少年たち ①
賀集スポーツセンターの運動場に規則正しく停車している自衛隊車両の車内で、川口と野元は隊員たちに休息を取らせるための段取りと、新皇居の包囲の交代、更には拘束しているバイクチームの見張りについて打ち合わせを行っていた。
スポーツセンターの応接室や指揮車や兵員輸送車ではなく、物資輸送車に籠もったのは他聞ならない内容だからだったが、七月の熱気が車内を蒸し風呂にしてしまっている。
なんとか打ち合わせもまとまり、集中を解いて汗を拭いた頃に控えめなノックがなされた。
「よろしいでしょうか?」
「何だ」
「バイクチームを名乗る少年が二名、投降してまいりました」
伝令の口にした内容に、川口と野元は顔を見合わせて訝しんだ。
「投降、と言いましたな」
「バイクチームといってもいくつかある。不可解だな」
今回の派遣で川口と野元はいくつかのバイクチームと関わっている。
一つは新皇居への進路を妨害したために拘束したWSS。
もう一つは新皇居の抵抗勢力であった淡路暴走団と空留橘頭。
その後の調べでは、この三チームに洲本走連を加えた四チームを『淡路連合』と呼ぶと判明している。
現在、拘束している約七十名の身元の照会中で、妨害行為に及んだ聞き取りはまだ行っていない。そのタイミングで新たに少年二名が投降してきたという連絡は、不可解以外の何ものでもない。関係者の手配や呼び出しなども行っていない。
「どこの所属かで方向性が変わってきますな」
「ん。その者達は今どこに?」
「は。事務所の会議室で監視しております」
再び野元と顔を見合わせた川口は、ゆっくりと腰を上げる。
「会うしかあるまい」
神妙な面持ちで席を立った川口に追随し、野元は机上の書類を手早くまとめて後を追う。
野元との打ち合わせは二時間とかけていなかったはずだが、かげり始めた太陽は夕刻を示し、午前中の強雨を感じさせない青からオレンジへのグラデーションを見せている。
「この時間でも暑くなってきたな」
「湿度が高いせいもあるのでしょう」
物資輸送車のサウナ状態よりはマシだと感じたのは車外に出た数秒だけで、川口も野元も流れる汗を拭ったそばから新たな汗が垂れてくる。
「体育館の連中にも水分補給させておけよ」
「ハッ」
川口らを先導して歩む伝令は運動場の砂を踏みながらハキハキと応じた。
兵員輸送車の並ぶ運動場からスポーツセンターの管理事務所へ入り、急な当直を強いてしまった職員に詫びを言ってから奥へと進む。
デスクや書棚が並ぶ広間の奥に応接室と給湯室があり、その脇にある廊下を進むと小さな会議室と職員の方々の休憩室がある。
「ご苦労」
会議室の扉の前に立つ隊員に声をかけ、スペースを開けてもらう。
さすがに事務所内の立番は小銃は携えていないが、彼の監視任務の緊張感は緩んでいない。
監視任務に就いている隊員と野元にうなずきかけ、軽いノックとともに川口はドアを開いて入室する。
室内には長机が二つくっつけて置かれてい、折り畳みのパイプ椅子が六脚用意されていた。
その奥側に、頭にタオルを巻いた長身の優男と小柄なニヤニヤ顔の男が座っている。
彼らを挟んで立つ隊員二人は会議室前の立番とは違い、小銃を手にしている。
野元がドアを閉じ、一通りの観察を済ませて椅子に腰掛ける。
「さて、投降してきた少年というのは君達だね?」
「名前と年齢は?」
やんわりと切り出した川口に対し、野元は高圧的に命じる。
「本田鉄郎。十八歳」
「……瀬名隼人。十八」
タオル頭の優男は眉を片方だけ動かし、小柄なニヤニヤ男も一瞬だけ口をへの字に曲げたが、素直に名乗ってくれた。
「本田君と瀬名君か。……それで、ここに来た理由はなんだね?」
川口は両肘を長机に乗せ手を組んで口元に当てて問うた。
野元は腕組みをしてパイプ椅子にふんぞりかえる。
「なんだと思います?」
「ふざけているのか?」
「いやいや。俺がさっき言ったことが正しく伝わってなかったみたいなんで、確認しただけです」
本田と名乗った優男の朗らかな笑顔は、野元の恫喝を含んだ言葉にも動じた様子はない。
「こちらの不手際かな。ちなみに、なんと言ってここまで入り込んだんだね?」
川口は威圧するべきかやんわりといなすべきか判断が付かず、まずは本田の言い分をすべて聞いてやろうと考えていた。
「取り引きです。それが叶うなら自首でも降伏でもなんでもいいから、理由をつけて偉いさんに会わせてくれと言ったんです」
目の前の少年が自衛隊と取り引きしようとするなど想像になく、川口は手を解きパイプ椅子に背を預けて野元と顔を見合わせる。
野元も川口と同様に、想定外の文言が飛び出たので判断付き兼ねているようだ。
「……では、君の望み通りここの部隊のトップ二人がここに現れた。君の言う取り引きとやらの内容を聞こう」
「ありがとうございます」
「ただし、首尾よく全てが思い通りになるなどと思うな。我々は陸上自衛隊だ。日本国民の安全と安寧を背負っている。それらが脅かされる注文は、当然ながら認められない」
「承知してます」
川口がやんわりと切り出したものの、野元の厳しい忠告が飛び、本田は小さく二度頭を下げた。
「俺達が取り引きしたいものは、ズバリ仲間の解放と自衛隊との共同戦線です」
先程までの朗らかな笑みを消して本田は言い切って川口を真っ直ぐに見てくる。
「仲間の開放ということは、君もウエストサイドとかいうバイクチームの一員なのかね」
「ウエストサイドストーリーズです。俺と瀬名はチームの中核で、創設メンバーです」
本田の短い説明に川口はふむと頷いて腕を組む。
「よくここに我々が陣を構えたと分かったものだな」
川口が思案の態勢をとったので野元が本田に問うた。が、答えたのは瀬名だ。
「大したことはないっすよ。友人や知人の目撃情報があったし、このご時世、SNSを丁寧に調べれば、自衛隊のトラックが列をなして移動した先なんてすぐに分かるっすよ」
「なるほど、な」
結局人の目と口を塞ぐことはできないことを痛感したようで、野元はやや苦い顔をする。
「とはいえ、ピンポイントでここにたどり着けたわけじゃないですけどね。それなりに分析とか想像をして、あとは電話をかけまくりましたよ。あれだけの台数のトラックを停められる場所は、諭鶴羽山の近くだと限られるから」
瀬名の言葉に補足する本田は少し楽しそうだ。
「……まあ、いい。情報とはそういうものだし、こちらも隠れようとした訳ではないからな。それよりも、『共同戦線』という部分がよく分からない。何について、何と戦おうと言うのだね?」
腕組みを解いた川口は、少年たちを試すように問うた。
一時的な仮宿とも言うべき賀集スポーツセンターを探し当てた彼らが、此度の派遣についてどこまで知っているかを確かめておかなければならない。
それは川口ら自衛隊員にとって漏れてはならない最大の情報だからだ。
「高橋智明とその組織です」
単刀直入すぎる本田の答えに、川口は眉間にしわが寄るのを自覚した。付け加えるなら「むうっ」と声までもらしたほど最重要機密を口に出されてしまった。




