設定が多いよってん、モノにするのにエライ手間がかかったんじょれ。

 それに比べて皆に配った分は市販前のサンプルで、一定の値に調整されたオプティマイズ版らしいわ」


 苦々しい顔で口をひん曲げる川崎に、しかし質問の声が飛ぶ。


「意味が分かんねーんだけど?」

「大将――ああ、室長。急にカタカナ英語使ったら分かんないわよ」


 ほぼ正面の鈴木が引きつった顔で睨み、末席からは三輪が川崎の役職を言い直してから細かく指摘した。


「ゴメンじゃ。

 言うたら『均一化』とか『万能化』っちゅー意味や。

 誰が使つこても同じ変化や効果があると思ってくれたらええわ」

「万能化、て言われてもなぁ」


 奥野が右頬をかきながら腑に落ちない顔をする。


「んー、言うたら市販のバイクやな。

 イジらんとノーマルで乗る感じや。

 ほれに対して保安部品外したり、ガソリンと空気の混合比変えたり、点火タイミングをズラしたりとか、レース用にイジれる感じじゃ」

「なるほど!」


 バイクの例えが出た瞬間に全員が理解できてしまうあたり、やはりバイクチームなのだなと変な納得が智明に生まれる。

 それと同時にベータテスト版が二セットだけ存在した謎も生じた。


「けど、アレだね。なんでフランク・守山はそんな変な配り方をしてきたんだろ?

 オプティマイズ版ということは市販直前の最終サンプルみたいなものだよね?」


 内容が内容なだけに智明は川崎の方を向いて問うた。

 十代のメンバーが中心の空留橘頭にはどうしてもこの手の話は振れない。


 食品にせよ衣料品にせよ、新商品の開発計画が立ち上がるとコンセプトやマーケティングに添った初期案が話し合われ、コストや販売価格などが詰められて試作品が作られる。

 その試作品を元に宣伝文句や展開が詰められ、二度三度と試作が重ねられる。

 いよいよ販売可能な本製品に近い状態となったものがオプティマイズ版や最終サンプルと呼ばれるものになる。


「ほうやと思うねけどの。どうやろな。ひょっとしたら他所でベータテストした時の余ったぶんをこっちん回したんかもしらん。

 この前のウエッサイはHD化しとったよっての」

「そうか、そんなこともあるんだね」


 主にコンピューターゲームなどに多くある例なのだが、発売前のゲームソフトの出来栄えや使用感をテストするやり方として二段階の手順を踏むことがある。

 まず第一にゲームソフトを制作した会社内の人間がテストを行うアルファテスト。

 次に社外の人間を集めてテストを行うベータテストだ。

 どちらの場合にも沢山の意見や指摘を集めるために、それなりの数を揃えなければならない。


 川崎は、フランク・守山がWSSの数人を実験台としてベータテストを行い、その際に使用されなかった余り物を智明の元へと送ったのではないかと予想した。

 言われてみれば確かに二セットだけベータテスト版が紛れているのは不自然だ。複数の用意を行うのであれば十セットごととか、一ダースごとといったキリの良い用意をするのが人間の常だろう。


「あの男のやりよる事ん真剣になったぁ損するだっきゃ言うたねぇか。考えん方がええど」

「……そうだったね」


 これまでにも川崎は智明に『フランク・守山に真剣に向き合うな』と呈してきた。

 こうして裏があるような言動や行動を追求しても徒労に終わる、その言葉通りに理解や予想することのできない実態を目の当たりにすると川崎の注意は身に沁みて分かる。


 ――山場さんに期待するしかないか――


 指令だけを与えておいて期待も何もないのだが、山場の自信と腕前を信じるしかない。


「……あの、話の流れやとウエッサイもハーディーやいう感じですけど、効果とか能力とかってオプチなんとかと差ぁあるんすかね?」


 話の切れ目で小西が切り込んできた。


「オプティマイズな。

 能力的なもんは同じ倍率っちゅー話で聞いとる。

 ただ、カスタム言うんか微調整言うんか、そういうことが出来るんがベータ版やねん。

 言うたらバイクのスピードアップにも色々やり方あるやろ?

 パーツを交換して軽量化するとか、ギア比を変えるとか、マフラー変えるとかな。

 ほういう細かな好みに合わせられる部分が有るか無いかやねん」


 少し体を会議机に乗り出して小西を見ながら解説する川崎に、小西は「はあ」とだけ返事をした。

 またバイクを例えに出したのだが、一般道を走るだけの市販車では川崎の例えのようなカスタムはあまり活発ではない。

 制限速度があり交差点ごとのストップアンドゴーに加えて幹線道路では交通渋滞に見舞われたりする日本では、市販車のスピードアップなど活かせる場面が少ないからだ。


「効果としての倍率は同じ。てことは、何かを強調すると別の能力が落ちるってことだべ?」


 小西に代わって由良が問い直した。


「ほうじゃ。

 例えばパンチ力を上げる場合、拳を固めて打った際の破壊力を重視すると筋肉をデカくするんが近道や。けどほないしたら筋肉が邪魔して動作が鈍くなるやろ?

 反対にスピード重視で連打してダメージ溜めていく強化やと、スピード重視で筋肉付けへんだけ一発の破壊力が削がれる。

 まあ、普通の格闘技と考え方は同じやけど、ほの効果が一般人の十倍のゾーンで調節するんやと考えたら、ちょっとおもろいやろ」


 不敵な笑みで答えた川崎に一同は苦笑を返した。

 熊かゴリラの様な体躯と凶暴性を併せ持った川崎が言うと、大変にバイオレンスを感じさせる。


「変に調節に悩むよりは均一化されたパワーアップで充分だと思うけどね。結局、能力を発揮できる戦い方や対処が明暗を分けると思うしね」

「ほうじゃの。十の物を百にするにゃさかい、十五を百五十にして活用するんを考えるんが一番じょの」


 智明の総括に川崎が同意すると、全員から納得の声が上がった。

 智明と川崎で打ち合わせたわけではなかったが、こうして納得できればHD化の後の訓練に取り組む意識は変わるだろうという目論見はあった。


 表向きには自衛隊との再衝突に備える訓練だが、WSSのHD化を知った今では基礎体力を上げることが何よりの防御と言える。


「――さて、この辺で次の議題に移ろうか」

「ああ、ほっちも大事やったの」


 質問が途切れたので頃合いだと感じて切り出すと、川崎が言葉を引き取って全員に冊子をめくるように促した。

 そのページには『補給物資』という表題で括られた一覧が書かれてい、『銃 一〇〇丁』の一行が一同をざわつかせた。


「本気なのか?」

「もちろん」


 喉から声を絞り出すようにして問うてきた奥野に、智明は間を開けずに答えた。

 すぐさま川崎が付け足す。


「この一覧は確実に搬入される物品で、明日以降のどこかで実行されることだけが決まっとるもんや。

 不足する物や追加の必要な物があったらこの幹部会の中で言うてくれ。ギリギリ手配できるさかいに。 搬入方法は、恐らく前回みたいな飛行船状の無人機になると思う。

 自衛隊の目があるよってに、朝・昼・晩のどこで搬入があるか分からんから、組長は各班に伝えて空にも目を向けてくれ。

 自衛隊がドローンで偵察する可能性も含んどるよってん、なおさら頼む。

 それから――」


 一旦言葉を切った川崎は、チラリと智明を伺ってから続ける。


「――現在の武装を一新し、ゴム弾のスプリングガンから電動の高圧エアガンに変わるんやが、弾は鉛製の弾を使う。

 サバイバルゲームやったことあるメンバーは分かるやろうが、高圧も違法なら金属製の弾も違法や。

 この時点でオモチャから武器に切り替わったよってん、取り扱いと一発の重みをちゃんと受け止めといてもらわなあかん」


 モデルガンの改造と装填するBB弾は二十世紀のうちに規制と法制化がなされてい、人体を損傷させるような発射速度に至るエアガンやガスガンの改造及び使用は禁止されている。同様に、重さと硬さの面で人体を損傷させうる金属製の弾も禁止されている。


 二十一世紀に入ってからは自然に分解されることのないプラスチック製のBB弾は廃れていき、現在では細菌に分解され土に還るバイオBB弾しか販売されていない。


『高圧で金属製BB弾を発射する』という二重にも三重にも法を犯す行為は、健全なサバイバルゲームプレイヤーでなくとも一線を超えるものであるのは明らかだ。


「……そこまでしやなあかんもんなん?」


 優里の細い声が届いた瞬間に、智明は「やっぱりな」と思ってしまう。


 どのような経緯や理由であれ、大小に関わらず人体の殺傷に対して優里の反応は過敏だ。

 新宮三階のリビングダイニングで『明るい話ばかりではない』と前置いていても、やはり優里にこの一言を言わせてしまう結果になってしまった。


「……クイーン。 銃を持ち出しといてカッコつけてん意味ないねけど、始まってしもたケンカの途中で『暴力しません』なんて通らんねやわ。

 ほりゃ、やり合わんでええねやったぁそーゆー綺麗事も言いたいねけど、もう新宮の周りには自衛隊がおる。

 ほこにウエッサイの連中がHD使た状態で加わったぁどないなるやろか?

 貧弱な装備やこ逆に危ない思うんじょれ。

 ほれやったぁ、対抗できるだけの物を携えとかんと、キングの示した独立ちゅーのは叶わん。

 身を守るためにもそれなりの事をしとかなあかん、ワシはそう思う」


 智明が口を開くより早く川崎が優里を説得してくれた。

 いつになく真剣な眼差しで説いていく川崎に、優里も多少の理解はしてくれたようだ。


「それは、分かりますけど」


 言い淀む優里に、今度は奥野が口を開く。


「俺達の覚悟という意味でもこの一線は超えなければならない、とも思います。

 クイーンはこうした争いや戦いとは無縁だったでしょうから分からないかもしれませんけど、俺達は淡路連合なんて呼ばれ方をしてるバイクチームです。

 今までにもこんな感じのケンカやレースばっかりしてきた。

 だから、というわけじゃないんですけど、始めてしまったケンカには勝ちたいんです。

 全身全霊をキングとクイーンに傾けてるわけじゃないですけど、アッチとコッチに分かれて戦ってて、自分の加わっているコッチが負けるというのは認めたくない。

 そういう気持ちもあるってことです」 「奥野さんまで……」


 幹部会序盤の確執を見たあとに川崎と奥野から熱量の高い説得をされ、優里は困り顔で智明を見てきた。


「リリー、皆とっくに同じ方向を向いてくれてるんだよ。

 多数決を正当化するわけじゃないけど、ここまでの気持ちにさせたのは俺なんだ。 だから、皆の覚悟に水を差したり気持ちを折っちゃ申し訳ないよ。

 今回だけでも反対したい気持ちを堪えてくれないかな」


 少しずるい智明の説得に優里は切な気な顔になり、何事を言うべきか言わざるべきか悩むように視線を揺らした。


「……あくまで自衛の武器。そう思ってたらええの?」

「そう、だね。それも間違いじゃない」


 智明は答えてしまってから自らの失敗に気付いたが、発した言葉は巻き戻せない。

 なんとか『自衛』という括りで優里が納得してくれかけたのに、自衛だけではないことを付け足してしまうなど愚か過ぎる失敗だ。


 俯いてしまった優里から川崎へと視線を移し助けを請う。


「あのぉ、気休めかもしれんけど、法律には触れっけんど人殺しが出来るほどの威力ちゃうから、安心してくれてええで。

 自衛隊も〜、ウエッサイも〜、アレや。あのぉ、防弾の防具着けとるさかい、滅多なこっちゃ死人なんか出えへん。大丈夫や!  なあ?」


 智明の急な振りに答えた川崎だが、しどろもどろな話し方になったことを誤魔化すように、幹部の全員に同意するように手で合図を送った。

 空気を読んだ幹部達は口々に川崎を肯定する言葉を並べてくれた。


「分かりました。私も、その気持ちや覚悟に合わせていきます。途中で止めてしまってごめんなさい」


 大勢から説得されて恐縮気味の優里を見て、智明はふと別の可能性に思い至る。


「いや、そんなことはない。

 もしかするとメンバーの中にはリリーと同じ疑問や不安を持ってる人がいるかもしれない。

 さっき奥野さんが言ったように、全員が全身全霊ではないってのも真実で、リリーの不安や疑問も真実かもしれない。

 ということは、そうした本当の気持ちの部分でバラ付きがあるかもしれないってことだよね」

「あり得るかもしんねーな」


 智明の思い付きに意外にも鈴木が同意を示した。


「じゃあ、どうすべきかな」

「……さっきの訓練の目的とか、補給の段取りとかと合わせて、組長から班長通して全員に今のやり取りを言えばよくね? 『クイーンも気にしてたけど、キングはこう思ってんだ』って言えば多少は同じ方向見れるだろ」


 すぐさま問い返した智明に、鈴木は一拍開けてスラスラと答えてくれた。

 智明は鈴木を指差して「それ、いいね」と取り上げ、すぐに川崎が各組長に命じる。


「コニ、ミユキ、勝浦君に榎本君は、さっきの通達にこの件を加えてくれっけ」


 川崎の指示を受け、小西・増井・勝浦・榎本の四人は「ウッス!」と了解の旨を返した。


「よろしく。

 ――これで議題は全部片付いたかな?」


 全員を見回して総括に入ろうとした智明は、川崎から配られていた冊子をめくって進行度合いを確かめていると、川崎から訂正が入った。


「キング、後は昨日の宿題が残っとうわ」

「おっと、そうだったね。 えっと…………マジで? この中から選ぶの?」


 川崎の声が届いた時にちょうど智明は宿題のページを開いたところだったのだが、ざっと目を通して情けない声を出した智明を見てメンバー達が笑い声を上げる。


「え、なに? なんの話?」


 一人だけ事情を知らない優里が智明に問うた。


「いや、この新宮に集まった集団の名前を考えようって話なんだけどね。

 見てよコレ。

 ヤクザみたいなのとか、ヤンキーみたいなのとか、中二病はダメだよって言ったのにさ……」


 智明が宿題の内容を明かしつつ、優里に冊子を示して解答の一覧を見せると、優里は大きく目を見開いたあとに変な声を出した。


「ぁあンッるぇ!? ありゃりゃりゃりゃ、えぇー! これは、ちょっと……ううーん……」


 口元に手を当てて唸り始めた優里に、智明は「な?」と同意を求めて苦笑する。


 ヤクザはダメ。ヤンキーもダメ。中二病もダメ。

 確実にそう前ふりしておいたはずなのに、一覧表には『〇〇会』『✕✕隊』『□□ーズ』といった物々しい解答が並び、挙げ句に『ギルドオブいんでぃぺんでんつ 略してギルいん』なる解答まであった。


「キング。ワシらにほーゆーネーミングセンスを求めるんがそもそも間違(まちご)うとるんやと思われ」


 川崎も苦笑を隠さずに言ってのける。


「これはちょっと、予定より幹部会は長くなりそうだね……」


 絶望を含んだ智明の言葉に幹部一同から乾いた笑いが返ってきた。

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