真偽 ⑤
エアバレットとエアジャイロに興味津々のジンべは真の制止を拒否し、田尻と紀夫から少しでも情報を得ようと前のめりに問う。
さすがにHDの話題に移ると田尻と紀夫も真面目な顔になり、田尻は右手の人差し指で自分のこめかみあたりを指差し、さらに声を潜めて忠告した。
「そいつはコレ以上にヤバイから気を付けろよ」
「さすがにテツオさんもキレるぞ」
未成年者のH・B化自体が違法であるのに、このテーブルの四人は更に厳罰に処される密造品の『どぶろくH・B』を使用している。
重ねてまだ認可すらされていないHDを使用しているのだから、この秘密は特にテツオが口酸っぱく箝口令を強いているので、紀夫の忠告は脅しではない。
「この俺が口外するかよ。触りだけでも教えろよ」
もう真の制止など聞いてもいないジンべに辟易とし、真は田尻と紀夫に目で助けを求めたが、田尻はジンベの頼みを断るべきか複雑な表情をし、紀夫に至っては自分が黙ることで責任逃れをするように顔を背けている。
「おいおい、そりゃないだろう! 今までチームの仲間だから無理も聞いてきたってのに、こういう時に仲間はずれは勘弁だぞ!」
痛いところを突かれたのか、田尻は困ったように頭をかき、紀夫はどうするべきか迷うように顔をしかめた。
「そりゃあ、そうなんだけどよ……」
「テツオさんの命令だからな……」
「なるほどな。んじゃあ、今までのツケや取り置きしてるパーツ代の期限を短縮するしかないな」
テーブルに載せていた体を起こして椅子にもたれ、ジンベは冷酷な宣言を下した。
真が見ても分かるほど田尻と紀夫が動揺していることから、二人ともジンベのショップにかなりのツケをしているようだ。
その様を見てジンベはニヤリとする。
「まあ、だいたいの予想はつくんだけどな」
「そうなんですか?」
そのまま田尻と紀夫にプレッシャーをかけていきそうだったジンべが表情を緩めたので、思わず真が問返してしまった。
「一応な。そもそものH・Bの出所が分かってりゃ、それと連動するHDも同じとこから引っ張ってきたんだろうなって考えられるだろ?」
先程までの真を邪険に扱っていたジンべとは声のトーンまで変えて解説され、真はあっさりと認めてしまった。
「あ、そうか」
「コラ!」
「簡単にゲロッてんじゃねーよ」
散々に渋ってみせた田尻と紀夫は即座に真の態度を叱り、真はジンベの緩急を使い分けた受け答えにはめられたことに気付く。
「すんません……」
「言ってやるなよ。どのみちお前らのどちらかがゲロッてる話なんだし」
「もうちょい粘るわ」
「テツオさんにはジンべにハメられたって言うからいいよ」
真をフォローするジンべに田尻と紀夫がため息混じりに言い返し、ヒソヒソ話をするために全員がテーブルに顔を集める。
「……で、予想ってのは何だよ?」
神妙な顔で紀夫がジンべを促すと、一同を見回してからジンべが答える。
「アイツだろ? フランソワーズ=モリシャン」
瞬間に真の心臓が大きく一度跳ねた。
テツオや瀬名に連れられて訪れた大阪の工業地帯で一度だけ顔を合わせた、ハーフっぽい男性の顔がよぎる。
「さすがというべきか、そうだよなというべきか」
「本気でそこしかないっちゃそこしかないからな」
「けど、リーダーがアイツをそういうふうに使うってとこまで予想できてるのは俺くらいのもんだろ?」
淀みなく正答にたどり着いたジンべに田尻と紀夫は苦笑いを浮かべたが、ジンベはどこか自慢げに問うた。
確かに真の知る限り、WSSのメンバーのほとんどは、フランソワーズの事は『どこにも属していないのに誰とでもフランクに接する変な奴』程度の印象しか持っていない。
田尻と紀夫から聞いた話では、いつもチームのたまり場に連絡なしでフラッと現れ、なんの垣根もなく誰にでも声をかけ、他から声がかかれば誰とでも話し込むのだそう。
高身長で白人体型のスラッとしたスタイルに小洒落た服装で現れ、ハーフっぽい顔には常に笑顔を浮かべている。
そんなフランソワーズ=モリシャンが『どぶろくH・B』を仕入れてばら撒いている大元だとは想像だにできないだろう。
「まあな」
「俺らもテツオさんに教えられるまで知らなかったからな」
紀夫はつまらなさそうに口を『へ』の字に曲げ、田尻は少し悔しそうにした。
その中で真っ先に動揺から立ち直った真がジンべに問う。
「でもなんでモリシャンさんだって思ったんスカ?」
「んー? まあ半分は勘なんだけど、噂じゃ淡路連合の全部に名前変えて顔出してるって聞くしな。そんなルール無用な関わり方が通るのは、それなりの理由があるからだろって思うんだよな。それと、いつだったかアイツを見かけたことがあったんだよ」
十代の少年達が集まっているバイクチームは横の繋がりが強く、信頼が深い分だけ結束は強くなる。
その裏側には余所者や裏切り者への猜疑心が強くなり、無所属の人物が飄々とたまり場に居座ることはまず許されない。
これは企業やスポーツチーム、ひいては軍隊などでも同じだろう。
真の問いに答えたジンベは腕組みをして過去の記憶を思い出すように少し遠くを見、フランソワーズ=モリシャンとの遭遇を語っていく。
「アイツ、ドゥカティ乗ってたろ? アワジであんまり見ない車種だし、地味に色々カスタムしてるんだけどパーツもそこらへんの量販店で扱ってる代物じゃない。だからってわけじゃないんだけど、うちのショップでもドゥカティが扱えないか問い合わせたことがあってな」
「なんで? あんな高いの売れるのか?」
ジンべがショップでドゥカティを扱おうとした理由が分からず、紀夫が問うた。
「新都になって色んな人間が引っ越してくるだろ? そしたら国産だけを扱ってたら手詰まりになると思ったんだよ。もちろんドゥカティだけじゃなくて、ハーレーとかアプリリアとかBMWとか国外のブランドは一通り当たってるんだよ」
「需要あるとは思えんが」
「売れる確証は無くても扱ってるのと扱ってないのとじゃ大違いなんだよ。いいか? 人間が増えるってことは、国産四大バイクメーカーだけやってりゃいいってわけじゃないんだ。中古なら何かのはずみで店頭に並ぶことはあるかも知んないけど、新車で手に入れようってなったら正規取扱店の強みを出さなきゃなんだ。特に、首都になると金持ちが趣味で購入してくれる機会は増えるから、取り扱いに幅がないとダメなんだよ。『扱ってません』の一言が客足や評判に影響するからな」
ジンべの考えを否定した田尻に対し、ジンベは指を突きつけて説明をする。
実際のところ、現在の淡路島には様々な種類の人々が流入している。
政治家や企業の社長以下幹部を始め、芸能人やアスリートも活動拠点はまだ関東ながら淡路島に別宅を構え始めている。
そうした富裕層の趣向の一つにバイクやツーリングがあるのならば、ジンべの目論見や予測は彼らの需要を満たすことになり得るし、淡路島を一周するアワイチがツーリングコースとして再認識されれば一般層でもバイク購入の機会が増えるかもしれない。
「そんなもんかね」
「そういうもんなんだよ」
ジンベはあっさりと紀夫を一蹴する。
中卒フリーターと高校生社長の見ている景色の違いかもしれない。
「それでな?
アワジから一番近いドゥカティの代理店は大阪にあるんだけど、そこに交渉に行ってきたんだよ。
流石に俺だけじゃパンチが弱いから、うちの親会社の『BIKELIFE』の営業にも付いてきてもらったんだ。
そうしたら先方さんも営業の偉いさんが対応してくれてな。俺が高校生やりながら社長の修行してるって言ったら驚いただけじゃなくて、えらく気に入ってくれたんだ。
気に入られ過ぎて、大阪で開かれてる講演会みたいのに連れて行ってくれるってんだから、分かんないもんだよな」
間仕切りにもたれその時のことを懐かしむようにするジンべに、周りの三人は呆れてしまう。
「で、どうなんだよ?」
紀夫が焦れてジンべに続きを促すと、ジンベはまたテーブルに肘をついて声をひそめる。
「ああ、そうそう。その講演会なんだけどよ。
お題目が『先進的都市環境におけるビジネスと医療とテクノロジー』って言う小難しいやつでな。
なんでもかんでもITやブロックチェーンを取り入れるだけじゃダメだって問題提起で、H・Bを活用してビジネスも医療も勉学もひっくるめた、新しい暮らしを実現させようって講演会なんだよ」
「なんだそりゃ? ちっとも中身が見えんぞ」
田尻らハイティーンの少年たちからすれば、社会の仕組みなど見て感じる範囲では充足しているように思える。
真はまだアルバイトが出来る年齢ではないが、田尻は学校終わりにアルバイトをしているし、紀夫に至っては高校を中退して日中は工場のライン作業で働いている。
ただこうした雇用される側からはITやIoTやブロックチェーンの可能性や活用はなかなか見えにくい。
ましてや第七世代通信事業として世界的に普及したH・Bの活用と言われても、今更すぎてすんなりと飲み込めるものではないだろう。
「まあ、そうだよな。
俺も半分くらいしか理解は出来なかったからな。
H・Bを医療に活用するのなんて特に分かんねーぜ? なんてったって全身の代謝や機能までを機械化して管理とかコントロールしようって話だし、なんだったら内臓以外を金属とか樹脂とかにすげ替えちまって病気での死亡率を下げようってんだからな」
またジンベは体を起こして間仕切りにもたれたが、今度は理解の及ばない理想論を思い出し渋面を作っている。




