報道と反応 ②
※
旧南あわじ市八木にあるファミリーレストランに四人の少年の姿があった。
フォームパークと中島病院から南に下った国道28号線沿いにある店舗からは、更に南にあるリニアモーターカーの通路が敷かれた高架橋が臨める。
日曜日の夕刻ということもあって店内には家族連れやカップルの姿が多く伺えるが、混雑しているという程ではない。
だから、というわけではないが少年たちの声は少し大きく聞こえる。
「――てか、ここまで関わったんだからもうちょっと事情を教えてくれよ」
やや毛量の多い頭髪をツンツンに逆立てた少年ジンべが、バイクチームWSSの同輩である田尻と紀夫に問うた。
「テツオさんが巻き込まないって決めたんだから言えねーよ」
「そういうことだ。我慢しな」
そっけなくジンベの要請を拒んだ二人に、ジンべはつまらなそうにコーラに浮かんだ氷をストローでつつく。
「そりゃねーだろ。こちとら一日潰して手伝いしてるってのによ。チームのためだって思うからボランティアもするけど、話せることは話してくんねーとよ。やりがいってもんに影響するだろ」
ジンべは同情を誘うようにねっとりと喋り、片肘をついて田尻・紀夫・真の順に視線を向ける。田尻と紀夫はそっぽを向いてシラをきるが、やはり年少の真にはこういった圧には弱い。
「すいません。迷惑かけちゃって……」
ジンベの向かいに座る田尻と紀夫への申し訳なさも含め、真は隣に座るジンベに小さく頭を下げる。
「迷惑だなんて思ってねーよ。ただな? 協力や手助けするには、心が動く理由を知りたいわけよ。そりゃぁな? チームのためとか、リーダーのためにってのはデカイ理由なんだけどな? それだけじゃあ腹は膨れねーだろって話だよ」
「そう、っすよね……」
ジンベのもっともらしい講釈に思わず同意してしまい、真はうろたえた視線を田尻と紀夫に向けてしまう。
「あの事以外ならいいんじゃないっすかね? ね、田尻さん紀夫さん」
そっぽを向いたままの二人に同意を求めると、田尻は短く舌打ちし、紀夫は顔をそむけたままだが目だけを真に向けて右手をヒラヒラさせた。
その様を見て――俺のことは好きに話していいんすね――と理解し、真はジンベの方を向く。
「ジンベさん。実は、さっき病院に運ぶのを手伝ってもらった女の子は、俺の幼馴染みなんです」
「友達って聞いてたけど、幼馴染みなのか。それで?」
四人掛けのテーブルの奥に座るジンべは、テーブルに頬杖をつき間仕切りに寄りかかって興味なさげな口ぶりだが、真に話の続きを促す。
「まあ、なんというか、あの見た目ですからちょっと初恋みたいなのもありまして……」
なんでこんな所でこんな話をしているんだろうと思いながら、智明にすら話していない真と優里のドラマを語っていく。
「学校でも人気者だし、アイツと気安く話せる男子は、俺ともう一人の幼馴染みくらいだったんです」
「ほお! その流れで告ったのか? 俺は特別とか思っちゃったのか? 友達だと思ってたけど好きでした!みたいなのだろ?」
頬杖をやめて前のめりに食いついてきたジンベに動揺しつつ、真は真相を語る。
「そう、っすね。うちに呼び出してそんな感じのこと言ったっすよ」
「んで? で? どうなったんよ」
真の肩を肘で押すようにして続きを求めるジンベに対し、真は急に照れくささや恥ずかしさが湧いてきて口が重くなる。
「そのぅ、なんていうか、なんかそんなふうに見れないとかなんとか。そこから食い下がったりしたっすけど。……思ってることをちゃんと伝えようとしたら、ビンタされて。そのまま帰られちゃいました」
完全な敗北を口にして真はうつむき加減に肩を落とした。それを見聞きし、ジンべは「ああ……」と声をもらして真から体を離した。
「すまんな。俺んちで話してた時から真剣な感じだったから、てっきり付き合ってるのかと思って深掘りしちまった。……けど、こんなふうに助けたり世話焼くってことは、まだ好きなんじゃないのか?」
少しだけ声のトーンを落として詫びたジンベに、真は「大丈夫です」と答えたが、後半の問いになんて答えていいか分からなくなる。
「……好きは、好きっすよ。たぶん」
「なんだそりゃ?」
「そりゃ初恋っすもん。この先どうにかなるなら、やっぱりアイツがいいっすもん。ただ、でも、あんま良くないって分かってるんですけど、俺、気が多いんですよ。……目移りするというか、惚れっぽいというか」
ジンべはおろか、田尻や紀夫を見ることすらできないほど狼狽し、真は首の後ろをかきながら一応答えらしいことを言った。
真の頭の中には、初恋の人として幼馴染みの優里の顔が浮かび、続いてお気に入りの女性教師の立ち姿を思い浮かべ、それを押しのけるように洲本走漣のクイーン鈴木紗耶香が現れ、最後に諭鶴羽山の修験者藤島貴美がドアップで現れた。
――そうだよな。優里にかまけてる場合じゃない。貴美の行方は分からないままじゃないか――
貴美の純和風な面立ちが泣き顔で歪む様を思い出し、照れや恥ずかしさが一気に焦燥へと切り替わる。が、優里の意識が戻っていない今、真一人の判断で行動できないことに思い至る。
独断で動くにしても本田鉄郎に一声かけなければいけないだろう。
「まあ、分かるけどな。魅力的な異性ってのは沢山居るからな」
「……そう、すよね」
一瞬、他のことを考えたことに加えジンベの言葉を全面的に肯定するには抵抗があったので、返事が曖昧になった。
ジンべはそんな真の反応を失恋のためと受け取ったようで、やんわりと慰めの言葉をかけてくれる。
「それでも下心百パーセントでピンチを救おうってんじゃないんだから、健気じゃねーか。君達とは大違いだな!」
「うるせーぞ」
「ほっとけ」
ジンベに揶揄された田尻と紀夫は、間髪を入れずに言い返したが、依然ジンべとは目を合わせていない。
「それで言ったら紀夫、あの子とはどこまで進んでんだよ?」
ジンベの言う『あの子』がどの子かの察しは付いたが、間違うとややこしいので真は紀夫に飛び火したことを目線で謝っておく。
対して紀夫は、ジンベに向けて「あ?」と不機嫌に返しただけ。
ファミリーレストランに備え付けの椅子に横を向いて座ったまま、視線だけはジンベの方へ向ける。
「ほら、病院行く前に西淡で拾った女の子だよ。付き合ってんだろ?」
赤坂恭子のことを聞かれ、紀夫はあからさまに不機嫌になり小さく「概ね良好だ」と答え、また視線を窓の外に向けてしまった。
紀夫の提案で鬼頭優里を中島病院へと運び込む際、一旦旧南あわじ市松帆西路へ移動し、赤坂恭子をピックアップして中島病院へと向かった。
その道中、赤坂恭子と診察を請け負ってくれた医師との間で『午後二時に病院へ来ること』という打ち合わせがなされ、時間調整で昼食を摂った。
真は優里のそばに残ると主張したが、恭子が診ているからという理由で紀夫に車外へ追い出された経緯がある。
ジンべはそのあたりの道程を知りたがっているのだろう。
「良好な割には飯のあと結構な雰囲気だったぞ?」
「……よく見てんな。これからのことを話してたんだよ。真剣な話をしてたんだから、あんな雰囲気になっててもおかしくないだろ」
「そういうもんかね。……詳しく話せよ。お前がそんなふうに女のことで真剣になるのなんか久しぶりだろ。話して楽になることもあるんだぞ?」
そうなんですか? と聞いてしまいそうになって慌てて真は口を閉じた。
確かに紀夫は金髪をお洒落にセットし、身なりも小綺麗にまとめているし、赤坂恭子と仲良くなるのも慣れた感じがあった。プレイボーイといえるほど紀夫の女性関係を知らないが、それでも自分より女慣れしているしモテるだろうと思う。
そんな紀夫がジンベ曰く『悩んでいる』というのも少し想像できなかった。
「お前らに言って分かるもんかね」
「それは言ってみなきゃ分かんねーべ。俺がこの歳で社長やってる苦労も、聞かなきゃ分からなかったろ」
真は『そういえば』と思い返す。
ジンベの家業はバイクの販売と修理を手掛けるバイクショップだが、現状は大手チェーン店の名義を借りて雇われ店長を置いていると聞いた。高校卒業と共にジンベは社長としての経営を学び、店長としての実務も学んでいくらしく、五年を目処に大手チェーンの子会社として半ば独立の契約をしているのだそう。
ジンベの自宅兼店舗から中島病院に着くまでの間、真・田尻・紀夫・恭子が一言も話さなかったため、車中ではジンベの『独立起業への道』が延々と語られていた。
「そりゃお前が勝手に語って聞かせてただけだろ。俺は女のことを言いたくないから言わないんだ」
「じゃあ俺らに見せるなよって話になるぞ。今日のこれはチームの動きの一つなんだろ? 俺に気を遣わせてるとか思わねーのか?」
ジンベは厳しい言葉を浴びせたが、その顔に怒りや嫌悪といった色は表れていない。
睨むようにジンベに振り向いた紀夫は、明らかな怒りを顔ににじませていたが、ジンベの顔を黙って睨みつけたままだ。
「……ケンカは、やめましょうよ」
「気まずくなったら時間つぶしでも余興でもなくなるぞ」
紀夫の発する怒気に思わず真と田尻が口を挟んだが、紀夫もジンベの顔を見ていくらか怒りを収めたようで、短く舌打ちしてまた視線を反らせた。
「……女の話なら、田尻の方が面白いことになってるぞ」
「おま、ちょっと! ちょっと待てコラ!」
投げやりに話を飛び火させた紀夫の暴挙に、やり玉に挙げられた田尻が目一杯の抗議で紀夫の肩を叩く。
「へえ、あの田尻がねぇ」
「あのとか言うな! 女に惚れるくらい誰だってあるだろ!」
途端にニヤニヤし始めたジンベにも田尻は抗議を忘れない。が、少々声が大きい。
「隣でうるせーよ」
「紀夫が俺を巻き込んだんだろ!」
「それより聞かせろよ。誰に惚れたんだよ?」
「静かにしましょう。注目されてますってば」
田尻と紀夫の言い合いはいつものことだから慣れてしまっているが、そんな二人を平気で煽るジンベの発言は危険な香りがし、真は周囲を気にして一応三人をたしなめる。
「今更も今更の相手だぜ」
何かの腹いせなのか、ヘヘッと笑って紀夫はアイスコーヒーをすする。
「へえ? 王道なのか」
「……別にいいだろ。クイーンだよ」
「マジか」
わざとらしく驚いた表情を作ったジンベだったが、ボソリと呟かれた田尻の告白に絶句した。
バイクチームWSSの内部では、クイーンこと洲本走漣の鈴木紗耶香がチームリーダー本田鉄郎と交際していることは知れ渡っている。
今更田尻がクイーンに惚れたところで実るはずのない芽なのだ。
「……また難攻不落の城に鉄壁の将軍付きのとこに、よくもまあ……」
呆れというよりも同情するようにジンベは田尻を見やる。
そこへ紀夫。
「親衛隊に入っておそばにお仕えするだけでいいんだとさ」
バカにするわけでもなく応援するわけでもなく、田尻の恋を赤裸々に語ってしまう。
「あらま。田尻らしいけどなぁ……」
ジンベも田尻の堅い性格に照らして一応の理解を示している様子だ。
――俺もクイーンにならって思っちゃうもんな――
鈴木紗耶香の美貌を思い出し、真は自分も田尻と同じ選択をする可能性はあったと共感できた。
しかしすぐさま憧れの男である本田鉄郎の超然とした姿も思い起こされ、真の理想が形になっている非の打ち所のないカップリングには、付け入る隙きはないとも思った。
「付き合いたいとかなんかするとかじゃないんだからいいだろ。好きになったから行動する。それだけで俺は満足なんだよ」
ふてくされたようにふんぞり返って座る田尻に、真はまたも共感を覚える。
「そうですよね。告白するより行動しなきゃですよね」
優里の危機を目にし後先を考えずに飛び出した真としては、それは真実に近付いた気がする言葉に思えた。
「そういうことかな」
「青春だねぇ」
「分かったようなこと言ってんじゃねーよ」
田尻とジンベは多少なり真を肯定してくれたが、紀夫はそうではなかった。
「紀夫、そんな言い方ないだろ。どっちかったらお前が特殊なだけで――」
真を擁護する言葉を並べようとしたジンベだったが、近くの席から聞こえた声に振り向き、会話を止めた。
「なんかウエッサイが皇居で暴れたらしいな」
「マジか! やるやるとは思ってたけど、皇居で暴れるとか大胆すぎるだろ」
「ホンマな。しかも居合わせた自衛隊に捕まったって噂やぞ」
「俺んち賀集だろ? 朝っぱらからバイクの集団が走り回ってたから、あれウエッサイだったんだな。何時間もしないうちにトラックが列なして走ってったし、あのニュースは本当みたいだぞ」
「ドカーンとか、ダダダダダッとか聞こえたか?」
「そこまで山よりじゃないって。けどやっぱりああいうトラックってイカツイよな。マンションの窓から遠目に見ただけだけど、あれは軍隊だわ」
「けどあれやな? なんでウエッサイが皇居なんやろな? ウエッサイとスモソーは仲ええやろ。そしたら敵対してるのってアワボーとクルキなんやから、津名とか東浦とか一宮で暴れるんが筋ちゃうか?」
「それもそうだな」
「そういえばさ。一週間か十日前にアワボーとクルキがこの辺に集合したって話、あったよな」
「見た見た見た! 全員揃いの服でちょっと物々しいバイクの列、あったわ!」
「何か、嫌な感じがするな」
「もう一山ありそうだよな」
「言っても暴走族だろ? さすがのバイクバカも自衛隊相手に無茶しないだろ」
「逆やろ? 自衛隊が無茶しそうって話やろ」
「そっち?」「まさか!」「え? どういうこと?」
「知らないのか? 自衛隊が防衛軍になるかもって話だよ」
「だからって暴走族潰したりするかな?」
「『防衛』が海外向けに限定されると思うか? それでなくても軍隊になるんだぞ。国内で警察の手に負えない騒動があったら、自衛隊だって出動するんだから、防衛軍もそりゃぁ出てこれるだろ?」
「いきなり物騒だな……」
「……なあ、これ、今朝のあれに関係あるのかな?」
「何だこりゃ? 合成か?」
「いや本物だよ。九時過ぎに人間が五人くらい固まって空飛んでたから、慌てて撮ったんだよ」
「寝起きで頭バグってたんじゃないか?」
「朝飯食ってお前んち行く途中だっつーの。ちゃんと起きてたよ」
「マジモンやったらとんでもないな。どっち飛んでったん?」
「山の方から市の方かな」
「なんか世紀末だな!」
「それウケる」
四〜五人がゲラゲラと一斉に笑い出したそばで、ジンベはテーブルにのしかかる様にして同席している三人を見回した。
「お前ら、そういうことなのか? リーダーも……テツオさんも自衛隊とやりあってきたのか?」
怒りを含んだ視線を向けるジンベに、田尻と紀夫は同じ色の視線をジンベに向ける。
「なんとか言えよ」
「テツオさんの言ったとおりです。ジンベさんを巻き込むわけにはいかないです」
真が気遣いで口走った一言に、ジンベはゆっくりと真に振り向き舐めあげるように睨みつける。
「真、俺をなめてんのか? 俺は仲良しツーリングのつもりでウエッサイに籍おいてんじゃねーぞ」
ジンベの視線とドスの効いた声に気圧され、真は軽率な発言だったことを知り後悔した。が、口にしてしまった言葉はどれほど悔やんでも無かったことにはできない。
「すいません」
謝罪の言葉を吐いてはみたが、ジンベの機嫌が変わるわけではない。
優里に告白した時と同じで、一つの関係性が閉じてしまった気がした。
「全部話せ。もう俺は関わってるんだからな」
もう一度ジンベから真相を明かすように求められ、紀夫はあからさまなため息をもらし田尻は椅子に座り直して表情を固くする。
「真。お前が全部のきっかけだろ。お前が話せ」
「はい。……ちょっと長い話になりますよ」
田尻に促されて姿勢を正した真は、コーラを飲み下してから前置きし、ゆっくりと事の経緯を話し始めた。




