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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第六章 影響
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女たち ③

「……それよりさっきのお話、まだ続きがあるんでしょう? 聞かせてくださいよ」


 急な話題転換だとは思ったが、このまま男共の冗談に付き合っていると本当にこの刑事に嫁入りしなければならなくなりそうなので、そうする。


「さっきの話?」

「はて、何だったかな?」

「とぼけないで。トランスヒューマニズムや論文提唱者のお話をしてたじゃないですか。ホフマン博士やモリシャン博士の名前をあげてたでしょ」


 舞彩は、雄馬との情報交換でこちらのネタにも興味があった。

 姉弟での会議の結果、弟雄馬は自衛隊の動向と御手洗(みたらい)政権の闇を暴きたいと主張し、姉舞彩は違法なナノマシンの蔓延と淡路島内のバイクチームとの関わりを受け持つことになった。


 そのためにH・B化の基礎となった論文の提唱者であるホフマン教授について下調べは済ませていたし、その助手で身体の機械化を提唱したモリシャン教授についても知識として頭に入れてある。


「その話は、半分は雄馬君から俺の方に投げてきた話やぞ。マアヤさんの方が知ってるやろ」

「そうだな。医者と刑事にスパイや諜報員みたいな期待をかけられても困るな」


 男二人の返事があまりに不真面目に聞こえたので、舞彩は心の中で舌打ちをした。

 雄馬との会議では黒田刑事の熱意や正義感や行動力に期待していたぶん、とんでもない肩透かしに感じてしまう。


「なんか話が違いますね。雄馬からはもっと果敢な姿勢があるように聞いてましたよ?」

「それはちょっと違うな。俺もこのオッサンも、自分の求めるもんに情熱を注いどるんは間違いない。ただ、やっぱり雄馬君やマアヤさんみたいに商売や仕事ではないんやわ。その温度差は前置きしとかなあかんと思うよ」


 男心を煽るように落胆して見せた舞彩に、黒田はそう言って複雑な表情を浮かべる。


「そうだな。関わってしまったゆえの道草みたいなもんだからの」


 それに続いて鯨井も抽象的な比喩で黒田とも違う溝を示してきた。


「では、そのへんの温度差や溝を明確に把握して話をすれば、お二人は私に協力してくれたりもする、というわけですね」


 舞彩と雄馬の記者という立ち位置ならば取材対象に不躾に突っ込むこともできる。

 しかしそれでは弱いと考えて雄馬は黒田を巻き込むことを考え、舞彩も鯨井の登場は使えると判断したのだ。

 こんなに都合に見合った取り合わせはないし、『使える武器』を簡単には手放せない。


「マアヤさん、それは強引やわ」

「そうそう思い通りにはしてやれんの。そもそも俺は黒田君とも利害の一致があるからつるんでいるだけで、君らの取材に協力する話はしていないからの」


 男二人から突き放され、舞彩は攻め方を変えねばならないと理解する。

 幸いここは舞彩と雄馬の自宅だ。世間の耳目を気にする必要もない。


「ではもう、あけっぴろげにするしかありませんね。

 正直なことを言えば私と雄馬の追っているネタはかなり複雑で、危険で、大きなモノです。

 雄馬が少し話したと思いますが、淡路島のバイクチームにばら撒かれている『どぶろくH・B』は、単純な企業の人体実験ではないと考えています。

 また、バイクチームを敵対させて抗争や縄張り争いのような緊張状態に至った経緯は、調べれば調べるほど不自然で、何者かの手引きや介入があるのではと思えます。

 加えて、先程もあった『ナノマシンによる身体の機械化』なんていう神への冒涜とも取れる企みが、ばら撒かれた『どぶろくH・B』をベースにしているのであれば、これは由々しき事態じゃないですか?

 ましてや高橋智明が皇居に立て籠もり、その尖兵としてバイクチームを招き、今朝自衛隊と一戦交えたとなれば、この騒動はどこまで広まるのか想像だにできません。

 これを追求し、一刻も早く白日の元に明かさねば、日本という国は過激な方向へと向かってしまうのではと危惧するのです」


 身振りを加え胸に手を当てて真剣に訴える舞彩を、脳外科医と刑事は腕組みをして見つめている。


「それは分からなくはない。

 自衛隊が『皇居防衛のための演習』などと建て前を立てて、実際は防衛行動や戦闘行為を行ったんやからな。

『防衛軍への改変』を阻止したい、阻止しなければというのは大昔から論議されてきたことだ。

 しかしそこに切り込む材料はそんなに簡単に転がってるわけじゃないし、医者と刑事と雑誌記者で手に入れられるもんやないやろ」


 黒田は好意的ながらも踏み込めない雰囲気で舞彩に答えた。


「……黒田君がバラしてしまったからあえて言うが、俺は高橋智明という存在が何であるかを知りたいだけなんだよ。日本の行く末や自衛隊の()()()に物申す気もないからの」


 まだ好意を匂わせていた黒田とは対象的に、鯨井はにべもない。


「じゃあ、せめてそういったナノマシンの研究をしているような専門家を知りませんか? 『どぶろくH・B』にしても身体の機械化にしても、専門家や医療に詳しい人を立ち会わせずに研究とか開発なんて出来ないですよね?」

「そりゃあ、そうだろうが……」


 舞彩は自身の切り返しに鯨井が言葉を詰まらせたのでこっそりとガッツポーズを作る。

 この切り返しを突っぱねられたならば諦めるしかなかったが、言葉に詰まるということは取っ掛かりは有ると白状したようなものだ。噂や憶測程度のものであれ、鯨井から何らかの協力を得られると想定できる。

 となれば、この流れで黒田にも協力を確約させれば舞彩の目論見通りになる。


「それに、黒田さんは雄馬と協力関係を結んだはずですよね。私と雄馬は姉弟であるだけでなく、同じ職場の同僚で同じ目的を持っています。いわば共闘関係です。協力者の同志は協力者のはずです。それにこのネタは現時点で三方向に分岐していますから、全てを解き明かすには無理があります。時には数に頼るのも手段として悪くないはずです」

「あんまり数に頼るとどっかから漏れるぞ」


 ある程度まで追い込んだ自負はあったが、舞彩は黒田の指摘に一瞬言葉に詰まる。

 しかし、ここで切り札として放つべき言葉はすでに舞彩の手の内にある。


「でも関係が密であれば漏れようはありませんよね。ね! ダーリン」

「……わぁっかったよぅ」


 舞彩がまだテーブルに置いたままにしていたICレコーダーを示したので、黒田は観念してくれたようだ。


「ありがとうございます。無理を通した代わりと言ってはなんですけど、これからどう動くかの作戦会議もありますから、今夜は泊まっていって下さい。手料理でもてなしさせていただきますから」


 満面の笑みで男二人に愛想を振りまく舞彩に、黒田はやれやれと言わんばかりにお茶を飲んでいる。

 対して鯨井は顎髭をなでながら、やや渋い顔になる。


「有り難い話だが俺は婚約したてだからの。さっきの件も自宅に戻らにゃ調べようもない。すまないが今夜はお暇させてもらうよ」

「それは、仕方ないですね。……もうすぐ雄馬が戻りますから、ご自宅まで送らせますよ」

「すまんの」


 さすがの舞彩も自宅でなければ調べ物が出来ないと言われては応じざるを得ない。

 H・Bが普及しているからこそ、漏れてはならない情報は携帯しないという風潮は有識者や政財界には多い。

 舞彩に一言詫びた鯨井は黒田にタバコの箱を見せて、揃ってベランダに向かった。


 ――男ってホントに女を除け者にして連れションばかりなんだから――


 よそよそしい男二人の立ち姿を目の端に捉えながら、舞彩はようやくICレコーダーの停止ボタンを押した。

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