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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第一章 三つの仔
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覚醒 ⑥

   ※


 朝から続く曇天と中島病院本館での事件で気分は重いままだが、バイクを走らせているうちは六月の湿気た空気を切り裂いて行けるため、真は幾分平常心に戻れていた。

 真の後ろにはバイクチームWSSウエストサイドストーリーズの田尻と紀夫が続き、紀夫の背中には中島病院看護師の赤坂恭子がしがみついている。

 午前六時過ぎに巻き起こった事件は、警察の事情聴取などが長引き、真たちが病院から出発したのは午前十時過ぎだ。

 中島病院を出てすぐに右折し、しばらく西進して126号線から三原川沿いを西淡地域に向かって走ったが、全員が徹夜明けのために空腹を感じ、榎列えなみ地区のファミリーレストランで食事を摂った。

 ここでも幼馴染みを案ずる真の心中とは真逆に、紀夫と恭子だけは恋仲の空気を醸し出していて、田尻はひたすら呆れるばかりだった。

 時刻が昼に近付き店内が混み始めた頃、少しのんびりし過ぎたことに気付いた真は紀夫のヤンチャエピソードを切り上げさせ、再びバイクを走らせて智明の自宅近くへと迫った。


 二十一世紀初頭まで田園地帯だった淡路島の平野部は、遷都をきっかけに高層マンションや商業ビルが乱立したが、小説やアニメや映画で描かれるような未来的な風景には仕上がっていない。

 道端に視線を向ければ二十世紀末期の東京や大阪などで目にするような汚濁は散見される。

 例えば、行政に管理されていない私道のアスファルトのひび割れ。

 築五十年を越えているであろう民家の壁のひび割れ。

 幹線道路の拡充が優先されたため、削れて消えかけている古い車道の横断歩道の白線など、ミクロな視点でいえば都市の未来化は何一つなされていない。

 どんなに未来へと理想を託しても、生活しているのは現代と変わらぬ人間である証拠で、今後何世紀を経ても道端のゴミや側溝の詰まりは解消されないだろう。


「……!?」

 田んぼからマンションに建て変わった街並みが、昔ながらの瓦屋根の住宅街に差し掛かれば智明が暮らしているマンションなのだが、そのマンション下へ繋がる路地にパトカーが見えたため真は一旦やり過ごした。

 交差点を二つほど越えてから右折し、路地をもう一度右折して智明が住むマンションの裏手に回ったが、コチラにもパトカーと警官の姿があった。

「……チッ」

 ヘルメットの中で小さく舌打ちをし、そのままやり過ごしてコンビニの前で停車した。

 真のハンドサインに従って田尻と紀夫も続いてバイクを停め、ヘルメットのバイザーを上げて佇む真に歩み寄る。

「どうした?」

「このマンションなのか?」

 バイクを停めたコンビニの上階は確かにマンションではあるが、ベランダの造りから単身者向けの賃貸マンションだと想像できたので、田尻の問いかけは的外れだ。

「表の通りと二個前の角にパトカーが居たでしょ? あそこを入ったところが智明のとこなんすよ」

「マジか。厄介だな」

 四人とも事件現場に居合わせたので加害者や容疑者ではないが、軽くはあっても怪我を負ったので被害者とも言えるしそうでなくても関係者ではある。

 恭子は病院に勤務していただけなので智明とは無関係なのだが、真は智明と幼馴染みであり交流があったことは警察に伝えているし、真とWSSの一部のメンバーは交流がある。

 事件が発生し警察に通報されてからたった数時間で智明の自宅を訪れるのは、いらぬ疑いや勘繰りを招き四人の状況を悪くする可能性はある。

「普通に考えたら、警察はこっちに来るよな」

「確かにな。けど、せっかくここまで来たんだし、なんか方法ねえかな?」

「そうっすね。……無事かどうか連絡が取れるだけでもいいんだけど……」

 三者三様に腕を組んだり腰に手を当てたり顎に手を当てたりして、考えを巡らせる。

 田尻と紀夫は、智明を心配する真をどうにか助けてやりたいと思い、警察の注意を引くことや路地以外に目的地に到達する策はないかと考える。

 真は智明が心配なのはもちろんだが、無免許でバイクを運転しているがために、警察との接触を避けなければならない前提がある。ましてや事件現場に居合わせているというのは状況が悪くなることはあっても良くなることはない。一つアイデアが有るにはあるが、実行するためには夕方にならなければ出来ないアイデアだ。

「会いに行けないなら電話とかメールしたらいいんじゃない?」

 黙り込んで悩み始めた三人に、恭子がこともなげに告げてくる。

「その子、スマホくらい持ってるでしょ」

「あ、なるほど確かに」

 ポンと手を打つ田尻だが、即座に紀夫が否定する。

「いやでも、あの怪物みたいのがトモアキだとしたら、裸で走ってったんだぜ? 病院に忘れてるか置きっぱなしじゃないかな。まさか今時の中坊がスマホ持たずに出掛けてたとかもあり得ないだろ」

 紀夫の言葉に全員が「ああ……」と唸ったが、恭子だけは違った。

「スマホは病院に置きっぱなしかもだけど、家に固定電話あるんじゃない?」

「あ! あるある!」

「恭子ちゃん、賢いな!」

 智明の自宅を思い返して真は表情を明るくし、紀夫は恭子の機転を褒め称えて恭子とハイタッチをする。

「なんだ、案ずるよりも生むが易しだな。真、早速かけてみろよ」

「うっす」

 警察との接触を回避できそうなことと、徹夜明けで早く肩の荷を下ろして家で眠りたいと思っていた田尻は、真の肩を軽く小突いて行動を促した。

 真も解決策が見い出せたことに安堵し、すぐさま目を閉じてH・Bを起動させて右手で仮想キーボードを操作する。

「え、ちょっと――」

「恭子ちゃん、静かに」

「まだか?」

「…………留守電になったっす」

 思わずため息をついた真につられ、田尻は肩を落としたが、紀夫は通話を終えようとした真を引き止める。

「メッセージ入れといた方がいいんじゃねーか? 状況が状況だからあっちも連絡取りたがってるかもしれないぞ」

「ああ、そうっすね。そうします」

 真は紀夫の指摘に納得し、すぐさまメッセージを記録して通話を終えた。

「智明には会えなかったけど、わざわざ付き合ってもらってすいませんでした。ありがとうございました」

 真を見守るようにしていた三人を見回し、真は律儀に一人一人に頭を下げ、感謝と謝意を示す。

「よせよ」

「家に帰るついでだったんだし、気にすんなよ」

「そうは言っても……。そうだ、丁度コンビニの前だし、ジュースでもどうっすか? せめてこのくらいのお礼はしたいっす」

 手を振って真を気遣う田尻と紀夫に、真はチームの後輩が先輩に媚びるように提案したので、田尻と紀夫は顔を見合わせ、真の心意気を買うことにした。

「そこまで言われちゃあな。んじゃ、俺はコーラ」

「俺はアイスティーでいいわ」

「はい! ……恭子さんは?」

「…………あ、じゃあ、アイスコーヒーを」

 三人からのオーダーを聞いて真はコンビニへ入って行く。が、恭子の態度が気になった紀夫は小声で恭子に囁いた。

「恭子ちゃん、どうかした?」

「うん。……これ、看護師だから見過ごせないんだけど、あなた達みんなハベってるの?」

「言わんこっちゃない」

「それは……。今はちょっと置いといてくれないか。後でちゃんと話すから」

 明らかに表情を曇らせた恭子の問いかけに、紀夫は一旦田尻の方を向いたが、田尻はそっぽを向いて紀夫に任せる素振りをしたので、とりあえず紀夫は先延ばしすることにした。

 恭子からすれば、成人としても看護師としても未成年者のH・B化に伴う危険性とリスクを学んでいるぶん、身近な者のH・B化にはどうしても過敏になってしまう。

 また、一般には明示されていないが医師・看護師・医療関係者が未成年者のH・B化に気付いた際は、保健機関へ通告する義務も課されているので、恭子の行動は正当でしかない。


 しかしここでミソとなるのが、通告先が警察ではないことだ。

 もちろん世界的な統一基準として未成年者のH・B化は禁止され罰則も規定されているのだが、この罰則は基本的に罰金なのだがH・B化してしまったことに対する罰ではなく検査や回復処置に充てられる費用という意味での罰金であり、刑事罰ではない。

 ただ、使用は刑事罰ではなくても、未成年者へ流通させることや横流しの挙げ句闇取引などを行うことは刑事事件なので、そちらは警察に逮捕され裁判を受け懲役ないし罰金が課される。


「紀夫、そっちは任せるからな」

「ああ、分かってる」

 田尻からしてみれば、紀夫が看護師を口説いたがために自分達のH・B化がバレかけているのだから、その責任をすべて紀夫に背負わせて当然と考えている。

 まあ、紀夫がそこまで承服して返事をしたかは微妙だが。

「……今は仕事中じゃないから黙ってられるけど、警察も病院も甘くないからね……」

「そこは、まあ、な」

 ここに来て十代の紀夫と二十代の恭子のギャップが垣間見えたが、紀夫はまだイケると思っているようで、恭子の手を握って笑顔を向けている。

「あの、今智明から電話かかってきたっす!」

 コンビニの袋を振り回す勢いで店から出てきた真は、慌てているのか焦っているのか、周りも気にせずに大声で田尻たちに告げていた。

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