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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第七章 水面下
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見解 ③

 両手を前に突き出して優里を留めるようにしつつ、腰を浮かせて優里と玲美を何度か交互に見比べて、もう一度「待ってってば!」と制止して恭子は深呼吸をした。


「あのさ、独立って何? 建国って何? その上で雇う? あんた何の話をしてるの?」


 恭子は怪訝というよりも、詐欺などの犯罪を疑うようにあからさまに眉をひそめて優里を突き放した。

 玲美も恭子と同じような気持ちなので、怪しむまではいかなくとも『ちゃんと説明するべきよ』と視線を投げておく。


 胡散臭い新興宗教ならばもっと壮大で突き抜けているのに甘美な説得力が必要だろうし、投資させて高配当を謳う詐欺ならば夢が見れる現実的な数字を示さなければうまく行かないだろう。

 そのどちらでもなく、大真面目に夢を見ているのならば、これほど言葉足らずで伝わらない勧誘はない。


「言葉のままですよ。

 それとも、私が世界征服でも企んでるように見えますか?

 そんなだいそれたことは自信過剰な独裁者が目指せばええと思うし、私は誰かを尻に敷いて贅沢したいなんて思いませんよ」

「……そこは『(しいた)げる』とか『従わせる』の方がカッコイイよ」

「あは、こういうの慣れてなくて。……ありがとうございます」


 恭子の冷静なツッコミに優里が応じ、一瞬だけ場の雰囲気が緩んだ。


「私ね、この前夢を見たんですよ。

 私が生まれたのは両親が居たからで、その両親はそれぞれの祖父母が生まれていたから私まで繋がった。

 そういう世代の移り変わりと交わりを何十何百と織り重ねることで、途絶えることのない繁栄を見た気がしたんです。

 私らはちょうど皇居に住ませてもらってて、そこで日本の国産み神話や大和朝廷から続く今上(きんじょう)天皇までの繋がりを見聞きできました。

 この二つが『君が代』にリンクして、一組の男女の営みが一族の起点となって久遠の広がりになる。こういう長い時間の営みの連続が、それぞれの家庭で血縁や絆以上に感じあえたら、どんなに素敵なんだろうって思うんです。

 そんなことを目指せたらなって、そういう独立なんです」


 胸に手を当てどこか夢見心地な眼差しで語る優里を玲美と恭子は複雑な視線で見てしまう。


「なんか色々ヤバイこと言ってない? 通報とかしないけど、あんまり言わない方がいいよ?」

「ちょっと大きな話だから発言しにくいわね」


 恭子があまりにも冷たい言葉を使ったので玲美はフォローをしたつもりだが、優里にはどちらの言葉も響いてはいないようだ。


「今はそれてもいいんです。

 モアがやろうとしてることを全力で支える。それだけが私の今すべきことやから。

 落ち着いたらまたお二人にさっきと同じ事をお願いするつもりです。

 少しでいいんで考えておいて下さい」


 愛想笑いを浮かべる玲美と明らかな嫌悪を露わにする恭子とは対象的に、優里は晴れ晴れとした笑顔で二人を見返している。

 その様に耐えられなくなったのか、恭子は「失礼します」と断りを入れて煙草を吸いにキッチンへ向かってしまった。

 内外ともに収まらないイライラを足音で表して歩み去る恭子を見送り、玲美は優里にいらぬお節介を投げかける。


「ずいぶん智明君を買ってるのね。付き合ってるの?」

「うんっと、お互いに好きやし、幼馴染みやからよく知ってるのもありますけど付き合うとかじゃないですね。あ、でもお姫様にしてくれるって言うてくれたんです」

「そう……」


 大人ぶった理想論や主義を語った後とは思えない少女らしい答えに、玲美は返す言葉が見つからずに相槌だけを返した。


 優里がそんなおとぎ話のような短絡的な方便に惑ったとは思わないが、そんな優里を玲美が『女の子』『少女的』と切り捨てられないのは、まだ男の甘言に身をやつしてしまえるからかもしれない。


 別れた夫からも鯨井からもそんな夢を見させてもらえるような言葉はなかった。黒田に至っては玲美の子供じみた正直さが拒まれる一因だったとも思える。


 ――男の言うことなんてどこまで信じていられるかしらね――


 その思惑は玲美の嫉妬や羨望が過分に含まれていると自覚するが、どこまでも信じることで男に守らせていけるならば理想というものは案外近いものだとも思える。

 自分の希望通りであるならば後悔はしないはずなのだから。


《もちろん、ずっとですよ》


 頭の中に聞こえた声を無視して、玲美もソファーから立ち上がってキッチンへと向かった。

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