無策という奇策 ③
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旧南あわじ市西淡地区松帆西路にある三原IC。
二十一世紀初頭までは田畑が広がる中に神戸淡路鳴門高速道が横たわり、ICを通って高速道路に乗るためだけの信号があるという景色だったが、遷都が決まってからは一挙に様変わりをした一帯だ。
特に神戸淡路鳴門高速道と31号淡路サンセットラインと大日川で囲まれた三角地帯は、早々に大手アミューズメント会社が買収し、広大な駐車場を擁するショッピングモールが建てられ娯楽施設と外食チェーン店が博覧会並みにテナント契約して軒を連ねた。
その駐車場の一画に『BIKELIFE南あわじ店』のロゴが入った白いワゴン車が停まっている。
車窓には一組の男女が座っているのがうかがえるが、厳密には後部座席に横たえられた少女が居るので三人が乗車している形になる。
「また巻き込んじゃってゴメンな」
「その話はもういいよ。半分は仕事だし、使命みたいなものだから」
運転席の金髪リーゼントの男・紀夫が詫びると、助手席に座っているゴシック調の衣服を着た女・赤坂恭子が答えた。
「それでもな、言うべきことは言わなきゃだから」
紀夫はチラチラと落ち着きなく車外に目を走らせながら言わずもがなの受け答えをする。
後部座席に横たえられている鬼頭優里を非合法的に病院で診てもらうために、紀夫は恭子に連絡を取ったが、診察が可能になるまで時間が空いてしまったため、社用車の持ち主であるジンべと優里の付き添いである真を食事に行かせ、紀夫が恭子と二人きりになるために田尻も車から追い出した。
紀夫には彼らが戻ってくるまでしか時間がなく、そういう意味で余裕と落ち着きをなくしている。
対して恭子も恭子で、播磨玲美医師に院内規定に違反する診察を持ちかけた負い目や、中島病院から解雇や減給などの処罰を受けるであろう動揺が渦巻いている。
それを分かっていながら二人の関係を確かめずにはおれない紀夫の葛藤は、今までの彼の女性遍歴にはなかったものだ。
「……こんな時に言うことじゃないって分かってるんだけど、俺はやっぱり恭子とその、もっとちゃんと付き合うっていうか、恋人ってのになりたいと思うんだよ」
手持ち無沙汰でハンドルに手をかけて打ち明ける紀夫だが、中型二輪は十六歳で取得できても普通自動車免許は十八歳からなので形だけの運転手だ。
ちなみに自動二輪の免許制度は、50cc以下の原動機付自転車免許と125cc以下の軽二輪免許は十六歳から。400cc以上の大型二輪と、900cc以上の重二輪及び二輪限定解除免許は十八歳から取得できるように改正されている。
「ほんと、今言うことじゃないよね」
助手席から窓の外を見ながら突き放した恭子に紀夫は慌てる。
「だけど言わなきゃいけないことは言っとかなきゃ、後悔もできねーし、後悔してる時点で手遅れだろ!」
「怒鳴らんで! あんたなんでそなぁに焦っとるんか? 死にに行くん? 落ち着いてつかぁさい!」
つい声を荒げてしまった紀夫を制するように、普段の恭子からは聞いたことのない声の調子と訛りが飛び出し、紀夫の勢いは削がれた。
「……ごめん」
「……謝らなくていいけどさ。秘密とか内緒話なんかより、なんでこんなことになってるのかを話してくれる方がよっぽど愛されてると思えるんだよ。隠し事がある素振りより、隠し事しない人の方が上手くやっていけると思わん?」
「それは、まあ、そうだけど」
すぐに謝った紀夫に恭子もトーンを落として口調も変えてくれたが、紀夫はつい口ごもってしまう。
バイクチームの仲間からはプレイボーイだの女遊びだのと揶揄されることはあるが、紀夫自身の心構えはそうした遊びのつもりは実はない。
悪ぶった外見や口調も手伝ってモテる方だし、一つの恋が終わってもまた新しい出会いがあって、紀夫の周りに女性が居ない期間はほぼないに等しい。それゆえに次々と女性を口説いて回ってとっかえひっかえして見えるのだろうが、実際は一つの恋の期間が短いだけなのだ。
その際に女性の容姿や性格は問題ではなく、皆一様に同じ理由で紀夫の元を離れていく。
「つまんないこだわりかも知れないけどさ、ノリクンは私のこと、どれだけ知ってる? 私はノリクンのこと、ちょっとしか知らないんだよ? 会いたいとか好きとかはとっくに分かってるのに、私達はその程度なんだよ」
これまでに何度か聞いたことのある言葉を浴びせられ、とうとう紀夫は黙ってしまう。
出会い、言葉を交わし、好意を伝えてセックスも済ませた。それじゃあ付き合いましょうという段になると、紀夫はいつもこうした説教をいただき、そこでプツリと関係は途絶えてしまう。
「……えっと、看護師さんで、愛媛の出身で、太陽みたいに明るく笑う人で、日向ぼっこしてる時みたいにホンワリ優しい人で、ノリが良くて積極的なのに、意外と恥ずかしがりやさん……て感じかな」
「……何の話をしてるよのよ」
照れているのか慌てているのか、恭子は微妙な表情で視線を彷徨わせる。
そのスキを突くように紀夫は恭子の肩に手をかけ、振り向かせて短いキスを見舞う。
紀夫が顔を近付けると、恭子は目を閉じて顎をあげて抵抗なくキスを待っていた。
「……急に、なによ……。バカ」
「そういうとこ、すごく気に入ってる」
唇が離れるとまた恭子は挙動が乱れ、紀夫の茶化したような言葉を受けて黙って紀夫の肩を叩いた。
「いてて。……要はお互いを知っていけるような会話とかデートをしなきゃってことだよな?」
「まあね。今更だけどね」
恭子はまた窓の外に視線を逃して冷たく答えた。
その様子に、また怒らせてしまったかもと紀夫は慌てるが、フロントガラスから見える駐車場の車列の向こうに田尻とジンべと真の姿を見つけ、時間切れを悟った。
「……俺、恭子の事をもっと知りたいし、俺の本気も知ってもらいたいって思ってる。だから、もう一度ちゃんと会ってお互いの話をしたいと思う。努力するし、変えられるとこは変えるつもりもある」
なるべく沢山のメッセージを届けたいと思い、紀夫は早口になって口数が多くなる。
恭子の視線はまだ紀夫には向かない。
「だから、もう一度、ちゃんと会って話そう」
「……うん。そうだね」
ギリギリ聞き取れるくらいの小さな声だったが、そっぽを向いたまま恭子が小さく頷いてくれたのが髪の揺れ方で分かった。
紀夫はガッツポーズを取りたかったが、運転席の窓をジンべにノックされたのでなんとか堪えた。
望みは繋いだ、その事実だけで今はいい。




