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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第六章 影響
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報道と反応 ①

 大日ダムは一九九七年に竣工された洪水調節と貯水を目的としたダムで、堤頂幅二四〇メートル超もあるコンクリート堰は、旧南あわじ市賀集生子(かしゅうせいご)北阿万新田北(きたあまにったきた)の境界をまたぐ横長のダムだ。

 諭鶴羽山の西北西の麓に位置し、新皇居建設が始まるまではのどかな田園地帯だった。


 一部の人々が趣味としてダム湖での釣りや、ダムそのものを眺めに訪れたり、桜や紅葉を楽しみに来る程度の土地でしかなかった。しかし住所が改められて国生市となり皇居の建設が始まると、山肌が切り開かれ皇居建設の過程を見物に来る人々が現れた。


 工事関係者やそうした見物人目当てなのか、周辺にはコンビニエンスストアや商店が開かれ、分譲地などの開発もなされた。

 皇居近隣という性質上、マンションや商業施設は制限されたが、それでも遷都以前と比べるとそれなりの様変わりが見られる。


 ダム下にある公園は普段なら活発な利用はされていないが、今日に限ってはいつも通りではない。


「ずいぶん人出がありますね?」


 国生警察仮設署の刑事増井は、店外の大日ダムのコンクリート堰とその前の人だかりを眺めながら問うた。

 答えるのは出来たばかりのコンビニエンスストアの店長らしき中年女性。


「ほうなんよ。お昼から急に荷物抱えた人らがぎょーさん来よってな。どんどん人が集まりよんのよ。休憩の時にニュース見よったら、自衛隊が皇居でなんやした言よるやろ? せやからレジん時にお客さんに聞いてみたら、あの人らみな記者さんとかカメラマンさんらしいわ」


 女性は増井の買ったパンやコーヒーやガムを袋に詰めながら、興味半分困惑半分でくるくると口を回す。


「夜勤の子の話やったぁ、朝方に暴走族がぎょーさん鳴ってきたいうし、ほの後には自衛隊のトラックもいーっぱい走っとった言うし、どないしょんのだぁかいうてね」

「物騒ですね」

「ほの自衛隊やねけどの。わたしが店来る頃に山下りてどっか走って行きよったんよ。ほの後にこの有様やろ? もうどうしようかな思てのぅ」

「ホンマですね。ありがとう」


 商品を詰め終わったレジ袋をもらいお釣りも受け取ったので、増井は終わらない話を強引に打ち切ってコンビニエンスストアを出た。

 レジの女性はもっと話したがっているようだったが、増井にもやらなければならないことがある。


 諭鶴羽山の稜線にそった勾配の行き止まりを大日ダムのコンクリート堰がふさぎ、その手前の公園の前をUターンする形で勾配を下ると北阿万側から大日ダムの堤へと続く入り口がある。

 増井はコンビニエンスストアの前面に設けられた駐車場へ向かいながらその入り口を見、賀集生子側の入り口同様に自衛隊員が封鎖している様に舌打ちをした。


「黒田さんなら不必要に絡んでるところですね」


 現代警察の捜査では時代遅れな黒田の捜査方法を思い出し、有給休暇を取ってくれていて助かったと思いながら、増井は覆面パトカーに乗り込む。


 ――さて、どうしましょうかね――


 増井は買ったばかりのパンの封を切りながら思案にふける。

 今日の午前中に速報記事としてネットに上がった自衛隊の戦闘行為は、諭鶴羽山の新皇居で起こったものだ。刑事警察機構としての管轄は増井の所属する国生警察仮設署となり、署内でもこの速報が駆け巡って、署長以下対応をせねばと大わらわだ。


 しかし自衛隊が絡んでいるということで警察独自の行動が取れず、笹井署長は東京の警視庁に伺いを立てると同時に、署員には通報への対応と通常よりも厳重なパトロールを命じた。


 この騒ぎの中で比較的冷静だった増井は、夕飯にかこつけて現場へと訪れ、警察として必要な対処を見極めるつもりでいる。このあたりの独断は、黒田の影響だろうと増井は自嘲した。


 ――鍛えられているのやら、洗脳されているのやら。……うん? あれは?――


 パンにかぶりつきコーヒーを含んだ増井の目に、道路封鎖している自衛隊員へと近寄る人影が写った。

 灰色のスーツ姿だが、明らかに記者やカメラマンではない。

 フロントガラス越しに三十メートル先の光景でも増井には分かる。スーツの懐から取り出した身分証らしき黒革のケースは、報道陣の社員証などではなく、増井の懐にも収まっている警察手帳だ。


 ――なんでこんな所に現れたんでしょうね――


 のんびりと脳内で疑問を呈しながら、残りのパンを口に押し込んでコーヒーで流し込む。


 自衛隊と話し終わった灰色のスーツ男は、ズボンのポケットに両手を突っ込んで一直線に増井の方へやってくる。

 見覚えのあるしかめ面の男は、洲本署の浜田だ。

 増井は手早くゴミをレジ袋にまとめ、運転席側の窓を開けてやる。


「やあやあやあ。今日は黒田君とは別行動かい?」

「浜田さんこそなぜここに? 管轄外ですよね?」


 腰を折って運転席を覗き込むように話しかけてきた浜田に、増井は質問に質問で返す。以前から黒田と浜田のやり取りを見てきて浜田が面倒くさい人間だと分かっているから、増井は真っ向から浜田と組み合うつもりはない。


「事が事だからな。警察が出張る事態にまでなってしまえば、当然仮設署だけじゃなく洲本署や南あわじ署にも動員がかかるレベルだ。なんたって皇居で自衛隊がって話だからな。先んじて下見に来たわけだよ」


 浜田の誇らしげな表情に増井は笑い出しそうになってしまった。

 警備や人員整理や地域の封鎖など名目はいくつもあるだろうが、南あわじ市管内の所轄警察に動員がかかっても洲本署の刑事に出番などない。


 高橋智明の引き起こした病院襲撃事件も、湊里の爆発事件も、指揮統率は国生警察仮設署が担ったのだ。皇居での変事に対応するならば仮設署が指揮を取るし、動員されるにしても巡査を中心とした一般警察官だ。

 浜田の出番などあろうはずがない。


「先程、自衛隊員と話してましたね。収穫はありましたか?」

「いいや。何を聞いても『お答えできません』だとさ」


 道路封鎖を行っている自衛隊員を振り返って浜田が吐き捨てるように答えたので、増井は――でしょうね――と心で思う。

 警察と自衛隊が連携していてなおかつ情報共有の建て前があっても、彼らが任務のすべてを話すことはないだろう。ましてや辞令の一枚もなく末端の隊員に質問などしても答えてくれるわけがない。


「何をやってるんでしょうね」

「さてね。大日ダムへの入り口二箇所と牛内ダムの入り口二箇所、計四本の道路が封鎖されてる。その割には午前中に自衛隊の輸送トラックが、拘束したバイクチームを移送したって話もある。なのに道路封鎖だ。まだ上でなんかやってるんじゃないのかね」


 さっき増井がコンビニエンスストアのレジで聞いた話よりも細かな情報が語られ、おや?となる。

 仮設署や自衛隊からこの情報が与えられるならば分かるが、管轄外の洲本署の刑事がなぜそんな情報を知っているのか? なぜそんな情報を集めているのか?


「……こんな時に限ってうちの突撃隊長が居ないなんて、良くも悪くも、というところですかね」

「はは、それはどうだろうな。奴が居ないことで円滑に回ることもあるだろうさ。独断と偏見で荒らし回られても困るからな」

「相棒としては耳が痛いですね。この会話は内緒にしておきます」

「構わんよ。出世を諦めた男が俺に何を喚こうと先の知れた話だからな。こんな現状でものうのうと有給休暇を過ごしている方がバカなのさ」


 浜田の言い様に増井は愛想笑いを返し「ごもっともです」とだけ返した。


 増井からすれば、法に基づく正義感だけで突っ走る黒田も、出世だけを求めて他人をこき下ろす浜田も、違った意味で警察の本分からズレた行動でしかない。


「そろそろ自分は署に戻ります。夕飯にかこつけて野次馬に来ただけですんでね」

「ま、黒田によろしくな。今度こそ俺の邪魔をするなと言っておいてくれ」


 腹を突き出して威張った物言いをする浜田へ、「正確に伝えておきます」と答えて増井は車を発進させる。

 バックミラーに写る浜田は、増井の運転する車が角を曲がるまでコンビニエンスストアの前で見送っていた。


「あの人と居ると面倒ごとしか起きないですね」


 独り言をこぼしたあと、信号待ちを利用して増井は脳内からメールを一通送信しておいた。

 すぐさま返信が届き、「時間ができたら落合おう」とあり「そろそろ浜田をぶん殴ってええか?」と続いている。

 増井はクスリと笑い、また独り言をもらす。


「黒田さん、刑事が傷害事件起こしちゃまずいですよ」

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