少年たち ③
川口と野元がパイプ椅子にきっちりと腰掛け直したのに合わせ、本田と瀬名も居住まいを正す。
「その前に自衛隊はどこまで知ってるんでしょう?」
「……それは任務の詳細に関わるから話せない。強いて言うなら、高橋智明がしたことは知っているというレベルだな」
はぐらかさざるを得ない質問にその通りに答えると、本田は一瞬怪訝な顔をしたものの納得はしたようだ。
「じゃあ、結構最初から話さないといけないな。
まず高橋智明には真という幼馴染みがいました。俺達のチームに真が関わったのはこの一年ほどなので、真と智明がどういった関係だったかは良くは知らない。
ある日、俺らが通りかかった先で真と智明が難儀している姿を見かけました。なんでも智明の体調が悪いとかで、その場を動けずにいたようです。
俺らが智明と会ったのはその時が初めてだったけど、真のことは知らないわけじゃない。なので、うちのメンバーのバイクに乗せて病院まで送ってやることにしました」
「その病院が例の中島病院か?」
川口の問いに本田ははっきりとうなずく。
「そうです。
チームメンバーに真と智明を送らせて、俺達は別の場所へ向かったから、病院襲撃事件が智明の仕業だったなんて知るのはその日の夜ですけどね。
うちのメンバーから『お願いがある』なんて連絡があって、正直面倒なことはやめてくれよって感じでしたよ」
一旦言葉を切った本田は、今のこの状況を招く結果となった人助けに対して苦笑を浮かべたようだ。
「それで?」
「チームメンバーと一緒に真も現れて、智明が大変なことをやからしたと聞きました。
智明が超能力のような強力な力を得たというのも、その時に聞きました。西淡湊の爆発騒ぎ、アレも智明がやったっていうのは知ってますか?」
「そういう事件があったというのはニュースとして知ってる」
とは野元。
「真の話では、智明は道具を使わずに水爆級の爆発を起こしたらしいですよ」
本田の言葉に川口と野元は互いを見合い、「まさか」「あり得ん」と半信半疑な言葉を漏らす。
「さすがにウランやプルトニウムはそこらへんに転がってませんから、放射能汚染やクレーター作ったりなんかはしてませんけどね。
なんでも雨粒を摘んで放り投げて、『水素原子を分解圧縮して水素を叩き込んで太陽を作る』と言ってたそうです」
この説明に川口と野元は言葉を失ってしまった。
広島と長崎に投下された原子爆弾は、ウラン原子を核分裂させた際の熱エネルギーを利用した焼夷爆弾だ。
対して水素爆弾は、核分裂させたウラン原子に水素原子を反応させた核融合で更に高い熱エネルギーを利用した爆弾だ。
理屈を理解していても道具や準備無しで人一人の体でやってのけられることではない。
「にわかには信じられんな」
川口はそう言うのが精一杯だった。
「真の証言しかないですからなんとも言えませんけどね。
ともかく、そうした智明の行動を真は危険視したんでしょう。
俺達に智明を止める協力をしてくれと頼まれました。
丁度、俺達には色々な方面にツテやコネがありまして……。サバイバルゲームの延長のようなオモチャを作ってる知り合いから装備を借りることができました」
話を続けながら本田は瀬名を軽く睨むようにした。
先程より瀬名のニヤニヤ顔がいやらしく下品になっていることを見るに、本田の言葉のどこかに嘘や偽りがあるのが読める。
「オモチャ、だと?」
「それがあの空を飛んでいたやつか?」
「まあ、そうですね。何に使うかを伏せて借り出したので、どこの誰から借りたかは言えませんけどね」
こともなげに言い放つ本田を川口はジッと見つめる。
やんわりと対処してはいるが、この場は自衛隊による正規の詰問の場だ。
本田が、水素爆弾を素手でこしらえてしまう相手に『戦争ごっこ』で使用するような本当の玩具で挑むはずはないと思いながら、川口は本題ではないと考えて一旦その真偽は横に流す。
「それから?」
「それからは単純です。
準備が整ったタイミングで自衛隊の演習のニュースを知りました。真の意志を尊重するなら自衛隊よりも先に皇居に迫って、智明とケリを付けるしかない。
結果として、俺達は智明の部下になったバイクチームには勝っていましたが、彼らが居た事で真は智明と一人で対決することになって、勝ち負けの判定は五分というところでした。
丁度、自衛隊が煙幕とか迫撃砲を撃ったあたりで水入りになった、て感じですね」
本田が言葉を切ると、川口と野元が無言のために室内は静まり返ってしまった。
「……あんま有益じゃなかったみたいだなー」
瀬名が他人事のように本田に声をかけたことでようやく川口は口を開く。
「いや、そんなことはない。君達かあの場に居た事はそれなりに重要な事だ。高橋智明が水爆のような規模の爆発を起こせると分かっただけでも意味がある」
「確かに、我々は奴の力や能力というものを測りかねていましたからな」
「そりゃ良かった」
川口に続き野元も情報の価値を認める発言をする。
「君達もあの赤い光と青い光を見たということだろう?」
「ええ」
「少なくとも我々より情報を持っている者として、アレをどう思う?」
言ってしまってから川口は内心で自身の失敗を悟ったが、言葉に表れた怯えを隠すことはもうできない。
「……赤い光についてはなんとも言えませんね。俺達は赤い光が飛んでいくところを見ましたけど、あの光がどんなことを引き起こしたかは知らない。ただ、青い光はあの場に居た全員が浴びていたみたいだし、怪我が治ったり体力が回復したような現象を体感してます。すごくゲーム的な表現でしか言えないけど、体力や毒なんかの異常までも回復魔法で癒やされた、そんな感じに思いましたね」
本田の弁に川口はふうむと唸った。
「やはりそういう結論にしか達さないのか」
腕を組み思案しながら呟いた川口に、本田が付け加える。
「逆に、智明はそれができるくらいまで自分の力を研究とか分析してるんだなと思いますよ。『やってみたら出来た』程度の発見の可能性もありますけど、あの状況で一か八かの賭けに出る性格じゃないはずですからね」
「それはあり得るな。目に見えない障壁のような物が張られていたり、突風に煽られるような衝撃波も報告されているからな」
本田の考えを肯定した野元を、川口はこっそりと睨みつける。今野元が口にしたのは警察機動隊の報告書に記載された情報であり、少年たちに余計な詮索をさせかねない。
「ああ、それも真が言ってましたね。空を飛ぶ時に空気の壁みたいのを作ってるみたいだとかなんとか」
「どんどん漫画じみてくるな」
川口の視線に気付いたからか、本田に応じた野元は言わずもがなの台詞を吐いて黙った。
その様を見て川口は少年たちに向き直り、話題を変える。
「高橋智明の能力などについては参考になった。となると、ここからが本題となるわけだな」




