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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第七章 水面下
208/485

見解 ②

   ※


「どうぞ」

「ありがとうございます」


 旧南あわじ市広田にある播磨玲美の自宅マンションのリビングにて、三人の女が冷えた麦茶を手にくつろいでいる。

 結局、三人は入浴と食事を済ませるまで本題を語ることはなく過ごしてしまっている。


「……鬼頭さん、そろそろ本題を片付けましょうか」

「そうですね。看護師さんも巻き込んでしもてますもんね」


 一人落ち着き払っている優里に向けて玲美が促すと、優里は麦茶の入ったグラスをテーブルに置いて応じた。

 ただ別の所から注意が飛ぶ。


「あの、看護師はやめてね? 赤坂恭子です。名前で呼んで」

「そうですね。ごめんなさい」

「それじゃあ私も名前で呼んでちょうだい。播磨玲美よ」

「わああ! ごめんなさいすいません! そんなつもりやなかったんやけど、気を悪くさせてたら謝ります。ごめんなさい」


 恭子と玲美の申し出に優里は慌ててそれぞれに頭を下げた。


「播磨先生と、恭子さんでいいですか?」

「大丈夫よ」


 優里の確認に玲美が応じると隣りで恭子も首を縦にうなずかせた。


「えっと、じゃあ、先に播磨先生へのお願いからですね。

 ええっと、病院で治療してもらってる時は分からなかったんですけど、先生が部屋に入ってきて初めてちゃんと顔を合わせた時に、アレ?って思ったんです。

 なんか気まずそうというか申し訳なさそうな気持ちが伝わってきたというか。

 でもそんな気持ちとは裏腹に、先生はあの部屋の状態を見て驚いたりしてへんかったのが印象的で。

 だからちょっと勝手に調べました」


 優里はつらつらと引っかからずに話しているが、その表情は笑顔ではなく神妙でもない。

 玲美の目には自嘲か悔恨に似て見えた。


「調べた? どういうふうに?」


 優里がオフィスでそういった仕草をしていなかったと思い問うてみると、優里は少し困った顔をする。


「あの、そういうのとちゃうんですよ。考えてることを覗いたとか、心を読んだとかやないんです。

 ただ、こう、先生を見てたら先生のしたことが思い出とか夢みたいな映像で見えた、みたいな曖昧なもんなんですけど、なんか見えたんです」


 弁解にもなっていない優里の言葉に玲美は呆れと疑いを感じ恭子に目を向けると、恭子もなんとも言えない表情で玲美を見返してきた。

『そういう能力なのだ』と言われてしまえば追求のしようもないが、『よく分からないがそうなのだ』と告げられてもそれは説明でも言い訳でもない。

 なので玲美は疑念を隠さずに、優里を遠ざけるように問う。


「具体的に何を見たのかしら」

「私の血が入った試験管と、髪の毛とかを入れたガラスの器を冷蔵庫か何かに保管してましたよね? 誰かに触られないかを気にしてるんが伝わったというか、そんな感じです」

「テレパシーが出来るのだから、驚きはしないわ。それで? それがどういうことかも分かっているということ?」


 優里の曖昧な表現に焦れて突き放してみた。

 玲美の問いに少し困った顔をしながら優里が答える。


「ウ~ン。そこがボヤけてるんですよね。検査みたいなことをしはるんやろうなとは思うんやけど、播磨先生の主導やないみたいな……」


 小首を傾げながら放たれた言葉に、玲美は先程よりも驚きつつ妙な安心を覚えた。

 何もかもが筒抜けになっているわけではないという限度が見えたと同時に、幾らかは気分や感情のような部分が読み取られていると感じたからだ。


「そこまで万能ではないことに安心したわ」


 そう前置きしてから真相を切り出す。


「貴方のお友達――高橋智明君にも同じことをしたのだけれど、貴方の血液と細胞を調べて一般的な人間と何か違うところがないかを知ろうとしているの。貴方が言ったように私は中心人物ではなくて、別の人の思い付きで進めていることよ」


 隠す意味はないと悟ってしまえば玲美の言葉はあからさまで険のある直球になってしまった。

 そのために優里ではなく隣りに座っていた恭子の方が慌てた顔で玲美を振り向く。


「先生、言い方が――」

「あは。大丈夫です。なんとなく分かっていることやからビックリしません」


 玲美より先に優里が恭子をたしなめ、玲美に向けて言葉を継ぐ。


「ていうか、そういうのはちょっと助かる部分もあるんで、播磨先生とお話しようと思ったんですよ」


 笑顔で話す優里を見て恭子はそれ以上何も言わなかったが、今度は玲美が次の疑問を口にした。


「助かるというのはどういうことかしら。人類の進化について論文でも書けというの?」

「まさかまさか。

 ……正直な話、私たちはどうしてこんな力を使えるのか分かってへんのです。

『使えるから使う』というのと『なぜ使えるかを知ってどう使っていくべきか』を考えなあかんし、大事にせなあかんと思うんですよ。

 そのためやったら血を採られたり、検査をしてもらったりっていうのは受けるつもりなんです。

 まあ、実験みたいな扱われ方は嫌やけど」


 玲美の飛躍した表現に苦笑いを返した優里は、言葉を紡ぐにつれ真剣な顔で語っていった。

 これには玲美の方が驚かされ、まじまじと優里の顔を見つめてしまう。


 彼女は今、モルモットやラットのような実験でなければ検査を受けると言ったのだ。

 玲美の知る限り高橋智明の異常を画像や数値で記録した物は、変異が始まった頃のMRIデータが二つと血液と体細胞を培養し検査したものだけだ。

 つまり超常的な能力を発現する前のものであり、現在の高橋智明と鬼頭優里はその頃と変化している可能性があり、優里は現在の自分たちを調べて構わないと言ったのだ。


「……本気、なのね?」


 驚きから平静を失い、言質を取ろうと焦る気持ちと慎重に接さねばと抑える気持ちが緊張になり、玲美の声は少し震えた。


「ホンマですよ。

 ただ、今すぐとはいきません。モアはまだ新宮(しんぐう)から離れることができへんし、私もモアの手伝いをしやんといけません。

 もしかしたらニュースとかになってるかもやけど、自衛隊とかが新宮を囲んでて検査とか言うてる場合やないかもですけど。

 でも、この力や体がどうなってしまってるのかは知っておかなあかん。それはホントの気持ちです」

「そうね。それは、そうだわ」


 娘ほどに歳の離れた優里の落ち着きを見て、玲美はなんとか心を落ち着けるために返事をはぐらしてしまった。

 なぜここまで自分が慌ててしまっているのか、その答えが真摯な態度を取る優里を欺いているように感じているからで、この気持ちを明かすべきかどうか迷う。迷っているから、慌てる。


「どこかおかしいですか?」

「いえ、おかしくなんかない。大丈夫よ」


 ゆったりと尋ねてきた優里の関西弁に即答し、玲美は麦茶を飲んでやり過ごそうとグラスを持ち上げたが、口を付けずにデーブルに戻した。


「……ごめんなさい。

 一つだけ誤解があるから正しておくわね。

 智明君が力を持つ道程のMRIデータと血液サンプルが存在するの。

 そのどちらにも私は関わっているし、そこからある程度の智明君の状態というのは検証されています。

 けれど、けれどね?

 その中心には私は居ないの。いえ、そばで見ていたし内容も知っているけど、私が貴方達の状況を解き明かしたり研究している医者ではないの。

 貴女の血液や髪の毛を採取したけれど、私が検査や解明や推察するわけではないの。

 そこを間違えないでちょうだいね?」


 優里に理解してもらおうと言葉を並べれば並べるほど玲美は心苦しくなっていく。騙したわけでも騙そうとしているわけでも無ければ、責任逃れをしようというのでもない。

 それなのに玲美を見つめる優里と恭子の視線が刺さるようで苦しくなる。


「……それは問題ないですね。要は播磨先生と検査してくれるお医者さんは連絡が取れるんですよね? それなら何も問題なくないですか?」

「それはそうだけど。でも――」

「大丈夫ですよ。さっきも言いましたけど、今すぐに会って何かしましょうゆう話やないですから。後から『やっぱりヤメタ』ってなっても、それはそこまでの話ですやん」

「そうだけど……」


 玲美は、年長の自分が娘ほどの歳の優里に寛容な応対をされ、なおさらハッキリとした返事ができなってしまっていることを情けなく思った。

 無論、高橋智明と鬼頭優里の検査や調査は鯨井と柏木珠江が行うのだから、ここで玲美の一存で軽々しい返事はできないという部分もある。が、それでももっと良い答え方が他にもあるだろうと自分を責めてしまう。


「逆に私たちが『やっぱりヤメル』って言うてしまう可能性の方が高いですしね。あんまり重く受け止めやんくて大丈夫ですよ」


 玲美の困惑や迷いなどが伝わってしまったのか、優里がニッコリと笑いながら気遣いの言葉を投げてくれる。

 情けなさが極まった玲美はこの会話を早々に終わらせようと決めた。


「……ありがとう。この件に関わっている先生たちに確認をしてみます」

「はい。お願いします」


 ソファーに座ったまま小さく頭を下げた優里に、玲美もわずかに笑って頭を下げる。


 そのやり取りを眺めていた恭子が順番待ちが終わったと見たらしく、口を開く。


「次は私の話でいいのかな」

「そうですね。車ではちゃんと話せてませんから」


 玲美から恭子へと視線を移した優里は、先程までと変わらない笑顔で応じた。


「とりあえず病院で見た怖さとか得体のしれない感じはなくなったけど、友達っていうのはしんどいかなって思う。どんな気持ちでそんなこと言ったのかを知りたいな」


 玲美とはまた違う親しさで切り出す恭子。

 年齢で言えば幾つも違わないので特に違和感はない。


「あれはごめんなさい。

 私、一人っ子やから家族以外の親しい人って友達っていう感覚しかなかったから。

 冷静に考えたら先輩とかお姉さんやもんね」

「そうだよね。それにさ、雇うとかも言ってたよね。あなたまだ学生なのにお金のこととか分かって言ってるの? 簡単に人を雇うとか言っちゃダメだよ」


 優里が間違いを認めたからか、先程玲美に悩んでみせた恭子が徐々に厳しい言葉をぶつけていく。

 しかし玲美が見る限り優里にはまだ笑っていられる余裕があるし、憤慨して見える恭子の方が優位にたとうとムキになっているようでもある。

 優里と恭子には年齢差だけでなく、中学生と社会人という違いがあり、恭子が一方的に下に見られたように思っているのかもしれない。


「そこ、少しちゃいますよ」


 まだ言葉を連ねようとしていた恭子を遮る形で優里が否定した。


「ちょうど学校で近代日本を習ったとこやから、その辺りはちゃんとしてます。

 私たちには資金があって、組織を作りました。

 まだ集まったばかりやし、出来たてやから整ってないところもあるかもやけど、私たちは独立や建国を目指して活動してるんです。

 播磨先生に頼るのも少し先になる言うたんはこの活動が落ち着かなあかんからやし、これがホンマに実現したら色々な所でもっと人を集めて雇わないとなんです。

 ただ、恭子さんを看護師として独立後の病院で働いてねって話やなくて、モアと私が()()()()()()()()()から、専属になって欲しいっていう意味で言ったつもりなんです。

 それが伝えきれんくって誤解させたり傷付けたんやったら、それは謝ります」


 淡々と続けられた優里の言葉が予想外だったからか、もっと優里を煽ろうとしていた恭子は如実に慌て始める。


「ちょ、ちょっと待ってちょっと待って!」

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