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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第八章 嗅覚と勘
225/485

刑事と記者 ②

   ※


 大阪市中央区船場にある船場センタービル。

 その地下二階の一画にある『霊視占術指南所』は時間帯に関係なく薄暗く人気がない。

 掲げられている看板からは結びつかないが、ここは中央区西心斎橋に占いと人生相談を扱う人気店『AD(アド)VICE(バイス)』の事務所兼道場であり、店舗で働く占い師や相談員の休憩場所も兼ねている。


 いつの時代もスピリチュアルな分野は途絶えることなく存在していて、占い師や相談員は口コミで人気が高まるとメディアに取り上げられて引っ張りだこになり、一財産を築く者も居る。無論、金儲け度外視で人生や恋路に悩み迷う人々の手助けをしたいという者もおり、そうした素養を自覚した者はこうした道場や著名な先達に師事することがある。


 もっとも、占いや人生相談には自覚する素養以上の経験や要素が必要になるため、誰でもが占い師や相談員になれるわけではない。

 間仕切りで仕切られた小部屋に瞑目して腰掛けているこの男も、自他ともに認める素養があってこの道場に身を置いている。


 ――危ういな――


 陰陽師と山伏の中間のような合わせの衣装だが、紋があるべき箇所にはアルファベットが刺繍され、合わせはなんとも派手な色に染め抜かれている。

 この男の名前は藤島法章(ふじしまほうしょう)。芸名というか占者としての名前は『ミスティHOW(ホウ)SHOW(ショウ)』。

 一時期はテレビや雑誌などで引っ張りだこになるほどの有名人であったが、ある時を境にメディアの露出を控えて一相談員として活動している。


 ――やはりこの胸騒ぎは淡路島の異常と同調している、ということか――


 どこにでもある事務机と事務椅子に腰掛け、机の上で両掌を上向けて瞑想しつつ、法章は迫りくる危機に脂汗を流す。


「……ふう。どうにかして連絡を取らねば」


 集中を解き瞑想から現実へと戻った法章は、彼の後を継いだ姪藤島貴美(ふじしまきみ)に速やかな連絡を取らねばと思うも、その手段が無いことに苦慮する。


 メディアに取り上げられ脚光を浴びたはいいが、その頃の法章はまだ修験者(しゅげんしゃ)であり報酬やギャランティは最低限しか受け取らないようにしていたのだが、全ての出演依頼や取材を受けているうちに世間は法章を金の亡者のように叩き始め、あろうことか身内である宗派の修行仲間からも誹りを受けた。

 世間からの非難はメディア露出を断つことで収まりはしたが、仲間からの糾弾は激しく、結果として宗派から離れることで事態の収集を図った。


 その際の心労が祟ったのか、法章は視力を奪われ一人で出歩くことが困難になってしまった。加えて、姪の貴美は山中で文明を捨てて修行を行っている修験者であるため、電話や手紙を受け取れる状態ではない。また法章も内容が内容だけに手近な知人に頼むわけにもいかない。


「どうしたものか……」


 額の汗を拭い思案にくれる法章の耳にドアをノックする音が届く。


「……どなたかな?」

「ホウショウさぁん。クレアですぅ。あとチョウさんも一緒ですぅ」

「ああ、はいはい。どうぞ?」


 聞き覚えのある声なので入室を促す。


 二人とも『AD・VICE』で働く相談員で、クレアは正式名を『ミナミの魔女クララ=クレア』と言い水晶玉やタロットを用いたオーソドックスな占いを得意とする年齢不詳の占い師だ。

 チョウは職業訓練で日本に留学してきた中国人で、様々な職を転々とした挙げ句に帰化し、気功と道教由来のまじないを得意とする中年男性だ。


 法章が『AD・VICE』に在籍するようになった頃からの知り合いだが、挨拶程度は交わしても今日のように個室を訪ねてくることは珍しい。

 法章から見て左の椅子にクレアが座り、続いてチョウが右の椅子に座ったのを聞き取ってから尋ねる。


「どうされたのです? 私の部屋に来られるとは珍しいですな」


 法章の問い掛けにクレアが衣擦れを起こしてヒソヒソ声で答える。どうやら机に前のめりになったようだ。


「何か、おかしくありません? 不穏というぅかぁ、きな臭いというぅかぁ。ねぇ?」

「良くないフンイキしてるヨ。南西の方角ネ」


 語尾を伸ばすクレアの独特な言い回しのあとにチョウのわざとらしい中国人訛りが続く。

 二人とも営業用の演出が私生活に影響してしまっているのだが、法章の堅苦しい話し方も同類なので今更指摘は出来ない。

 それよりも二人の用件のほうが問題だ。


「お二方とも何かを感じられたのですな? もう少し具体的にお教えいただけますかな」


 法章はぼんやりと影になって写る二つの人影にさらに問うた。


「ワタシ日課の朝の気の流れ見たネ。何日もずっと立ち込めていたアンウンが、キノウ大きく弾けたネ。それがキョウになってもっと禍々しくなってる気付いたヨ」

「ははあ、なるほど」


 法章は自身が感じた違和感や緊迫感をチョウが語ることで答え合わせのようになり、すんなりと納得し同調した。

 前日の日曜日に淡路島の方角で戦いや争いが起こったようなスパークする感覚があったから、法章は今朝も瞑想を行って原因を知ろうとしていたのだ。


「私はぁ自衛隊のニュースを見てから水晶玉とカードで見てみたんだけどぉ、どっちも戦いや争いや混乱っていうぅ不吉な暗示が出たのね。それで淡路島も大変なんだなぁって考えてたら、ホウショウさんを思い出したのね」

「ワタシもそうアルヨ」


 一般的に占い師は個人的な情報を非公開にして、奇抜な衣装や独特な口調を持つことが多い。

 そうすることで謎の多い変わり者に扮することができ、相談者が少々おかしな悩み事も相談員に話せてしまう空気を演出するのだ。教会の懺悔室のように相手は神父だと分かっているのに仕切り一枚を挟むことで神に懺悔することと同じだ。


 法章は少し経緯が違っていて、メディアに取り上げられた当初から『淡路島の修験者』と明かしていたため、クレアもチョウも法章と淡路島を結びつけてここを訪れたのだろう。


「これは痛み入ります。……実は私も胸騒ぎを感じておりましてな。お二人が来られるまで瞑想にて見に行っておった次第でして……」

「さすが『ミスティHOW・SHOW』ネ」


 変なところで持ち上げられたので法章はチョウに手を振って打ち消しておく。


「いやいや。

 そこで私が目にした物は、大きな混沌だったのですが、それだけではなかった」

「そぉねぇ。

 昨日の戦いの印象は混沌の端っこぉって感じがするものねぇ」

「コントンのナカのユレテイルモノガ問題」


 法章からクレア、クレアからチョウへと連なった言葉に、三人は同時に頷き合い三者三様の占いや呪いが同じ物を感じ取ったことが確かめられた。


 こういった合致はまれで、過去にもメディアなどで未解決事件や行方不明者の捜索や人類存亡に関わる未来予知などが行われてきたが、複数の占者が同じ事象をほぼ相違なく感じ取るということは滅多にない。

 占いや呪いは占者の感性や垣間見た感覚によって受け取り方や読み取り方が変わってしまうからだ。


「しかしコレは現在進行形。未来はフメイリョウ」

「そうねぇ。そこは私も見通せなかったわぁ。ホウショウさんはいかがぁ?」


 ややトーンを落として言及したチョウに続き、クレアも調子を落として法章に話を振ってきた。


「はは。私の瞑想はあくまで現状を詳しく見極める手段ですのでね。過去も未来も見通せるものではありませんよ。この先の成り行きが怪しいなという感覚はお二人と同様に感じましたが」


 法章がありのままを伝えたせいか、クレアとチョウはそれぞれに唸って黙ってしまった。

 恐らくだが、法章と同様に危険や危機が迫っているという焦燥を感じながらも、何をどうすればよいのかの答えが見い出せない。その上で共通の感覚を得た仲間に打開策や対策を講じようと、法章の個室まで参じたのだろう。

 地震予知を研究している地質学者の気持ちなのかもしれない。


「……一つだけお二人とは別の物が見えているんですがね」


 法章は躊躇いながらも、この二人にならば話せる・話してもよいだろうと考え控えめに言葉を足した。


「私達が感じた混沌の中に、私に似た『気』があると思うんですが、実はそれは私の姪であろうと思うのです」

「ホウ?」

「ご親戚?」


 法章の明かした事実に二人から詳しい説明を求める雰囲気が伝わる。


「はい。数日前に淡路島から来客がありまして、私の跡目を姪が継いだと知らされました。その折に『淡路島に現れたおかしな波動に対処せねばならない』と申しておりましたから、まず間違いないでしょう。

 これは推測ですが、お二人が私の元へ来られたのも、あの混沌の中に私に似た『気』を感じたからではありませんかな?」


 法章の問いにチョウがまた唸り、クレアは「流石ですねぇ」と一歩離れた感嘆をもらした。


「しかし、どれかネ? 明らか大きな気は三つあるネ」

「そうぅねぇ。大きな二つは異質で不規則な波のよう。その横の瞬くような不安定なやつぅ? かしらぁ?」

「流石ですね。恥ずかしながら、その不安定なものが姪だろうと思います」


 はっきりとした存在感や確固たる波長でいながら、揺らいだり瞬くような明滅をして見える波長は、法章の持つ色合いとよく似ている。 同じ宗派で似た修行を行ってきた身内なのだから当然ではあるのだが、法章から見れば守人(もりびと)としては揺らぎが大きいと感じてしまう。


「それはぁ、他の二つに当てられてるんじゃなぁい? 姪っ子さんということは、お若いのでしょうぅ?」

「ハドウがサエギラレテイルこともあるネ」

「お優しい言葉、有り難い。しかし、それ故の危うさもお感じになっているはず。このままでは大変に危険だと思っておるのですが……」


 ことごとく法章の危惧を感じ取っている二人ならばと思い、法章は隠し事をせずに一番の気がかりを口にした。

 貴美が法章の元に参じた際、貴美は『事態の収集をしなければならない』と口にしていた。

 現状、貴美は淡路島を覆うほどの混沌の中心に居るが、この混沌を収め秩序をもたらせられるほど強く輝いているようには見えない。

 むしろ混沌を明らかな混迷へと加速させるような色合いをしている。


「チガイナイ。どうされるのか?」

「お考えがあるのに、迷ってますねぇ?」


 チョウとクレアに問われ法章は苦笑を返した。

『AD・VICE』の中でも実力の高い二人はすでに法章の心の内を見抜いていて、法章の困り事を知っていて言葉にするように促してくる。

 まるで自己と他者に一線を引いている法章を正すような厳しさと優しさを感じ、法章は自分の未熟さと未完成さを痛感した。


「恐れ入ります。

 私は姪にもう一度会いたいと思っています。

 会って守人のなんたるかを伝え、戒めを伝えるとともに『気』の制御を助けてやらねばと思っています。

 そのために彼女と連絡を取るか、顔を合わせる手段はないものかと考えていたところなのです。

 私は目が見えず、道具を使うことに難があり申す。彼女も文明を遠ざけており、電話や手紙などは届かぬ。

 もしよろしければご助力を賜われればと思うのですが、いかがでしょうかな?」


 何もかもを打ち明けた法章に対し、クレアとチョウは一瞬だけ緊張の色を漂わせたが、すぐに緩めて法章の頼みを受け入れてくれた。


「モチロン。こんな時こそチカラを合わせねばネ」

「ただ、この三人で出来ることは限られているからねぇ。他の人にも声をかけて可能性を増やしません? ホウショウさんを中心にアレコレやってみないと分からないからねぇ」

「ありがとうございます」


 久しぶりに人と人の対話が出来た気がして法章は素直に頭を垂れた。


「ただ、最終的には車などで淡路島に向かう可能性もあるだろうと思いますが……」


 直って付け足した法章だったが、案外とクレアは簡単に請け負ってくれた。


「そっちの方が手っ取り早いですよぅ」

「マチガイナイネ」


 チョウのダメ押しに法章は声を出して笑った。

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