無策という奇策 ①
「――ありがとさん」
少し疲れた声で通話を終えた瀬名隼人が、ペットボトルのお茶を飲みながらチームリーダーの本田鉄郎を見やる。
当のテツオはまだ通話中で、胡座をかいた足元を睨みつけるようにした態勢のまま停止している。
「――分かりました。ありがとうございました」
ようやく通話を終えたテツオは、緊張を解いて大きなため息を逃がし、瀬名と同じ様にお茶を口に含んだ。
「……さて、困ったぞ」
まだ瀬名の報告を聞いていないのに、テツオは腕組みをして壁に寄りかかる。
ここは旧南あわじ市市にある大手バイク販売店のオーナーの自宅だが、テツオは気にした風はない。
用事で留守にしている部屋の持ち主への気遣いよりも、右腕と頼る瀬名の困り顔の方が問題だ。
「そっちは手詰まりか?」
「いや、手詰まりってほどじゃない。そっちもそうだろ?」
「まあなー」
瀬名には自衛隊に捕縛されたであろう仲間たちの行く先の情報収集を頼んでおいたが、彼の表情からあまり芳しい結果ではないと察せる。
テツオの方では、ツテやネット検索を活用してバイクチームWSSと洲本走連を合わせた総勢百二十名が集合し滞在できる施設を探していたのだが、日曜ということでどこからも良い返事はもらえなかった。
新皇居での激闘は、バイク販売店経営者のジンべの自宅に転がり込むことで着替えや風呂を借り、昼にはご飯もごちそうになって疲れや緊張は消え去ったに等しい。
そこから城ケ崎真と田尻と紀夫はジンべの運転する車に乗り、意識を取り戻さない鬼頭優里を医者に見せるために病院へと向かっている。
彼らが戻ってくるまでに次の手を打っておきたかったが、順調とは言い難い。
「いつもならテリトリーに散らばってるメンバーから情報が取れるんだが、その『目と耳』が捕まっちまってるからなー。知り合いやツテじゃあ、信用度が低すぎるんだよなー」
「……だな。真らには『拠点を構える』なんて見栄切ったのに、あの大雨でもアチコチ予約だらけなんだよな。いつもならメンバーに直談判で頼んでもらったりもできるんだが、捕まっちまってるからな。『手足』を封じられた感はあるな」
現状、WSSが他のバイクチームよりも所帯を大きくできた要因は、組織力とツテとコネに加え、旧南あわじ市というテリトリーの広さがある。
ボーイスカウトや格闘技道場で知り合ったテツオと瀬名ら数人で立ち上げたバイクチームは、参加者それぞれがなんらかの集団や仲間との関係を保ち、そこに親類や縁者などのコネクションを加えることで情報収集力と多分野に渡る対応力を持った。
また、淡路島の南西部に広がる三原平野をテリトリーに据えたことで、洲本平野に次ぐ開発と人口増加、更には都営の電鉄に地下鉄とリニア駅を含む交通の便も良く、大企業の移転は三原平野に集中していてその関連企業や工場も近隣に建ち並び始めている。
これら全てと繋がれるほどにWSSのコネクションは広く、深い。
「……それでもネタはあるぜ?」
暗くなりがちな雰囲気を切り替えようとしたのか、瀬名が明るい声を出したが、テツオは渋い顔を向ける。
「自衛隊が公式発表なしに戦闘行動を行ったってニュースだろ? あんなもん、現場に居た俺らにゃ価値のない日記だ」
「いや、そうでもないぞ? そのニュースなんだが、速報で画像一枚貼り付いてるだけの記事とはいえ、細かいとこに小ネタが山盛りなんだぜー?」
テツオの辛辣な言葉をひっくり返しながら瀬名は右手を動かし、仮想キーボードを操作してニュース記事を可視化させる。
そこには新皇居を高い位置から見下ろすように撮影された画像と、数行の文章が添えられていて、出版社の社名も載っていた。
記事の文面はこうだ。
『新皇居に立ち昇る煙 自衛隊の防衛行動か
本日七月五日早朝、防衛省発表による陸上自衛隊の演習と思われる車列が、公式な実施の発表なく伊丹駐屯地を出発。午前八時三〇分頃に淡路島の国生市に到着した。しかし到着と共に散開した隊員たちは、新皇居に対して実戦さながらの包囲網を敷き、風切り音を立てて煙幕弾の発射を数回行った。
これは到底演習や訓練と思われるものではなく、実弾の使用こそ認められなかったが、完成前の新皇居において行われる演習ではないはずだ。
記者の目には防衛行動、あるいは戦闘行為にしか映らなかった。
政府及び防衛省が自衛隊の演習を提唱・発表した経緯を検め、真相を追求しなければならないだろう。
ましてや、御手洗政権が改正法案として提出していた「自衛隊を防衛軍へと引き上げる法案」の尖兵になどにしてはならない。
月刊テイクアウト 編集部』




