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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第六章 影響
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少年たち ②

「どういう事か?」


 一声唸ったまま言い返さない川口に代わり、野元が問うた。しかしその問いは本田の言葉を肯定しない曖昧な問い方だった。


「どうと言われても困るけど。……自衛隊の情報にはないと思いますが、俺達も一応は関係者――でいいんだよな?」

「んお? おお。正確には()()()()()()()()()()()だけどなー」

「ああ、だな。ともあれ、俺達は俺達なりに高橋智明と戦う理由があったわけです」


 途中、本田と瀬名の間で確認をし合ったが、川口の知りうる情報に引っかかる部分がいくつかあった。


「戦う理由があったと言ったか? 君達はすでに彼と戦ったのか? それはつまり、あの場に居たということなのか?」


 様々な要因で記憶の隅に追いやられていた異常を思い出し、川口は前のめりになる。


 高橋智明との会談。

 陸上自衛隊幕僚監部を通じての御手洗首相への報告。

 トランスヒューマニズムに関する推察。


 それらの異常の他にも川口らが注目しなければならない異常はもう一つ、あった。


「そうです。俺達は自衛隊が迫撃砲を撃ち込むまで、高橋智明と戦っていました」


 あっさりと認めた本田の弁に、野元は右手を長机に叩きつけるようにして応じる。


「馬鹿な! そんなことがあのタイミングで――」


 出来ようはずはない、と言いかけた野元を遮って川口が呟く。


「空を飛んでいたのは君達か」


 絶句した野元は川口を見、本田と瀬名を見、もう一度川口に向き直る。


「あ、あ、だから仲間を開放しろという取り引きに繋がるという……」


 野元もようやく思考が追いついたらしく、脱力してパイプ椅子にもたれた。

 大日ダムと牛内ダムの道路封鎖を破ってバイクで道を塞ぎ、自衛隊車両の進行を妨げたバイクチーム。

 双眼鏡の中に見た空中を飛翔して戦闘を行っていた人影。

 その実行者が目の前に座る本田と瀬名だった、というところに行き着く。


「忘れていたな。失念していたよ。確かに我々が諭鶴羽山に現着した時、空中に浮かぶ人影があり、戦闘らしきぶつかり合いを見た。あれを行っていたのが君らのような少年だったとはな」


 感心するような見直すような口ぶりで川口は言葉を継いだが、心の内では野元に詫びていた。


 少し前に応接室でわだかまりを無くそうと話し合った際、川口は野元に対して『個人的なオカルト趣味は無関係である』と提言した。

 しかし、高橋智明に対抗するように空を舞っていた存在を失念してしまっていた理由は、やはり個人的な趣向であるオカルトを優先したからだろうと感じたからだ。


「それについては歳は関係ないですよね。俺らも真っていう友達から相談されて、話の流れで関わっただけなんでね」

「そんなものなのか? そんな軽い理由でここまで来たのか?」


 野元は意外そうに問うていた。

 自衛隊への直談判というだいそれた行いには、それなりの理由や志といったものを想定していたようだ。


「軽い? 全然軽くなんかない。

 自衛隊の人らを疑う訳じゃないけど、仲間や友達が拘束されてるんだから、結構な覚悟で来てる。

 まあ、警察に捕まってたら妨害行為や喧嘩は逮捕になっちゃうから、こんな取り引きを持ちかけることすらできないだろうし、ここで俺らも拘束されて警察に突き出されれば仲間を助けるとかもできないんだけどさ」

「それなりの覚悟ってのを持つのに何時間もかかってんすよ」


 本田は真剣な表情から睨むような険しい顔になって野元の発言を否定し、瀬名もそれに付け加えた。

 これには野元も一つ鼻息を鳴らして黙ってしまう。


「その気概というか、仲間思いな部分は人として買うことにしよう。しかし、君自身が言ったように我々も法に反した行為を、何かと引き換えに『無かった事』にするわけにはいかない。大人のズルイやり方を言ってしまえば、不足している情報をもらって、『ご苦労さん』の一言で警察に引き渡す場合()ある」


 川口の言い様に、本田と瀬名はあからさまに嫌悪や腹立ちを表したが、本田は顎に手を当てて黙した後に少し和らいだ目で川口を見返す。


「……少しだけ例外の余地がある、と思っていいのかな?」

「そう思えるか?」


 思わず笑みをこぼして問い返した川口を、野元は呆れた目で見やる。

 本田も楽しげに答える。


「思えますよ。それだけのもんを持ってきたから、取り引きなんて大見栄を切るんですからね」

「ふん。取り引きというのはな、大抵持ちかけた側は切り札を過大評価しているものだ。本当に相手にとって有益であればあるほど、自分から窮地に立つことになるんだ」

「マフィアかギャングみたいなこと言うなぁ」


 鼻を鳴らして言ってのけた野元を、あっさりと瀬名が揶揄してみせたので川口は吹き出してしまった。


「いや、すまん。ここは日本で我々は自衛隊だ。口を封じるような乱暴なことはしない。しかし、取り引きに応じるケースというのは余程の隠し玉がなければ成立しないというのは間違ってはいないぞ」


 すねたように口を尖らせた野元に詫びて、川口は本田に対して真剣な眼差しで確認を取る。


「それでも、話をすすめるのだな?」

「もちろん。こっちは七十人の人生背負っているからね」

「……よかろう。ではまず君達の持っている情報から話してもらおうか」


 本田がどこまでの覚悟でいるかは川口には分からなかったが、自衛隊の野営地に乗り込みここまでの大見栄を張った度胸は買ってやる気になっていた。

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