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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第七章 水面下
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真偽 ⑥

「おいおい……」

「それは、お前、アレだよ」

「ジンべさん、そこ、気付いてないんスカ?」

「んえ? 何が?」


 田尻と紀夫と真から指摘されたことに思い至らず、ジンベは変な声を出して三人を見回す。


「いや、その話、まんまHDなんすよ」

「お? おおっ! ホントだな!」

「うるせーよ」


 真に教えられて大きな声を出したジンベを紀夫が即座にたしなめ、田尻が話の続きを促した。


「それでモリシャンはどこで出てくるんだ?」

「ああ、うん。

 その小難しい講演会なんだけど、何人かコメンテーターとか支援者みたいのも舞台の上に居ててな。

 IT企業の社長とか、どっかの病院の医者とか、大学の先生とかも居て、政治家とかインフルエンサーとか芸能人も居たんだよ。

 呼ばれて出てきた時からどっかで見たことあるなぁって思ったハーフのオッサン、声聞いて一発で思い出したんだ」


 神妙な顔で話すジンベに真はハテナ顔になる。


「芸能人? フランソワーズ=モリシャンさんって芸能人なんスカ? 俺、一回しか会ったことないですけどテレビとかのメディアで見たことないっスヨ?」

「あの顔であの喋り方だから、動画やテレビやネットCMに出てたら一発で分かるよな?」


 真の言葉を追う形で紀夫もハテナを追加する。


「それが、普通の話し方だったんだよ。関西弁で普通に喋ってたぞ」

「あの顔で?」


 普段、そういったディスを口にしない田尻が間を開けずに問返していた。

 それほどフランソワーズ=モリシャンのイタリア系ハーフの容姿に関西弁は不自然だった。


「あの顔で、だ。ただ、ちょっと思い出してきたんだけど、なんかラジオのDJとかが本職らしいんだよな。……雑誌にコラム書いてるとか紹介されてた、気がする……」


 うる覚えなのか次第にジンベの声のトーンは下がっていく。

 それを見て嫌な予感がしたのか、田尻がしかめ面でジンベに問う。


「名前、てか芸名か。なんて言うんだ?」


 問われたジンベは顎に手を当て、ウンウン唸って記憶の奥底から思い出を引っ張り出しているようだ。


「……確か、ノムラマサオ、だったかな?」

「……全然違う名前っすね」

「けど顔とか背格好とか声はまんまモリシャンだったんだぞ! あんな変な奴がこの世に二人も居ると思うか?」


 冷静にツッコミを入れてしまった真に、ジンベが半ばキレ気味に言い返して来た。


「いや、すんません! 思い切り日本人の名前だったもんで――」

 慌てて謝る真の向かい側で紀夫が何やら呟いている。


「ノムラマサオ、ノムラマサオ……。もしかして()()ノムラマサオかな?」


 真に詰め寄っていたジンベも、凄んでくるジンベに謝っていた真も、周りの騒々しさに呆れてため息をついていた田尻も、紀夫の言葉に動きを止める。


「あのって何だよ?」

「うちの職場、ライン作業なんだけどいつも工場内にFM垂れ流してんだよ。んで、朝早くから十時くらいまでの五時間の番組だったかな? ノムラマサオがDJやってるリクエスト番組流れてるんだわ」


 田尻に促された紀夫が答えると、ジンベが腰を浮かせて反応する。


「そうだ! それだ! FMだよFM! 大阪にあるFM556(ココロ)だ! えっと確か、『ノムラマサオの朝からリクエストしチャオ!』とかいう番組だ!」


 記憶が蘇ったからか声を張り上げながら紀夫に握手を求めるジンベをよそに、ボソリと田尻は真に確認する。


「おい、知ってるか?」

「いや分かんないっす。FM556っていうラジオ局があるのは知ってますけど」

「マジか」

「なんか周波数が55.6メガヘルツだから556って書いてココロって名前にしたらしいっすよ」

「よく知ってんな……」

「はは、ちょっと色々ありまして」


 二十一世紀に入ってAMラジオ及びFMラジオの放送は、ラジオ放送受信機を用いて放送局周辺の特定地域で聴くというスタイルではなくなり、スマートフォンやパソコンにアプリをダウンロードすればインターネット同時放送で全国どこにいても他地域のラジオ放送は聞けるようになった。

 H・Bが登場してからもラジオ放送聴取アプリは一定数の利用者がいる。


 だが真の場合は少し経緯が違い、小学校の授業でアナログラジオ放送受信機の使い方を学んだ際に、アンテナを伸ばしてダイヤルで周波数を合わせて放送局を見つけるという宿題があった。

 大抵の生徒たちはネット検索でズルをし、答えを見付けておいてから周波数を合わせたようだが、真の場合は優里と智明と合同でこの宿題に挑んだためそうしたズルは許されなかった。

 その宿題の最中に見付けたのがFM556なのだが、真はこの説明は話がややこしくなる上に智明らと睦まじかった頃の思い出が気恥ずかしくなって、語るのをやめた。


「けどよ、顔とか声がモリシャンでも名前が違うってのはやっぱり別人じゃないのか? 確か京都に住んでるって聞いた気がするぞ」

 とは紀夫。


 記憶が蘇ったことに浮かれるジンベに釘を刺す形で補足したのだが、ジンベはどこか泰然と構えて答える。


「そこはもう問題じゃねーな。そもそもアイツの何を信用できてたんだって話だよ」


 ジンベのその一言で田尻と紀夫は納得して口を閉じてしまい、真もこれまでに聞かされていたフランソワーズ=モリシャンの人となりと照らし合わせて反対意見は思い浮かばなかった。


「……でもそうだな。その講演会は言っちゃえばHDの宣伝みたいなものってことだよな? ということはだ、モリシャンが俺らにH・Bをばら撒いたりHDを試したりってのと辻褄が合うってことだよな?」


 田尻が話を戻すと紀夫もその言葉尻を拾う。


「しかも会社の社長や医者なんかに広めようとしてるってことになる。()()モリシャンが、だぞ」

「……ジンベさん。その講演会っていつ頃の話ですか?」


 田尻と紀夫に続いて真までが神妙な表情で問うたので、ジンベがやや慌て気味に記憶を掘り起こす。


「きゅ、急に言うなって。……確か、去年の十二月だな。今年の新年度……って言うとお前らは分からないよな。今年の四月から海外メーカーの取り扱いを始められるように動いてたから、去年の話だ。間違いない」


 その答えに三人は黙り込む。


「……な、何だよ?」


 一気に変わった空気感に戸惑ったジンべが真らに声をかけるが、三人からの返事はない。


「田尻さん、これって――」

「テツオさん、知ってる話なんだよな?」

「そうだよな。でなきゃモリシャンが立ち会う理由がないからな」

「けど、講演会で話してるってのがな……」

「しかも半年以上前だからな」

「モリシャンさんの正体、テツオさんは知ってるんですかね?」


 ジンベを横において真らは更に声を潜めて相談を始めてしまったので、ジンベは疎外感を感じたのかボソボソと三人に声をかけてくる。


「おい。……おいったら。…………なあて」


 しかし三人だけの会議は進む。


「逆に知ってるから箝口令とか?」

「それもあるかもだな」

「でもやっぱり連絡した方がいいんじゃないスカ? 俺らは目的があってHDを使いましたけど、モリシャンさんは……いえ、ノムラマサオは講演会で公の場でその存在を口にしたも同然です。これって色々ヤバイっスヨ」

「そうか? そうだよな」


 真の危惧に田尻も半信半疑ながら納得する。


 HDという認可されていない人体改造を施すナノマシンは、例え本人が了承していてもその使用は法律に縛られていなくとも倫理的な批判は免れないだろう。


 真たちからすればHDという新しい技術へと導いてくれたフランソワーズ=モリシャンが、その裏では芸能活動の一つだとしても公の場で秘匿してきたHDの存在を仄めかしているように見え、その発覚を世間に促しているようにも見える。


 これをテツオが予測したり把握しているかは、真らからすれば重大事と言える。


「おいってば!」

「よし。テツオさんに連絡しよう。ジンべ、悪いけどテツオさんの指示次第じゃまたアシやってもらうかもしれない」

「お? おお、そりゃ構わないけどよ……」


 三人の注意を引こうとしたジンベの怒声に対し、田尻から切り替えされてジンベの勢いは削がれた。

 目を伏せ額に指先を当てて通話の姿勢を取る田尻に追随して、紀夫も仮想ウインドウを展開して何やら操作を始める。


「ジンベさん? どうかしたっスカ?」


 なにやらあっけに取られているジンベを見て真が声をかける。


「いや、なんかお前ら、変なとこで真剣というか、頭使ってるというか、マジだよな」


 ショップの先行きや展開や年度などの商用語で社長職であることを鼻にかけていたぶん、ジンベは真ら三人の会話にギャップを感じたようだ。


「すんません。最初は俺と智明だけの話だったんすけど、自衛隊が絡んできたり、智明がアワボーやクルキを集めて組織を作り出したんで俺らも真剣になっちゃってます。多分ですけど、テツオさんが心配してるのはそこだと思います」


 真からすれば真っ当な脈略のつもりだったが、またジンベの機嫌を損ねたらしく刺すような視線が向けられた。

 脅したり怒鳴ったりまではしてこないし、先程までとは少し視線の色が違う気もする。


「……電話、繋がらねーな」

「え、マジすか?」

「なんだこれ? 電話でねーな」

「紀夫さん?」

「お前もかけてたらややこしいだろ」

「いや、俺は恭子の方」

「紀夫さん……今っスカ……」

「まあ、紀夫だからな」


 テツオへの電話が繋がらないと訝しむ田尻に対し、赤坂恭子が電話に出ないことを怪しむ紀夫に真は呆れてしまった。

 そんな紀夫を揶揄するジンベの一言がおかしく、テーブルにいた全員に小さな笑いが起こった。


「こら、真まで笑うな。お前の友達の具合を見てくれてるのが恭子だろ。病院に運んでから何時痕経ってると思ってんだよ? 連絡ないの心配じゃないのか?」

「そうでした。すんません」


 一緒に笑っていた紀夫は徐々に表情を厳しくしながら真をたしなめ、真も本懐を思い出して殊勝に頭を下げた。

 意識を取り戻さない優里を病院に運びたいと言い出したのは真だし、その病院に中島(ちゅうとう)病院を提案してくれたのは紀夫だ。もっとも、紀夫の目的としては赤坂恭子と会話するためのキッカケ作りの意図もあったのだろうが、それが真のためになっているのだから逆らうのは得策ではない。


「てかさ、お前らやテツオさんや瀬名さんがそういうテンションだってのは分かった。この後は俺もそのテンションで行くわ」

「ジンベさん?」


 どこか雰囲気が変わり真剣さのようなものを醸し出したジンベを目にし、真は名前を呼びかけるしかできなかった。

 それは田尻と紀夫も同じだったようで、それぞれ脳内から電話やメールに意識を向けながらもチラリとジンベの様子を伺っている。


 真にはジンベの心境や考えは分からなかったが、少なくともテツオを経由する形で智明に対抗する同志を得たという感触だけはあった。

注釈:現在の放送法では、FM短波放送の割り当てバンドは79〜108MHzです

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