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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第八章 嗅覚と勘
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胸騒ぎ ③

   ※


「コーラ下さい」


 雑誌『テイクアウト』の記者高田雄馬(たかたゆうま)は、闇雲に歩き回ったご褒美に津名港の近くの喫茶店で休憩を取っていた。


 雄馬が追うべき自衛隊は賀集にあるスポーツ施設から大日川ダムへと拠点を移したことで取材のしようがなくなり、御手洗(みたらい)首相と政権与党の動向は東京の記者たちに任せなければならないため、次の一手が定まらない。


 唯一、伊丹駐屯地周辺で動けば何がしかの情報が掴めるだろうとは思いつつも、そのチャンスは御手洗首相が佐賀県へと向かう二日後であろうと睨んでいるため、先だっての自衛隊の進行経路を逆戻りしながら周辺住民の不安の声を拾っている。


 ――もう少し派手にやってくれよ、とは言えないからなぁ――


 記者として独自のルートで手に入れた情報をスクープとして世に出したい欲はあるのだが、派手で広範囲に渡る大事は雄馬一人の手柄にはならないし、雄馬の行動も制限を受けてしまう。


 そもそも『テイクアウト』という雑誌はセンセーショナルな事件発生よりも、『なぜそうなったのか?』という経緯や真相を暴き解説するのが持ち味の雑誌だ。

 万民の目を引くことよりも、知りたがっている人々により詳しい事実を伝えなければならない。


「さてさて……」


 単純な金勘定主義に陥らないための意義を確かめ、運ばれてきたコーラに口をつけつつニュース記事を漁っていく。


 昨日雄馬が仕掛けた御手洗政権への疑惑は、順調に波紋を広げ、様々なメディアで沢山の専門家やコメンテーターが発言や発信を行ってくれている。

 これまでの御手洗首相の資金繰りや交友関係や政治手腕などを紐解く専門家もいれば、領土問題や自衛隊の歴史を語る専門家もいる。

 少し飛躍した者は、淡路島への遷都を見直すべきと論じていたが。

 雄馬からすれば『そこじゃない』とツッコミをいれたくなるのだが、三十年以上前の論争自体が強行突破されていることから、この機に乗じて語ってしまいたくなったのなら仕方ない。


 そもそも当時の首相であった山路(やまじ)は現首相である御手洗の牽引者であり、御手洗首相の考え方や手法はどこか当時の強引さを彷彿とさせる。


「でも、『時代は繰り返す』とはいきませんよ」


 二〇〇〇年を過ぎてからの日本は経済という舞台において伸び悩み、ITやAIという新しい分野においても突き詰めることができずにいた。


 震災や領土問題や世界的な疫病に打ちのめされ、天皇家の皇位引き継ぎにも大いに揺れた。

 それらの苦難を乗り越えようと打ち出された遷都計画は、斬新で突拍子もなく莫大な費用が計上されて日本中から愚策と非難されたが、どこでどうかけ違ったのか皇位継承の際に天皇陛下がお認めになられた。


 これを好調であった医療用ナノマシン関連企業が後押しし、H・B(ハーヴェー)参加企業も追随し、リニアモーターカー事業と結び付けられて世相を無視して強行突破していった。


 もしも御手洗首相がこの『流れ』を再現しようとしているのならば、なおさら自衛隊を『防衛軍』になど改変するわけにはいかないのだ。


 どれほど領海侵犯を被っても、防衛という行為が直接的に行われる体制を避けねば、日本はまた戦争という悲惨な潮流を巻き起こし抜け出せなくなる。

 それは国際社会で生き抜こうという国家が陥ってはいけない解決策だと雄馬は信じている。


「ん? 鯨井(くじらい)先生からのメール?」


 一通りニュース記事に目を通した雄馬がメールアプリを開くと、姉舞彩(まあや)や黒田刑事のメールの他に、京都で調べ物をしているという鯨井医師からのメールが届いていることに気付いた。

 ただその文面は彼らしくなく、手詰まりであることが綴られ、パソコンのモニターをスクリーンショットした画像が二枚貼り付けられている。


「何だこれ?」


 一枚は何かの議事録らしき表題に続いて会社名が数行並んでいるもの。

 もう一枚はそのうちの一つの会社のホームページらしき画面で、黒の背景に赤文字で『有限会社ヴァイス』と綴られ、日本地図に何本かの白線が引かれた画像がくっついていた。


 雄馬は記憶にある社名や単語を思い出してみたが、思い当たらない社名だ。


 ――しかしこの地図と線、何かで見たことがある気がするぞ――


 おぼろげながら引っかかりを感じ、映し出されている日本地図を拡大してみる。

 と、『米』の字状に交差している四本の白線の位置に違和感を覚える。


 何か会社や製品を強調する際に光り輝くエフェクトで『米』の字様に交差した白線が描かれることはあるが、大抵は社名や製品の右上や左上に小さく置かれるはずだ。

 しかしこの画像では日本地図に被さるように描かれている。いや、むしろ日本地図よりも交差した白線が主役であるように主張している。

 そして白線が交差している場所は淡路島の中央付近だ。


「レイラインか!」


 雄馬は喫茶店に居る事も忘れ、繋がった思考に思わず声を上げていた。


 周囲の客や店員に注目され、「すみません」と頭を下げて謝り、少し体を縮こまらせて雄馬は思い至った情報を整理する。


 ――いつだったかな? 確かスピリチュアルな研究をしてる人のインタビューで聞いたんだよな、レイライン。なんだっけな?――


『レイライン』という単語までは思い出せたが、いつどこで聞いた情報なのかがなかなか思い出せない。

 脳内の記憶チップに保存した過去の取材メモに検索をかけてもみたが、ヒットする履歴はなかった。


 ――ということは、僕が主導でやった取材じゃないな。メモにも残してないってことは、雑談か余談で聞いたってことか?――


 記録に残していないということは記憶に頼るしかなくなり、雄馬はスピリチュアルやオカルトに関わる取材を行ったかどうかを思い出そうとする。


 ――レイライン……。直線……。スピリチュアル。……パワースポット? 五芒星? 封印……――


 関連がありそうなワードを並べていくうちに、とある研究者の名前を思い出す。


「キタノヨシカズ……!」


 今度は声のボリュウムに気をつけて声に出し、記憶から掘り起こした正解に体を震わせる。


 ――間違いない! オカルト系の研究本を特集した時に、怪しい出版社の人間と北野良和(きたのよしかず)先生が次の研究本の打ち合わせをしてた。その時に聞きかじったネタが『レイライン』だったはずだ!――


 興奮する心を落ち着け、雄馬は脳内の名刺アプリを開いて検索をかける。


 キタノヨシカズは文筆業でのペンネームで、研究者やコメンテーターとしてメディアに出る際は漢字表記の『北野良和』を使っている。

 UFOや妖怪・都市伝説や心霊現象や神話などの研究だけでなく、スピリチュアルやパワースポットや占いなどの研究書や紹介本を著している、その筋ではなかなかの有名人で、同時に特撮オタクにしてアイドルオタクで映画評論家でありホラー小説も書くという奇人変人でも有名な人物だ。


 ちなみに雄馬が取材した時の出版物は『二十一世紀の都市伝説変遷』という研究書だった。


 ――そんなことはどうでもいい! 北野先生の名刺、残してなかったかなぁ……。見当たらないぞ?――


 それならば!と一度だけ関わったオカルト系出版社の編集者の名刺を探す。


 ――……あった! 竹内(たけうち)書房の板井正勝(いたいまさかつ)!――


 心の中で快哉を叫んだ雄馬だが、さてとひと呼吸おく。


 研究者である北野良和ならばこの画像に記されたレイラインを読み解けるだろうが、その連絡先が分からないとなれば担当している編集者から取り次いでもらうしかない。しかしこんな軽薄な頼み事で取り次ぎなどを見込めるだろうかと不安になる。


 ――それにこれは僕の担当してる自衛隊とは無関係で、どちらかといえば姉さんの担当してる『組織』とか『謎の男』の方だよな――


 コーラをストローで吸い上げながら冷静になり、雄馬は速やかに『担当者』に委ねることを決める。


「姉さん、ダンナさんとよろしくね、と。まあ、手伝いくらいはするからさ」


 鯨井から送られてきた画像と雄馬が導き出したヒントをメールに書き記し、悪戯な笑みを浮かべながら舞彩へのメールを送信した。

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