覚醒 ①
目が覚めた時、酷く体が痛かった。
痛い所だらけで、逆に痛くない所を探した方が良かったのかもしれない。
痛みに打ち震えようにも、何かに縛り付けられているみたいで、身動きどころか身じろぎもかなわなかった。
見覚えのない部屋で寝かされている上に、どんな理由かも分からず体の自由が奪われていた。
痛みを凌駕する恐怖が沸き起こった。
怖い……。
痛い……。
怖い……。
死ぬ?
……嫌だ。
死にたくない!
……どうすればいい?
――逃げたい!!――
不安と恐怖が逃避と掛け合わさって、頭の中で爆発した時には、智明はベッドの拘束を引きちぎっていた。
手足を振り回し、身体の自由が保証されるまで荒れ狂った。
立ち上がって目についたのは、自分が寝かされていたであろうベッドとそれに繋がっている大掛かりな機械。それと部屋にはドアが一つと窓が一つだけあった。
初めて見るこの部屋から出るには、たった一つだけあるドアからしか出られないだろう。
駆け寄ってドアノブに手をかけるが、押しても引いても開かない。
――閉じ込められている!?――
なぜ見知らぬ部屋に閉じ込められるような状況にいるのか理解できず、『分からない』という困惑は『納得できない』という怒りに変わった。
その怒りのまま力任せにドアを蹴る。
思っていたよりも容易くドアが吹き飛び、勢いで隣の部屋に転がり込む形になった。
態勢を立て直し顔を上げると、見覚えのない大人達が何人も集まっていて、自分に注目している。
見知らぬ場所から脱出したい気持ちと、見知らぬ人々に見られている恐怖が重なり、脱出経路を探す。
幸いにも自分の真横に別のドアがあったので、さっきと同様にぶち破ってその部屋を出た。
――!?――
さすがに大きな衝撃が体に走ったので慌てたが、すぐに壁にぶつかったからだと気付く。
勢いが強すぎたのだろう。
だがまたしても知らない場所に出てしまった。
今度は学校か病院のような大きな建物の廊下のようだ。
慌てて態勢を立て直し、出口を探すが、真っ直ぐ伸びた廊下の片方はすぐに右へと折れていて先が見えず、もう片方は屋外の明かりが差し込んで見えるがその前に人影がいくつか見える。
迷ったり考える前に本能が外界の明かりを選び、勢いよく一歩を踏み出した、が、意識が追いついていないのか、勢いがあり過ぎてまた壁に激突してしまった。
――!!――
こんなところでコケてられない!
一瞬の焦りは無駄に手足をもたつかせ、触れる物すべてを押して蹴って支えにしてどうにかバランスを保ち、なるべく全力で出口らしきドアを目指して駆けた。
ドアを開くのも煩わしくて体当たりで飛び込み、地面に体を転がらせて停止した。
「よし!」
ざっと周囲を見回して、自分の体が建物から出ていることを確信し、とにもかくにもその場を離れて自分がどこにいるのかを知るために、智明は大通りまで走ることを決めた。
もしかすると何者かが追いかけてくるかもしれないという恐怖も手伝って、とにかく真っ直ぐ真っ直ぐ走って、距離と時間を稼ごうと思った。
「!? リニアの高架、かな?」
少し広い通りに出て立ち止まった智明の視界には、建設中のマンションやビルや戸建ての向こうに、神戸淡路鳴門自動車道とは違う高架橋が見えた。
真新しいコンクリートの表面は曇天と山の緑の中で映え、リニアモーターカーを走らせる高架だと決め付けてしまえば現在地がだいたい分かる。
防護ネットや足場などがないことから見えている部分の工事は終わっていると判断でき、ならば工事関係者とも出くわさないだろうと楽観視する。
再び智明は走り始め、立入禁止のフェンスを乗り越えて太くて頑丈な高架橋の柱の一つに身をやつした。
「なん……なんだよ、これ……」
柱にもたれながら智明は意識が戻ってからのことを思い返し、頭を抱えた。
来月で十五歳になるが、これまで人と殴り合うこともなかったし、手術を受けるような怪我や病気をしたことはない。
だからこそ見知らぬ建物で目的不明の検査室のような場所に拘束されていたことが怖くて仕方がない。
逃げたくなって当然だと自己正当化しつつ、なんとか逃げ出せたことに安心もする。ただ、逃げてしまってよかったのだろうかという不安も生まれる。
もしも無意識のうちに自分が罪を犯して囚われていたのなら?
もしも自分が重大な病いや怪我であの建物に運び込まれていたのなら?
そう思うと智明の心には不安だけが大きくなってくる。
「そうだ! 真は? どこいった? うええ!? なんだ? なんで?」
意識を無くす前は、確か真とバイクを走らせていたはずだった。
だが建物から逃亡する際、真らしき人影は目にしなかった。
智明は慌てて真と連絡を取ろうとスマートフォンを探したが、自身が一糸まとわぬ裸であることに驚いた。
ただ裸なのではなく、皮膚を剥ぎ取られたり剥かれたように筋肉や骨がむき出しになり、全身がしっとりと血に濡れていてもう一度驚いた。
頭を抱えていた両手を見直して見ても、スーパーで見る家畜の肉のように、薄赤い筋肉と白けた脂とプラスチックの様なピンクの筋が血にまみれていた。
「なんだこれ? なんだこれ? なんだこれ?」
動揺して早くなっていく鼓動にますます不安を大きくしながら、智明は周囲を見渡し、溜池になっている高架下まで這いずっていく。
「……ウソ、だろ……」
薄明かりの中で溜池の水鏡に写ったのは、ゲームで見る怪物かゾンビのような、到底人間とは思えない肉と骨の塊だった。
「うわああああああ!!」
拡大しすぎた不安と目にした絶望で、叫び声を上げて智明は意識を無くした。