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譲り羽  ―ゆずりは―  作者: 天野鉄心
第六章 影響
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誤解と展望 ②

「三つの都合……でありますか?」


「そうだ。

 一つは、超能力然とした人外の力を持て余していること。

 これは、どちらが先なのかは分からないが、手にした人外の能力の使い道を模索してみたが、適当なものが見い出せなかったのではないかと思う。

 ほら、親戚か父親の友人からクリスマスプレゼントを貰ったはいいが、新発売のゲーム機だったから遊べるソフトを持ってないっていう、そんな感じの持て余し方だよ」

「はあ……」


 年齢の近い野元はなんとなく想像がついたようだが、その後ろに立つ中山と上野にはあまり伝わらなかったようだ。


 二十代の彼らにはゲームソフトを遊ぶためのゲーム機という存在が分からなかったのかもしれない。二十二世紀を目前に控えた今では、成人してH・Bを手に入れるまで子供は与えられたタブレットやスマートフォンなどの端末でゲームを楽しむのが主流だからだろう。


「プレイしたいが興味を引くタイトルがない。ならば自分の望むゲームを作ろうとした、と言い換えた方がいいかな」


 先程よりは伝わったようだが、完全な納得ではないようだ。


「まあ、いい。

 二つ目は、人を集めようとして本当に集まってしまったこと。

 陳腐な言い回しだが、資料では高橋智明は機動隊を五回も撤退させていて、機動隊員の証言では『少年二人による激しい抵抗』となっていた。

 つまりこの時点では新皇居に立て籠もって占拠し、警察に抵抗していたのは二人そこそこということになる。

 だが野元も聞いたと思うが、高橋智明の行使する超能力には使用回数に限度がある。要は弾切れが存在する。

 これを補うために川崎という男が組織していた集団を引き込んだ」

「その結果、独立という目的を持たなければならなくなった、と?」


 川口の言わんとすることを先回りした野元は、少しだけ前のめりになった。


「私はそう感じたな。これに関しては川崎とかいう暴走族のリーダーがそそのかした可能性も有り得るが、それにしては行動が受け身なのでな」


 川口はセンターテーブルのグラスをとって「後者より前者だろう」と付け足してお茶を含んだ。


「組織作りが整う前に我々と交戦した、ということはありませんでしょうか?」


 野元の後ろから中山が問うた。


「ああ。だがそうであるならば、私が総理との会合を提案する前にもっと強い主張をしただろうな。隊員の治癒なんてこともしなかったろう」


 川口の想像に中山は表情をハッとさせ、口を閉じた。


「三つ目はどうなのでありましょうか」

 と上野。

 しかしこれに答えたのは川口ではなく野元。


「……ナノマシンによる硬骨と筋肉のすげ替え、ですか?」

「と、私は考えている」


 川口は野元の予想を肯定し、グラスをテーブルに戻した。


「それは、どういう物でしょうか?」

「ああ、そうか。君達は知らなかったな」


 おずおずと問うた小浜に川口は軽く詫びる。


「彼らには切り札があるそうでな。なんでもトランスヒューマニズムという人間の機械化を謳った思想の一つなのだそうだ。H・B(ハーヴェー)と似たもので、ナノマシンで人間の骨や筋肉を作り変えるのだと説明していたな」


 曖昧な説明を端的に伝えたので三人からは釈然としない反応が漏れたが、ニュースで報じられていないような代物にはそういう反応しかできないだろう。


 ただ会談の時にも感じたが、どうもこの話題に関して野元の様子はおかしい。


「これの意味するところは大きくて、例えば義足や義手といったものが見た目だけの物ではなくなって体の一部のように馴染むだろうなと想像させる。そればかりか病気や怪我の対処も変わるかもしれない。そうした物を切り札として持っていると言っていたんだよ」


 中山と上野と小浜は未知の技術に感嘆の声を漏らしたが、やはり野元の様子がおかしい。


「ただな?

 私にはそうした寿命や義足などの部分とは違う部分で『切り札』などと口にしているように思えてならない。

 少し考えてみて欲しい。

 骨が金属になり、筋肉が高反発で耐久性のある物質に変わり、神経パルスをより高速で伝達出来る物質で神経が作られ、簡単に切れたり破れたりしない血管が体に備わるんだ。

 どんな人間が出来上がって、どんな仕事が向いていると思う?」


 川口は部下の想像力を試すようにめつける。


「えっと、つまり体が丈夫になるわけですよね……」

「力持ちで疲れ知らず。あ、反応とか反射も早くなるわけだから――」


 指揮官の威圧に負けたのか小浜がうろたえながら呟き、補足するように中山が続けた。

 そして上野が結論を口にする。


「――機械人間の、兵士」


 全員の視線が上野に集まり、なんとも言えない静寂が横たわる。

 その静寂を破ったのはソファーに座り直した川口だった。


「まあ、そこまでの連想をさせる言い方ではなかったから、そうだと決めつけるわけにはいかんがな。

 しかしそんなことを考えてしまうような発言は端々にあったのは事実だ。

 例えば、彼らは機動隊とよく似た防具を着けていたし、格好だけだが小銃らしきものも携帯していた。

 オモチャ同然だと見て分かる代物だったが、もっと強力な武器も手に入る余地があるとも言っていた。

 神経質であったり過敏に反応すると、これを戦争準備だと捉えることもできる」


 誰かが生唾を飲む音がした。


「そこまで考えが及べば選択肢は二つしかない」

「即時対応か、話し合い、ですね」


 うつむき加減だった野元がボソリと答えた。


「そうだ。

 そこで私は話し合いを選択した。それもこの国のトップとの会合だ。

 なんせ彼は我々を一瞬で殲滅する能力を有している。即時対応は得策ではないだろう」


 また沈黙が訪れる。

 川口の選択にはまず隊員の殉職を避けたいという前提がある。

 これは超能力によって圧倒的強度で数百人が消えてなくなることを恐れているわけではない。同じルールで同じ土俵ならば戦力差があっても自衛の信念で戦うのが川口の根底にある。それは野元や中山たちとも同じだろう。

 しかし高橋智明は手にしている武器や土俵が違う。

 そんなものに部下をぶつけて死なせるつもりがない。

 その点が野元との溝を生んでいるのだろう。


「……一佐が即時対応の行き先は全滅しかないと考えているのは分かりました。では、話し合いになった場合の先行きは見通されているのでしょうか?」


 沈黙を破り、低いトーンで問うた野元に川口は肩をすくめる。


「それは、分からんな。

 高橋智明と話すのは御手洗首相ないし政府高官だからな。

 ただあそこまでもったいぶった『切り札』を、どこでどのように切って来るか。

 それ次第だと思える」


 無論、これには高橋智明側の戦略や知謀や趣味によって変化する要素がある。


 少し強い言葉を付加してしまえば簡単に抗争や戦争という危険な状態になってしまうし、上手くチラつかせれば波風なく独立を成してしまえるかもしれない。裏を返せば首相や日本国政府が取る姿勢でも結末は変化しうるものでもある。

 そんな裁量を川口が背負うつもりはない。


「そういう意図には見えませんでしたが」


 普段の野元であればここまで本音を漏らさなかったであろうが、場の雰囲気のためか目線を反らしてボソリと否定的な言葉が聞こえた。


 ――いささか不公平だったかな――


 野元の鬱憤を吐き出させ本音を語らせるまでは川口の想定にあったが、野元や中山らが任務や作戦の結末を気にしているだけではなく、川口の気持ちや判断を知ろうとしているのならば川口のとった手段は間違いだったと気付いた。

 階級や年齢を除外して腹を割ると前置きしても、川口道心個人の心情が明かされていなければ野元は納得できないのだろうと思い至る。


「そうだな。

 野元とはこの任務に就くにあたって、超能力や未確認生物なんかの話をしていたぶん誤解を生んでしまっているかもしれん。

 会談の途中でもそうした横道にそれた経緯もあったからな。

 それがゆえに私が高橋智明に肩入れしたり、恐れて怯んで逃げ腰になっているのではと思われても仕方がないかもしれん。

 …………。

 超能力。宇宙人。UFO。未確認生物。幽霊。妖怪。悪魔や黒魔術や神、そして魂うんぬんかんぬん……。

 確かに私はオカルトな現象や逸話や創作物に関心があったし、趣向として不確かで眉唾な話題に興味もあった。十代の頃の小遣いはほとんどそうした物に注ぎ込まれたと言えるな。

 しかし、それは十代までの話だよ。

私がどんなに追い求めても、私の欲した真実は雑誌や映像の中にしかなかった。私自身が経験することも体験することもないまま、進学や就職をしなければならなくなった時、私の中のオカルト熱は『創作の中のモノ』として落ち着き、現実を見るようになった。

 それは野元にも分かるはずだ」

「……そうであります」

「ん。 確かに新皇居に接近し、空中で戦っている人影を目にした時は動揺した。夢を見ているのではないかと放心してしまった。

 だがな、それでも私は自衛官として現実に向き合わなければと、慎重な接近や包囲へと切り替えたはずだ。

 結果として高橋智明の能力は強大で、百人単位の対象を一度に攻撃してみせた。それも即死や瀕死に及ぶ程のものだ。

 これに徹底抗戦を敢行する愚かさを感じた時、自衛の戦力では敵わないと判断したのだよ。

 だから高橋智明との会談を行い、首相との会合の機会を持てるように振る舞ったのだ。

 これは、高橋智明は、武力でどうにかなるものではない。そしてその現実を国や政府に見せなければならない。

 それまでに一人たりとも自衛隊員から犠牲を出したくなかった。

凶弾に倒れることは遺憾ながら覚悟していても、想定外の死は納得できるものではあるまい?」


 川口の求めた同意に賛同の意を示す者はいなかったが、室内にいる全員が微妙な面持ちにはなった。


「ですが自分は、抗いもせずに強き者に負けを認め、ひれ伏す行為はしたくはありませんでした」


 少しだけ顔を上げて言い返した野元の表情は、怒りよりも悔しさが滲んで見えた。


「そうではない」

 川口は即座に否定して続ける。


「そうじゃないんだ野元。

 私は常にイエスとノーの二択で考えてはいるが、もう一つ、イレギュラーや想定外が起こった時のためのイフも考えるようにしているんだ。

 今回が正しくそのイフで、徹底抗戦と撤退の他に、武力以外の決着や進展はあり得ないかと考えていたのだ。

 その判断材料を得るために会談という手段を選択したし、会談によって戦闘でもなく撤退でもない方向を選択した。

 そういうことなんだ」


 説明できることを全て口にし、川口は野元が答えるまでじっと待った。


「…………頭では分かります。ですが、まだ気持ちの整理はつきません……」


 かなりの時間が開いてから、普段からは考えられない弱々しい声音で野元が答えた。


「いや、そういうものだ。私にだって時間が経ってから理解できることもあった。私の選択が正しいかどうかも、時間が経たなければ証明はされない。……すまない。お茶をもらえるかな」


 飲みきってしまった空のグラスを小浜に差し向ける。「はっ」といつも通りの小気味よい返事をして小浜が応接室から離れる。

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