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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第八章 嗅覚と勘
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胸騒ぎ ①

 洲本港の高速艇乗り場跡地の駐車場に続々と集まってくるレーシーなレプリカバイクを眺めながら、鈴木沙耶香は顔にかかった髪を背中へと流した。

 昼間に招集をかけることは滅多にないが、早朝や夜間に比べて風が穏やかなことが有り難い。


「クイーン、あと二人で揃います」

「ありがとう」


 サヤカに声をかけてきたのは洲本走連のクイーン親衛隊を自称している『6’s sense(シックスセンス)』というチームのリーダーで、中井雅騎(なかいまさき)

 チームカラーに合わせてバイクのカウルもライダーススーツもヘルメットも黒一色で、正しく女王を護衛する黒騎士団といったところだ。


「中井くん、揃ったよー」

「揃ったよじゃなくてね」

「和也、集まっただけじゃダメだから」

「おい、走れ!」


 同じく黒のライダーススーツに見を包んだ四人が口々に遅れているメンバーに声をかける。

 順に香取和也(かとりかずや)稲垣友持(いながきゆうじ)草彅翔(くさなぎしょう)木村純(きむらじゅん)

 香取が最年少で無邪気な部分を次に年少の草彅がたしなめ、中井含め年長の稲垣と木村が締める。


「遅れました!」

「すんませんっした!」


 それぞれのチームカラーの列に並んだ二人は大声で詫びて、一応洲本走連の全メンバーが揃った。

 その数、総勢四十八名。


「クイーン、お願いします」

「うん」


 サヤカの左手側に並んで立つ親衛隊から声がかかり、サヤカは一歩進み出て整然と並ぶメンバーを眺め回す。

 五人から八人の小チームがそれぞれのチームの揃いのライダーススーツ姿で並ぶ様はいつ見ても笑ってしまいそうになるが、親衛隊を含め八つのチームをまとめているのが自分であることを意識しなんとか堪える。


「みんな、平日の昼間に集まってくれてありがとう。私みたいなはみ出し者のせいで学校や仕事に影響が出るようなことして、ゴメン」


 栗色の長髪が風に舞うのも厭わずにサヤカが頭を下げると、勢揃いしたメンバー達がわずかにどよめいた。

 今まで洲本走連の方針や行動は親衛隊と各チームリーダーで話し合い、最後にサヤカが承認する形を取ってきたため、サヤカが謝罪したり詫びるということがなかった。

 これは洲本走連結成当初、サヤカがチームの行動を主導する気がないことを承知の上でチームが結成された経緯があり、尚かつ学業や仕事を優先しましょうという申し合わせがあったからだ。


 しかし洲本走連は他の大チームに脅かされないための結束を持とうという目的もあったため、淡路連合という協定を結ばざるを得なくなったあたりから方向性が変わってきていた。


 サヤカがテツオと関係を深めることで更に方針の変更はあったが、サヤカが全員の前で頭を下げたのは今回が初めてとなる。


「少し前からウエッサイに歩調を合わせてきたことで、私やチームの今後に不安や心配してくれてるのも聞いてる。けど、今日はもっと大事な話があって集まってもらったんだ」


 頭を上げたサヤカはなるべく偉ぶらない口調で、全員を見回しながら決意の言葉を並べていく。

 サヤカとしては今までにも前触れの様な発言や行動を見せてきたが、これほどにメンバー全員を煽るように話したことはないため、目の前に居並ぶメンバー達は静まり返ってサヤカを注目している。


「ニュースや報道で知ってると思うけど、ユヅルハで自衛隊が攻撃したんじゃないかっていう話がある。

 あの話が、実は超能力者の反乱で、ウエッサイが事態の収集のために動いてるってのが真相なんだけど、スモソーもこの動きに合流出来ないかなと思ってる」


 少し端的に言い過ぎた感はあったが、大事なのは経緯(いきさつ)ではなくサヤカのしようとしていることを伝えることなので、サヤカは動揺や戸惑いのない表情を心がけた。

 案の定、メンバー達はざわつき近くの者と顔を見合わせたり小声で言葉を交わし始めたが、それを中井が制する。


「静かに! まだ話が途中だべ! 最後まで聞いてから口開けろ!」

「……ありがとう。

 でもそうなるのは仕方ないよね。私もウエッサイからこんな話を振られて、『からかわれてるのかな』って半信半疑だったものね。

 でもね、これが本当のことなんだ。

 ニュースに出た自衛隊の攻撃を私は牛内ダムで見てたんだよ。

 攻撃って言っても戦車や大砲みたいのじゃなくて、迫撃砲?だっけ? 空に打ち上げて山なりに落ちてくるやつ。

 さすがに超能力者を間近で見たわけじゃないけど、道具も使わずに空に浮いてたり、魔法みたいに赤とか青の光の球を打ち出したりしてるのは見た。

 あんなのが世界征服とか目指しだしたらたまんないなって感じだよ」


 サヤカは諭鶴羽山で目撃したテツオ達と髙橋智明の攻防を思い出し、漠然と感じていた嫌悪に体を震わせて話の途中で口を閉じてしまった。


「ちょ、ゴメン。クイーンがそんな引くって滅多になくね? そんなエグかったの?」


 サヤカが話を中断した理由を恐怖や脅威と勘違いた木村が、助け舟のつもりで問いかけてきた。

 実際はテツオ以外の野心ある者が日本や世界を牛耳ろうとしていることへの嫌悪と苛立ちで言葉を切ったのだが、サヤカはこの勘違いに乗ることにした。


「そりゃそうよ。

 空飛んでるんだよ? テッちゃんも道具使って空飛んでたけど、自由自在ではなかったもん」


 サヤカの返答にまたメンバー達はどよめいた。


 洲本走連が淡路連合に参加する前からWSSのリーダー本田鉄郎(ほんだてつお)の噂や武勇伝はまことしやかに囁かれてきた。

 サヤカがテツオと出会い、非公式な公道レースでテツオに軍配が上がり、二人が交際を始めると同時に洲本走連がWSSに組み入れられた経緯はメンバー達も承知している。


 サヤカをクイーンと呼んで崇める者たちからすれば、テツオをキングとして受け入れる事に抵抗はなかったようで、テツオの行動や言動にはこれまでの武勇伝も相まって多少の非常識も通ってしまう土台は出来上がっている。

 サヤカがそう仕向けた部分もあるが、同年代の若者たちが太刀打ちできないものがテツオにあることも間違いない。


「やっぱキングだわぁ」

「お前は呑気だな」

「それだけで終わる話じゃないからね?」


 あっけらかんとテツオに敬服する香取を草彅と稲垣がたしなめる。


「そういうこと。ウエッサイはその超能力者と勝負を分けた。それで私達に出番が来たんだよ」


 左側に並ぶ親衛隊の面々を向いて頷きかけ、サヤカはメンバー全員を煽るように少し声を張った。

「どういうこと?」

「やり合うのか?」

「クイーン!」

「どうなるんや!?」


 整列したそこここから様々な声が上がり、一気に騒々しくなったので、サヤカは右手を上げて鎮めようとする。


「慌てないで! もう少し聞いて!」


 珍しくサヤカの合図でも場が収まらず、仕方なく声に出して静まるように求めると、6’s senseの五人がサヤカの前に出て睨みをきかせる。

 こういう時に声を荒げたり暴力に訴えないところは、サヤカが彼らを親衛隊として信頼できる部分であり助けられているところでもある。

 何もかもを高圧的に行っては組織は成り立たないと知ってくれている証だ。

 彼らが無言の抑制をかけてくれるからサヤカも落ち着いて静まるまで待つことができる。


「……ありがとう。

 みんなが気になっていることを今から話すし、その上で決めて欲しいと思う」


 ようやく静まったメンバー達を眺め回し、サヤカは落ち着いた声音で一拍開けて続ける。


「前々から話していたことだけど、私はテッちゃんのやろうとしていることに歩調を合わせるつもり。

 それはつまりウエッサイの一部として行動することなんだけど、ただただウエッサイがやってることを真似ていくわけじゃない。

 今、ウエッサイは自衛隊と一時的な共闘を行おうとしている。その一部になろうということなんだ。

 突然こんなことを言ってもピンとこないと思うけど、相手はそういう考えや行動をしようとしているらしいの。

 そりゃそうよね? 超能力使えるんだもん、野望とか野心が芽生えたっておかしくない。

 大きな力を手に入れたら、テンション上がって面白半分で爆発騒ぎとか起こしちゃいそうになるじゃない?

 でもね、それが笑えないくらい近いところで、笑えないくらい強力な力を発揮してたら、危険だよね?

 それで思い出して欲しいのは、私たち洲本走連がどんな流れで生まれたかなんだ。

 今もそうだけど、みんなそれぞれのチームで仲間と走ってた。なんかの拍子に私とみんなが出会って、知り合って、話すようになって……」


 そこまで細かくチームの成り立ちを振り返るつもりはなかったが、語りながらそれぞれの揃いのライダーススーツを見ていくうちにサヤカの脳裏にこの三年ほどの思い出がよぎる。


 一人で峠や海岸線を走っていたサヤカが、五十名に近いチームの要になるまでの出会いが蘇る。

 こみ上げてきた感情に言葉が詰まってしまったが、直後に涙を吹き飛ばす思い出も蘇った。


「けど、私達のホームを脅かす奴らが現れて、私達は結束しなきゃならなかった。

 そうだよね?」


 サヤカ同様に少し前の思い出に浸っていた仲間たちの雰囲気が一変した。

 全員の頭の中に淡路暴走団・空留橘頭・WSSの圧力が思い起こされたのだろう。


「今、それと同じことが起こっていると考えて欲しい!

 もしもだけど、その超能力者が独立とか支配なんてことを成し遂げたら、どうなっちゃうだろう?

 大昔の独裁国家や王様が支配した国や軍事国家なんかになっちゃったら、バイクなんか乗り回せなくなるんじゃない?

 私はそんなのは嫌だし許せない。

 乗りたい時に乗りたい物に乗れないとか、走りたい時にバイクも仲間も居ないなんて、そんな不自由な生活はたまらない!」


 サヤカがここぞとばかりに訴えかけると、チラホラと賛同の声や雄叫びがあがる。

 だがそれはまだ一部の者だけで、半数以上はジッとサヤカの言葉を待っているようだ。

 もっと明確な方針を待っているように見える。


「それにね、超能力者の元にはアワボーとクルキがくっついてるっていう情報もある。

 そうよね?」

「間違いありません。七月二日に敢行された機動隊の突入の直後に、アワボーとクルキのほぼ全メンバーが新皇居に乗り入れてます」


 サヤカが親衛隊に振り向くと稲垣が簡潔に答え、また整列している仲間たちからどよめきが起こる。

 最初に起こった『騒動に巻き込まれそうだ』という動揺とは違う。

 二度目に起こった『大規模な抗争が起こりそうだ』という緊張とも違う。


 淡路暴走団と空留橘頭に対する嫌悪と敵意、加えてこれまで淡路連合という形で堰き止められていた闘争心や対抗心が怨念となって漏れたかのようで、洲本走連として結束する以前に与えられた苦しみや怒りが凝集し、どよめきとなったのだろう。


「ますますウエッサイに帯同しない理由はない、そう思ってる。

 もし、みんなが私の考えに賛成してくれるなら、これからウエッサイに合流して今後の体制を密にしていこうと思うけど、どう?

 みんなは来てくれる?」


 まるでアイドルのコンサートの様な煽り方だったが、サヤカの呼びかけにメンバー全員から雄叫びが上がった。

 締め上げられ膨らんだ鬱憤が破裂するような呼応に、サヤカは満足すると同時に恐さも感じた。


 高橋智明という未知数の敵に挑むために淡路暴走団と空留橘頭を攻撃対象として明確にしたことで、全員の目的と意識を統一することはできた。

 反面、この統一感や一体感をサヤカが損なったり裏切った瞬間に、仲間だった彼らの攻撃目標はサヤカに向く。

 その可能性が雄叫びという圧となって感じ、恐怖という形でサヤカに襲いかかった。


 サヤカはクイーンであってもリーダーシップやカリスマで牽引してきた指導者ではない。むしろシンボリックなアイドル的な偶像だっただけだ。

 洲本走連がWSSに正式に組み入れられても、メンバーたちの認識が変わることはないだろう。


――テッちゃんに丸投げというわけにはいかないみたい――


 今までとは別種の覚悟をしなければいけないと気付いたサヤカは、バイクのシートに乗せていたヘルメットを取り上げ、戸惑った顔を隠すように誰よりも早くヘルメットを装着した。

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