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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第八章 嗅覚と勘
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幹部会 ②

「キング、揃ったで」

「ああ、ご苦労さま」


 智明に声をかけた川崎は迷いなく智明の右手側の椅子に向かい、続いて入ってきた数人もそれに付き従った。

 川崎の次に入室したはずの奥野は、川崎が着いた席の向かい側に歩き出し、川崎を追わなかった残りの数人が奥野を追って智明の左手側に着席した。


 ――まあ、そうなるよね――


 分かってはいた事だが、智明の右手側に淡路暴走団が集まり、左手側に空留橘頭(クールキッズ)が固まってしまった。


「それじゃあ始めようか。

 まず、俺とクイーンの事は知ってもらえてると思うから、持ち場を把握しているかの確認も含めて自己紹介してもらおうかな」


 智明はなるべく堅苦しくならないように緩めに開会を告げたが、誰とも視線を合わさないように真正面の壁を見つめるようにした。

 恐らくメンバー達は自分達のチームが先に紹介されるだろうという予測をしただろうし、川崎と奥野がどうするかを見ようと思ってあえてそうした。


 案の定、智明の視界の両端で川崎と奥野が互いの顔を見合っている。


 先に意思表示をしたのは川崎で、『お先にどうぞ』と言わんばかりに奥野の方へ右手を差し向けた。

 それを受けた奥野は困惑したように苦笑し、小さくかぶりを振って断り『そちらからどうぞ』とやり返した。


「参ったな……」


 奥野の手振りを受けて川崎は困ったように頭をかいた。

 このやり取りを見たメンバーは誰からともなく忍び笑いを漏らし、序列や気の遣い合いで張り詰めていた空気が若干和らいだ。


 智明の危惧や意図を知ってくれているぶん、川崎と奥野の譲り合いは二人の大人な部分が見え、それを見てメンバー達が緊張や敵視を弱めてくれたのは嬉しいことに思う。


「まあ、ワシから失礼しよかの。

 キングから全員を束ねるための統合室長を戴いた川崎実(かわさきみのる)です。以後よろしく」


 中腰に尻を上げテーブルに手をついて川崎は小さくお辞儀した。


「統合室長の補佐と代役を務める奥野大樹(おくのだいき)です。よろしく」


 川崎の対面で同じように腰を浮かせて奥野が言った。


「次、俺け?

 えー、統合室長と副室長の補佐をやります、中村茂美(なかむらしげみ)。気安くシゲと呼んでもうてかんまんです」


 川崎の隣の男が座したままお辞儀をした。


「同じく補佐の鈴木仁臣(すずきひとおみ)。よろしく!」


 奥野の隣の男が周囲を見回すようにして挨拶した。

 鈴木の挨拶が終わると中村が隣の女に挨拶するように促す。


「あ、経理と総務をやる三輪和美(みわかずみ)です」


 幹部の中で紅一点の三輪が控えめに頭を下げると、左手側の末席の男が腰を浮かせる。


「順飛ばしで申し訳ない。同じく総務をやる由良正義(ゆらまさよし)っす」


 由良の挨拶が終わると次の自己紹介の順番が掴めなくなり、一瞬沈黙が流れた。


「次は見張りとか防衛の組長の紹介ですね」


 沈黙を破ったのは奥野。

 川崎と奥野の提案で、全体をまとめる統合室として川崎ら幹部を置き親衛隊として一班十人の警護を含めた十六人を統合本部とし、残りの八十人を八班に分け見回りや防衛にあたる兵員とした。

 交代や休養をスムーズに行うために八班を二班ずつ四人の組長で管理運営していく。


「あ、はい。一班と二班を預かる小西賢三郎(こにしけんざぶろう)です」

「三班と四班の組長、増井行幸(ますいみゆき)です」


 奥野に促される形で、智明から見て右手側の末席の男二人が挨拶をした。


「……クルキの勝浦丈士(かつうらじょうじ)

「同じく、榎本将(えのもとまさる)。よろしゅーに」


 残っていた左手側の二人が自己紹介を終えると、室内に微妙な沈黙が訪れた。


 智明はどうしたものかと川崎を見たが、どうやら川崎が口出しする気はないようで腕組みをして目を伏せている。

 反対側に目をやると、奥野が申し訳なさそうな顔で智明を見返し発言の許しを乞うように右手を小さく浮かしている。

 川崎には頼れず奥野に甘えるわけにはいかないと感じた智明は、左手で奥野を制して深呼吸をしてから口を開いた。


「今この会でクルキを名乗ったのはなぜかな? 理由や意見があれば今のうちに聞かせて欲しいな」

「別に」

「特には」


 表情こそ険しくないが勝浦と榎本の態度はどこかふてくされて見え、智明への返事にも真摯な感じは表れていない。奥野が気色ばむ気配がしたが、再び智明が制して言葉を継ぐ。


「それなら場を乱すような発言は控えてもらいましょう。

 組長の役目を引き受けたのだから現状は把握しているはずです。

 急造の集まりで仲良しこよしをやるつもりはないけれど、百人規模の集団が一致団結しなければならない状態です。

 小さな不和やいさかいが全滅に結びつきます。

 よろしくお願いしたい」


 勝浦と榎本にだけではなく、全員に再認識してもらうつもりで智明はあえて丁寧に述べた。が、『クルキ』の名前を出した二人からの反応はなかった。


「いい加減にしろよ!」


 見かねた奥野がとうとう声を荒げてしまったが、奥野よりも怒りをあらわにしたのは勝浦だった。


「ほななんでここに山場がおらんねん! 一つにすんねやったぁ、川崎と山場が並んでなんぼやろ!」

「対等ちゃうよなぁ」


 立ち上がって荒れ狂いそうな勝浦の横で榎本もボソリと呟いた。


「ジョッチン! エノマン! お前らなぁ――!」

「まあ、落ち着いてよ」


 椅子を蹴るようにして立ち上がり勝浦と榎本を指差した奥野を、智明はやんわりと諌める。


「しかしキング――」

「要は山場君が姿見せへんのんが気に入らんねやろ。キング、隠さんと言うたげたほうがええんちゃうけ?」


 言い募ろうとした奥野を差し置いて川崎から飛び出した意味深な言葉に、智明の左手側から真相を問う声が上がる。

 智明は左手を上げて静まるのを待ちながら、真実を明かすべきかを迷ったが、隠し通すことの面倒さよりも打ち明けることの容易さを選んだ。


 山場には非難されるかもしれないが、今この瞬間をまとめなければ元も子もない。


「……山場さんはこの場には顔を出せない。

 幽閉してあるとか監禁しているとかじゃないんだけどね。

 これは俺からの提案と山場さんの希望とが合致したことなんだけど、山場さんは裏方に回ってくれているからここには出て来れない。

 なんならとっくの昔にここから飛び出してしまっていて、いつ帰って来るのかも分からない使命を与えている。

 言ってしまえば俺たち全員がこれから被る危険よりももっと危ない役目に挑んでるんだよ」


 山場の意向をくんで説明しすぎないようにしたせいか、幹部会一同は智明の説明に半信半疑で、充分な納得はできないようだった。


「ほれはジェームス=ボンドとか、イーサン=ハントみたいなもんけ?」

かしらがスパイ?」

「どっちかったら忍者だべ」


 それでも言葉のニュアンスからそれらしいものを導き出し、十代後半の想像力は知人の活躍を茶化し始めた。


「まあ、そんなようなもんだね。

 ただ山場さんの動向は俺の方に最終報告でしか届かない。

 これが意味することを少しだけ考えてみて欲しいんだよ」


 冗談混じりで笑い声の上がる中で智明が付け足すと、メンバー達は怪訝な顔で智明を見たり、近くの者と顔を見合わせたりしたが、しばらく経つと皆が無言になっていった。

 沈痛な面持ちで奥野が問う。


「……それって、連絡が来るまで何やってるかとかどんな状況になっているか分からない、ってことすか?」

「そうだね。最悪、二度と連絡が来ない可能性もある」


 智明の答えに誰かの息を詰まらせる音がした。


「命かけとるのぅ。シュンイチ君らしいわ」


 会議室のパイプ椅子に腕組みでふんぞり返っていた川崎が、不敵な笑みではあったが山場を羨むように静かに呟いた。


「あの頭が?」「命がけ……」「まさか!?」

「だから『戻ってくるまで生き延びろ』とか言うとったんか……」


 智明の対処と、山場がメンバー達に残した言葉とが合致したのか、左手側の数人の顔色が変わった。


「さて、こんなタイミングで言うことじゃないとは思うんだけど、命がかかっているのは山場さんだけじゃない」


 ざわつく室内の注目を集めるために智明は声を張った。


「皆も見回りとかしてて分かってると思うけど、外には自衛隊がグルリを取り囲んでる。

 一戦交えた後で話をする機会をもらえたけど、当然無罪放免なんていう緩い展開は起こり得ない。

 今後、自衛隊が囲みを厚くし始めたら、恐らくその後には昨日よりも苛烈で本格的な攻撃が浴びせられるだろうと思う」


 智明の声だけが響く中、全員の視線が智明に向いている。わざと空留橘頭を名乗った勝浦と榎本もだ。


「もちろん前回のようにこちらで障壁を張ったり、攻撃を無効化するような手段を準備できないこともない。

 むしろ最大限にやるつもりはある。

 けど、前回みたいに障壁を打ち消さなくちゃならなくなったら、皆には自衛隊と戦ってもらうしかなくなるんだよ。

 山場さんよりも直接的に危険な状況が、すぐそこにある。

 だから、アワボーとクルキの隔たりやわだかまりを無くして団結して欲しくて、この幹部会を持とうとなった」


 一旦言葉を切り、智明は全員と目を合わせるように見回して続ける。


「現状、割り振った役割りや立場に不満はあるかもしれないけど、イメージ先行やアワボー主体であってもこれには従って欲しい。

 理由はとても簡単で、昨日までに訓練した布陣を崩すことが怖いし不具合を無くしたいからなんだ。

 ここまではいいかな?」


 智明は左手側末席の勝浦と榎本を見、続けて右手側末席の小西と増井を見て問うた。


「ウッス」「はい」「おん」「ういっす」


 それぞれ返事が返ってきたので続ける。


「ん。 つまり、皆が傷付かず、生き延びられる最善策だと捉えて欲しい。

 この局面を乗り越えれば役職の変動も考えるし、時間が経つほど適材適所もハッキリしてくるとも思ってる。

 山場さんの意向に添えるように、協力して欲しい」


 姿勢を正して締めくくった智明に対し、メンバー達は頭を下げて一応の了解を示してくれた。それぞれ礼の深さは違ったが、ここで不粋なツッコミや思い付きの統一感に拘るなどは不要だろう。


「よろしく。じゃあ川崎さん。最初の議題に入ろうか」

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